第95話 聖騎士の心


(聖騎士団の装甲車が破壊されました)


(アレを喰らっちゃひとたまりも無いだろうなあ)


 俺がたった今喰らったばかりの巨大ジガバチからの霊子攻撃を思い起こした。


 それは衝撃波だった。

 霊子と翅の動きを用いた音波振動砲とでも呼ぶべき攻撃だ。

 某デスデモナと違って全範囲への攻撃じゃないのが救いだな。


 弱点はタメが必要な事と射程が短く直線状であること。

 コウガが大丈夫というので試しにわざと受けてみたが、さすがに『ワーウルフモード』にダメージは通らない。

 だが人が喰らったら血が沸騰してからのミンチ確実。視界の端のウィンドウに映る装甲車も射程上は部品がバラバラになっちまってるから、鎧も無意味。ちなみにセトゥスの黒鎧は大丈夫なんだそうだ。あの鎧、元はこの世界のちょっと頑丈なだけの『遺物』だったと言ってたから改造し過ぎだろう。


 まあ、セトゥスが現在進行形でやってるように、虫がタメてる間に翅を落とすなりしてボコるのが正解だな。威力を恐れず前ロリが大正義。


 俺の前で必殺技を撃ち終わって硬直時間中の巨大ジガバチの頭を『グレートソード』で叩き割る。

 巨大ジガバチの数もだいぶ減って来た。

 小型は騎士団と兵士さん方だけでもなんとかなりそうだから、残りのデカブツを潰すべく先手を取って動き続ける。

 森の中は『ワーウルフモード』にとって戦いやすいフィールドじゃないが、赤い森でもさんざん練習してきた俺には大した苦もない。

 コウガと話しながらも、金の軌跡を引いて木々の間を高速で飛び抜ける。


(デス某も前ロリも分かりませんが、街の外の掃討は終わりが見えてきました)


(了解。だが森の中に逃げた奴らもいるんだろう?)


(少数ですが居ますね。追いますか?)


(ほっといてまた数年後に同じようなことがあったら気分悪いし、綺麗にしちまおう)


(承知しました。強調表示します)


 俺の目に映る白く光って見える小型ジガバチを追って、森の奥へ向かってスラスターを吹かした。




▼▼▼




(討ち漏らしを追いに行ったか)


 さすがに見慣れて来た金の軌跡が、恐ろしい速度で森の奥へ向かうのを横目に見たセトゥス。

 その前に敵の攻撃を受けていたのは、あの青い翅がどういう攻撃か我々に見せるためにわざと撃たせたのだろう。

 周囲にはまだ巨大ジガバチも小型ジガバチも居るが、圧力はかなり薄れている。

 巨大ジガバチを片付けてしまえば、後は騎士団の組織力によって時間の問題になるだろう。

 殺到してくる小型のジガバチたちを飛び石のように跳んで踏みつぶしながら地を駆け、斬り払って宙に浮かぶ有象無象を破片に変える。

 後方からはマーガレットの銃が出す微かな発砲音が断続的に聞こえる。

 しっかりと追随してきているあたり、ずいぶんとその動きも様になって来たものだ。エルポリスで出会った頃とは雲泥の差だ。


(……聖騎士たちはどうなったのであろうか)


