わたくしの人生は薔薇色だと信じておりました!

緋色 刹那

🥀🏜️

 夫と結婚し、第一王妃に即位した日。わたくしの人生は薔薇色になると信じておりました。


 ですが、あの女の出現によって汚く、澱んでいったのです。



 🌹



「バラーア、お前を国外追放とする! 理由は分かっているな?」

「そんな! わたくし、ナラーナラ神様を食べてなどおりません! これは罠です! アーティカの言うことを信じてはなりません!」

「貴様……! ナラーナラ神だけでなく、我が愛しのアーティカまで侮辱する気か?! もうよい、さっさと追い出せ!」

「お待ちください、アフマク王! 待って!」


 緑豊かな都市、ナーラナラ王国。

 その第一王妃バラーアは、第六王妃アーティカの陰謀により、「王国の象徴であるナラーナラ神の肉を食べた」という謂れのない罪を着せられ、王国を追放されようとしていた。


 民衆も、バラーアを「私欲のためならどんな罪をも犯す悪女」と糾弾し、国王とアーティカの味方をした。私欲のためならどんな罪をも犯す悪女は、アーティカの方だというのに。


 アーティカは王国の財産を独り占めにするため、バラーアだけでなく、第二王妃〜第五王妃、その家族や子供までも陥れ、王国から追放していた。


 バラーアも失意の中、国を去った。そしてなぜ、彼女らの消息がつかめないのか知った。


 出発してまもなく、バラーアは荷物に紛れていた毒蛇に噛まれ、あっけなく命を落とした。

 荷物を用意したのは、彼女の使用人だった。お供の従者達は苦しむバラーアをただ見ているだけで、誰も助けようとはしなかった。もはや身の回りの人間でさえ、アーティカの手先と成り果てていた。


 王国には「バラーアは追放されたショックで、自ら命を絶った」と伝えられた。



  🌹



「バラーア……バラーアよ……起きなさい」


 バラーアは目を開く。


(……誰? わたくし、死んだはずじゃ?)


 体を起こし、声の主を探す。目の前に、薔薇色に光り輝く巨大な鹿の顔が浮かんでいた。


「し、鹿ぁー?!」

「鹿ではありません、ナラーナラ神です。あなた方ナラーナラ王国が崇める、ベストオブゴットですよ。讃えなさい、そしてせんべいを献上するのです」

「センベイ?」


 ナラーナラ神の口がパクパクと開き、中性的な声が神々しく響く。


「バラーア、お前には今から生き返ってもらいます」

「えっ?!」

「そうですね……アーティカが宮殿に現れる、一年前でどうでしょう? そして、私の宿願を果たすのです。いわゆる、死に戻りですね」

「そのような奇跡が起きるのですか?」

「私は神ですよ? それくらいの奇跡、ちょちょいのちょいやで。それに、貴方は私の神殿をとても大切にしてくれていましたからね、特別です」

「あ、ありがとうございます。して、その宿願とは?」

「お前を陥れた無礼者……アーティカとアフマクに罰を与えるのです。彼らは私欲に溺れ、私と王国を捨てました。特にアーティカは、私の眷属である鹿の肉を毎食のように食べ、寺院にある私の像を溶かして家具やアクセサリーに加工したり、外国へ転売したりしています。ほんまに許されへん。どうです、やってくれますか?」

「もちろんです!」


 バラーアの目は殺意でギラついていた。死に戻る条件が憎きアーティカとアフマクの復讐など、願ったり叶ったりだった。


「では、私の口の中へお入り」

「え」


 ナラーナラ神の口が大きく広がる。バラーアは意識が途切れる直前、「この世はナラーナラ神の内にある」という伝承を思い出した。


  🌹



 バラーアは一年前のナラーナラ王国に戻った。


 バラーアがやらなければならないのは復讐だけではない。アフマクとアーティカへの復讐を果たしつつ、なんとしてでも生き延びなければ。


 そのためには、アーティカが現れるまでにアフマクとの冷え切った夫婦関係を修復し、彼女が第六王妃に選ばれないようにすればいい。名付けて、「アフマクのハートを取り戻そう大作戦」!


