二章 チョコレター
「共通テストやべー。先崎は推薦入学だもんな〜、羨ましいわ〜。」
「というか優最近ぼんやりしてない?なんか嫌なことでもあったん?」
こんな俺にかまってくれる一軍男子にはある意味感謝だが、もう少し勉強したほうがいいんじゃねえかな。ただ、こいつらにはもはや勉強自体がミスマッチみたいなものだから、言うだけ無駄だな。
「もしかして彼女でもできた?」
「そんなわけ無いだろ。この時期だぞ。というかいるなら相手誰だよ。」
わかっている、彼らが冗談で話していることくらい。それでも教科書をめくる手は明らかに止まっていた。表情筋はこわばり、貧乏ゆすりが止まらない。あいつらよく気づかないなというほど、動揺が表に出ていた。
彼女とあってから一週間。校内で姿を見かけるたびにいつも目で追っていた。彼女は、あのときの照れた顔は別人であるかのように凛としていて、いつも友人に囲まれていた。そしてわかったことが一つ。彼女は間違いなく俺の理想的な存在だった。
実は自転車に乗れないドジっ子な部分、勉強は苦手だが勉強時間でカバーする秀才タイプ、一週間に三件を超える恋愛相談に真摯に対応する優しさ。「後輩でなければ」今すぐにでも告白していたかもしれない。ただ、後輩となると話は別だ。もし自分が彼女だったら、知らない先輩から急に告白されるなんて恐怖以外の何物でもないだろう。何なら、あの階段の時点ですでに敬遠されているのかもしれない。
『合理的に諦めなよ。』
今の俺には、この言葉に反抗するだけの力と勇気はなかった。
〜12月✕✕日〜
「先崎〜。今日何の日か覚えてる?」
「そっか、今日12月の✕✕日か。あれだろ、後輩が先輩にチョコ渡して頑張ってくださいするやつ。早めのバレンタインな。」
「お〜。さすが去年の働き者は違いますねぇ。」
「全く、直属の先輩にだけ送ればいいと思ってたのに。なんで三十人分も作らされたんだか。」
「それに関してはまじで助かったよ、あざす。」
この落ちぶれた学校の中では唯一と言っていいであろう行事、それが今日の疑似バレンタインデーだ。去年は直属の先輩にだけ送るはずが、餌をまいた海のように次から次に依頼が殺到して、結局引くに引けずギリギリまで調理室に軟禁されていた。
「今年はもらう側か・・・」
正直、自分が誰かからもらうイメージは皆無だ。あ、あの部活の後輩くらいなら俺にもくれるかな。去年入った後輩が数人いなくなって、その分一人ひとりに親身に寄り添えていたはず・・・だよな。
意を決して俺は下駄箱に向かうことに決めた。すでに階段の下からは、喜びと嘆きがブレンドされた阿鼻叫喚が響き渡っている。人口密度が跳ね上がった階段をなんとか降り、最上段にある下駄箱に目を向ける。
あった。
なにか懸かっているわけでもないのにホッとしてしまうのはなんとも不思議だ。早く、早く開けたい。そんな思いを胸に人混みをかき分けて包みを手に取った。カップケーキ柄の袋の留め具を外すと、中にはトリュフチョコと小さなメモが入っていた。いわいる定番セットというやつだ。
「いや〜何かあるかと思ったんだけどな〜」
「お前は何を期待してたんだよ。」
「さあ?じゃ、帰るからまた明日〜」
俺は何を期待していたのだろう。下駄箱で包みを見つけた高揚感も、中身が特別じゃなかった喪失感も、何か一つ期待をしてたんじゃないか。そんな質問の答えはメモに書いてあった。
「もしよければ、部室に来てください。」
俺が部室についたのはそのメモを読んでから約二分後だった。焦る気持ちと冷静さをなんとか天秤に保ちつつ、角を曲がる。
「えっ・・・」
視界に写っているのは確実に、部活で見慣れた後輩の顔でもなく、かといって同級生の女子でもなく、いたずらを仕掛ける男子でもなかった。
「先崎先輩。わざわざこんなとこまで来てくれてありがとうございます。二年F組の
「・・・一ヶ月ぶりですね。」
「・・・はい。」
彼女はあのときのことを思い出したのか、見覚えのある真っ赤な顔でか細く返事をした。
再び鼓動が加速してきた。そろそろ、どこかの血管が破れても不思議じゃない。あの階段以来の出会いに、平常心は風の前に置かれた塵になっている。でも、何かを話さなくては。いや、話したい。今出せる全力を尽くし、数センチ口を開いた瞬間、その口は閉ざされた。
「部活に入って、先輩を見て、ずっと憧れていたんです。いつも私なんかとは別の世界で輝いていて、そのはずなのに誰にでも優しく接してくれて。結局自分は怪我して部活をやめてしまったけれど、それでも先輩はかっこよく見えました。先崎先輩、好きです。付き合ってください。」
まさしく形勢逆転だった。元後輩の顔を忘れて恋をしていたなんて、自分の馬鹿さが恥ずかしい。でも、それ以上に嬉しさが込み上げてきた。部活で出会い、一度離れ、階段で会って今に至る。俺の中途半端に空いていた心のピースは今、目の前にあった。すうっと冬の凍てついた空気を吸う。
「はい。」
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