 遠く街の方角からは、時折派手な倒壊音が響いてきている。

 恐らくだが、あの青い翅の攻撃を使わせてしまうと、あのここまで響くけたたましい音にふさわしい規模の破壊が齎されるのだろう。

 それは人の身で受けて無事でいることは難しいだろうと、容易に想像できる。

 街の中心の丘の上に取り残された聖騎士たちはただでは済まないだろう。


 己のが現れるまでは、セトゥスはどちらかと言えば信心深い方だったと思う。

 だからこそ剣の腕を磨くことに否やは無かったし、聖騎士団への憧れも持っていた。

 だが年経て知るに付け、信心は薄れ疑念が深まるばかりだ。

 個々に尊敬すべき人物が居ると知っていることは置いて、竜神殿という組織総体への評価は概ね「悪」と呼んで差し支えないと考えるに至っている。


 だがあの聖騎士たち全員が悪か、と問われれば違うと思わざるを得ない。

 あの自ら命を絶った若い女騎士のように。

 金髪の女騎士はエシルナートから狂信者と呼ばれるのに相応しい言動だったが、従う者の中には個々の事情もあるのかも知れない。


 だからセトゥスの剣は常に迷う。

 弟分とその養い親のように簡単には割り切れない。

 己が切っ先を向ける先が、本当にそうするだけの理由があるのかを、考えてしまう。

 だが、それを表に出すことはしないと決めている。

 抜いたならば迷わないのが、セトゥスがそうありたいと信じ願う戦士の理想の在り方だからだ。


(いつもこういう虫どもが相手ならば気が楽なのだが、な!)


 セトゥスの剣が青く光る翅を切り裂き、騎士たちを狙っていた巨大ジガバチの攻撃を中断させた。

 虫たちを相手取るのが気が楽、などというのはもう十分に埒外なのだということには自覚が無いでもないが、目をつぶっている。


 エシルナートが意図して街の虫たちを後回しにしたことにも気が付いている。

 そして、その判断が正しいとセトゥスも認めている。恐らく主たる理由は異なるが。

 セトゥスの理由は「独自の理屈で手前勝手に動く武装した集団」よりも「生還した民を守る騎士団」が優先されるのは当然、というものだ。

 エシルナートにとってはこの理由は恐らく2番目以降で、今回すると決めた時にはきっとあの狼の兜の下で、いつものあの底意地の悪そうな笑みを浮かべていたことだろう。


 本気になれば一瞬ですべての虫を殺しつくせる実力がありながらも、それを使わないのは「この世界のことはこの世界の住人が片を付けるのが当然」という考え方がエシルナートの根底にあるからだろう。

 それについては、かつて話してくれた異世界の記憶と常識、その上に世界を蹂躙して余りある力を持つが故の線引きであるのだ、と改めて納得している。

 超常の力を振るう者の自らへの戒めと言っても良い。


 それにしては様々な事件に自ら首を突っ込みがちなのが困りものだが、そうした自己矛盾もまたエシルナートという人間の偽らざる在り方なのだろう。

 口では「腹が立ったから」だの「後味が悪いから」だのと悪態ばかりついていて、その判断基準は義侠のそれと言えるのに決してそれを認めはしないだろう。

 そうしてセトゥスは今までのところ、なんだかんだでエシルナートのやり方や判断に嫌悪を抱いたことが無い。

 それが答えであると思っているし、染まったと笑うならば笑えとも思うのだ。


(恐らくだが、あの状態の街から自力で生還したならば、エシルナートもそれ以上は責めまい。聖騎士たちは相応の地獄は見ることになろうが、必死で抗ってくれとしか言えんな)


 舞うように巨大ジガバチの前肢を切り落として頭を叩き潰したセトゥスは、樹々の幹を次々に蹴って兵士たちの頭上を飛び、次なる虫に狙いを定めた。

 後方から微かに「ちょ、ま」と聞こえて来たが、気配はあまり離れてはいない。


 もう聖騎士たちの運命については悩まない。

 エシルナートにとっての主たる理由は、セトゥスにとっても相当に高い順位となっているのだから。




▼▼▼




 メリルもまた路地でジガバチを斬り払っていた。

 虫たちは気色悪いが、団長の名は飾りではなく、個々と相対する分には圧倒できる。


 遠くで家屋が崩れる派手な音が聞こえる。

 最大の脅威とみなされたからか、ジガバチどもはB兵装を装備したグランツに殺到しているように見えた。

 ならば、生き残るためにはグランツと反対方向へ逃げればよい。

 その判断は当たったようで、明らかにジガバチどもの密度が薄れていた。


(グランツ、貴様は報告書に名を残し、奮闘を称えてやるからな)