 ところが、いくらバラーアが優しくしても、アフマクは気味悪がるだけだった。


「なぜ、わたくしを避けるのです!」

「なんか……笑顔が嘘っぽい」

「ぎくっ」

「それに殺意がダダ漏れとる。お前、本当はウヌのこと嫌いだろ?」

「そ、そのようなことなくてっよ〜。オホホ〜」


 ここまでで、ひと月。バラーアは自力でアフマクのハートを取り戻すのは諦め、道具や魔術に頼ることにした。


 ちょうどその頃、遠方から来た行商人に「食べれば、たちまち何かに取り憑かれたように、目の前の相手のトリコになる」という幻の菓子、薔薇色のパソッカのウワサを聞いた。


 薔薇色のパソッカは、ナーラナラ王国の遥か北西に広がるトゥットゥーリ砂漠のどこかにある「薔薇色のオアシス」に自生している。オアシスには美しい薔薇が咲き乱れ、「入ると魅力が上がる」という秘湯ハートゲットゥまであるらしい。


 過酷な旅になるのは分かっている。それでもバラーアは一縷の望みをかけ、信頼できるお供を連れてトゥットゥーリ砂漠へ旅立った。アフマクには「自分探しの旅に出る」とごまかした。



  🌹



 オーサカ共和国、ヒョーゴ帝国を経由し、コクドーロードを北西へ。丸三日ラクダに揺られ、バラーアはトゥットゥーリ砂漠にたどり着いた。


「さぁ、探すわよー!」


 意気揚々と探し始めたものの、薔薇色のオアシスは見つからない。見渡す限り、黄土色の砂、砂、砂。蜃気楼には何度もだまされた。


 その上、水と食糧が尽きる頃に、嵐に巻き込まれ、方角を見失った。バラーアは砂だらけで叫んだ。


「ぬぁぁぁんで、あいつのためにここまでしなきゃならないのよー! 帰るー! もう帰るー!」

「バラーア様、落ち着いて!」

「ほら、オアシスがありましたよ! あそこで水と食糧を補給しましょう?」


 お供がオアシスを指差す。そのオアシスは薔薇色だった。美しい薔薇が咲き乱れ、湯気が立つハート型の泉があり、木には薔薇色のパソッカが実っていた。


「……あれ、薔薇色のオアシスじゃないの」

「あ、本当ですね」

「……」


 バラーアは薔薇色のパソッカには目もくれず、服のまま泉へ飛び込んだ。膝を抱え、高く水柱が上がる。一週間以上風呂に入れず、汗と砂だらけだったため、気持ちが良かった。


「王妃様がキャノンボールでいったー!」

「これは世界新記録だー!」

「あー……もう、復讐とかどーでもいー。あんな悪いことしてるんだから、いつか天罰が降るっしょー」


 惚けた顔で浮いていると、見知らぬ美男が顔を覗いた。


「どぅわッ」

「なんと美しい女性だ。私はヒロシーマ王国の王子、ワスィームです。どうか、私の妻になってもらえませんか?」

「は?」


 バラーアは薔薇色のオアシスの泉に入ったことで、いつもより魅力的に見えていた。騙すようだったが、ワスィームも計画の人員に加えた。


「残念ですけれど、わたくし夫がおりますの。ひどい男で、国ぐるみでわたくしを邪険に扱うばかりか、暗殺まで企てておりますのよ」

「それはひどい! 私が手助けして差し上げましょう」


 バラーアはワスィームとともにナーラナラ王国に帰ると、アフマクに離婚を切り出した。もとより、バラーアへの愛を失っていたアフマクはささっと承諾した。


「そうそう、旅行のお土産を渡すのを忘れていたわ。はい、パソッカ」

「パソッカ?」


 アフマクは薔薇色のパソッカを食べると、たちまちバラーアへの眼差しが変わった。


「なんと美しい! 離婚はやめだ! 第一王妃に戻ってくれ、バラーア!」

「そうはいかない! 彼女は私と再婚するのだ!」

「誰だお前は?!」

「通りすがりの王子です」


 バラーアはワスィームと共にナーラナラ王国を去った。


 アフマクは「下僕でもペットでもいいからそばにいさせて欲しい」とバラーアにすがりつき、望みどおりバラーアの忠実なしもべとなった。バラーアが死に戻って一年後、アーティカがナーラナラ王国に現れたが、アフマクは見向きもしなかった。


 アーティカは王国とバラーアの命を狙っているとして捕らえられ、公開処刑された。民衆も、アーティカを「私欲のためならどんな罪をも犯す悪女」と糾弾し、バラーアの味方をした。


 こうしてバラーアの復讐は果たされ、新たな夫とともに幸せな生涯を送った。



  🌹



 わたくしの人生は汚く、澱んでおりました。


 ですが復讐を果たし、今の夫と結ばれ、今度こそ薔薇色に染まったのです。



〈終わり〉

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わたくしの人生は薔薇色だと信じておりました! 緋色 刹那 @kodiacbear

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