 メリルのこれは混じりけ無しの善意だ。

 最も信仰心の篤い団長の自分が生き残るために、あの跳ね返りの部下が死ぬのは当然と考えている。


「団長!」


「エスターか。貴様も無事だったのだな」


 丁字路の路地から小声で駆け寄って来る白い鎧が見える。

 実力、戦歴、人格を兼ね備えた得難い部下との合流は、知らず緊張していたメリルにも束の間の安心を与えた。

 表に出すことは無いが、隊の中では最も信頼している部下と言ってもよい。


「はい、ですがゲルトは……」


 顔を曇らせるエスターは心から仲間の死を悼んでいる。

 あの青い翅の攻撃でストラダが装甲車と共に潰され、グランツもあの調子では時間の問題だろう。恐らく生き残りは我々2人のみだ。

 様々に思うところはあれど、最後に残った部下がエスターであったことは頼もしく、また喜ばしいと感じていた。


「生き残るぞ、エスター」


「はい、団長。どこまでもお供いたします」


 引き締まった顔が生真面目に頷く。

 このような窮地の中、だからこそだろうか、寄せられる信頼に心がざわめき、温かくなる。


(帰ったならこ奴と2人、酒を酌み交わすのも悪くない)


 そんな思いを部下に対して、いや男性に対して抱くのは初めての経験だったが、存外悪くないように思えた。

 そんな柄でもない自分を自覚してぎこちなく笑みを浮かべそうになったメリルは、振り払うように固い声で指示を出そうとして―――。


「よし、ではまず大通りへ―――」

「団長! 危な―――!」


 エスターの声に遮られて、突き飛ばされた。


 同時に家屋を吹き飛ばす空気の濁流が、メリルとエスターの間に吹き荒れる。


「ウアアッ!」


 吹き飛ばされて仰向けに倒れたメリルは、激痛に身を捩る。

 痛みの源に目をやれば、右の前腕がズタズタに切り裂かれて指が出鱈目に折れ曲がっている。


「っエスター?!」


 視線の先には舞い上がる砂埃に巻かれて立つ白い鎧の姿があった。

 自身の痛みも忘れて部下の無事な姿に喜ぶメリル。

 だが、帰ってきた声は、切れ切れで。


「だ、んちょう。ご無事、でしたか、よ、かった……」


 砂埃が晴れたそこに立っていたエスターは、右腕を失っていた。

 残った左手で剣を拾い上げ、崩れた家屋の方へと一歩踏み出す。

 エスターが睨む先には、巨大なジガバチが翅から青い燐光を放っている。


「お逃げ、下さ、い。アレは、食い止め、ます」


 聞こえるエスターの声に、メリルはイヤイヤと首を振る。

 もう助からない傷と出血だと一目で分かったが、感情が追い付かない。


「待てエスター、だが……」


 エスターは敵から目を離すことなく、小さく口角を上げる。

 覚悟を決め、己の行為に何の迷いも無い人間の笑みだと分かってしまう。


「ずっと、お慕い申し上げて、おりました。ご武運、を」


 目を瞠るメリル。


「イヤだ……イヤだ! 行くなエスター!」


 だがその声が却って切っ掛けになってしまったかのように、エスターは雄たけびを上げて駆けだす。


「ウオオオオオオッ!」


「エスターアアアアアア!」


 メリルは立ち上がり、耳を塞ぎ背を向けて駆けだした。

 大通りを駆けるメリルの背中に、家屋が吹き飛ばされる衝撃音が。


(なぜ、我々がこんな目に……!)


 メリルは涙を流し、けれど決して振り向かずに駆け続けた。


(そうだ……『竜殺し』とその連れの獣姫……奴らが現れてからだ、歯車が狂いだしたのは……)


 己の意のままにならぬ現実を誰かのせいにしなければ、とてもではないが平静でいられなかった。

 自身を正義と信じて疑わぬ女は、その怒りの矛先を定めた。


(許さん……決して許さんぞ『竜殺し』ィィィィ!)






※次回更新は4/3、21:00を予定しております。





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