第18話 廉価盤で満たされるレコード棚

 そもそも、1977年~1979年あたりだとマーラーのLPの流通量、正規国内盤でいうとそれほど多種多様じゃなかった、って話を蒸し返して続けると、そういうまだまだ流通量の少ないタイトルの類ってものは「廉価盤」、通常の盤が2500円前後の価格なのに対し1300円前後の価格の、財布に優しい盤、もあまり出回っていないってことであって、マーラーの「廉価盤」ってあの頃ほとんど出回ってなかった気がする。

1980年に『マーラー 音楽の手帖 青土社』ってのが発行されて、これは東大生協で1位になったとかなんとかそこそこ話題になったんだが、そういう話題になる前に自分も買って持ってたけど、今はもう手元にはなく、とにもかくにも、マーラーそこそこの流行→なかなかの流行、に格上げになったんじゃないか、と思う。これで。

なんにせよ、自分のレコード棚の廉価盤コレクションにはマーラーあまりなかった、と。


 じゃ何があったのかっていうともうよく覚えていないんだが、とにかくフィリップスの黄色いジャケットのやつはやたらあったような。


 クラシックのLPの販売情報とかレビューなどに関してはほぼFM雑誌のみから情報収集して、で時折「名盤ガイド」的な書籍も購入していた。志鳥栄八郎著のものとかを主に。


 そういったものの文言から「廉価盤でもこれはいいと思うよ」みたいなのを拾ってきて素直にそれにしたがって買う、みたいな。あまり深く考えず。


 クラシックっていうのはそのあたり、軽音楽のレコード評とかレコード雑誌の有り様に比べると、全存在を賭けた価値観のぶつかり合い的なことは構造上発生し難いのであって、あ、そう「悪くない」っていうし、安いんなら、それ買うわ、ってくらいな購買行動であった。廉価盤選択に関しては。


 全存在を賭けた価値観のぶつかり合い的な評論家もそりゃまあクラシック界にもいて、それでつとに有名なのが宇野功芳なわけだが、なにしろ厨房の頃は、読んでたFM雑誌で見ない、FM番組やTV番組に出てこない、っていうような類の名前は全然知らない、ってことになってたので、その存在を知ったのは高校以降のことだが、それがいつどこで、なのかはちょっともう思い出せない。思い出せないのだが、マーラー「大地の歌」のワルター&パツァーク&フェリアー盤持ってて、宇野功芳の大絶賛レビューを事前に読んだのか盤にライナーノーツあったのかそのあたりももうよく覚えてないが、宇野レビューの影響で購入した盤も間違いなくいくつかあったような気もする。気もするがそれが何であったかもう思い出せないし、陽水&明菜の件で触れたように「個人崇拝」および「盲信」はしない主義なので、なにからなにまで参考にする、というほどにもならなかったかなあ。でも文章そのものは確かに面白いとは思った。が、これは厨房の頃の話とは関係ないのでもうやめよう。


 ということで厨房の頃に廉価盤購入して間違いなく自分のレコード棚にあったと強く覚えているのは、セル&クリーヴランド管のチャイコフスキーの第5交響曲の盤で、ソニーから出てた1500円のやつだったと思う。で、誰か評論家の「お勧め」文を読んで買ったのは間違いないんだが、それが諸井誠か出谷啓か志鳥栄八郎か誰なのかまでは今もう思い出せない。思い出せないんだが、とにかくカラヤン&ベルリンフィルのグラモフォン最新録音盤じゃなくてもこれで十分だ、と満足したのは間違いなく覚えてる。


 細かいことはもうほんとうに覚えてないが、廉価盤で収集したその他主要曲、「春の祭典」「幻想交響曲」「ツァラトゥストラはかく語りき」「フランクの交響曲ニ短調」「ワーグナー管弦楽曲集」「チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番」とかその他もろもろいろいろあった。あったがもう手元にはない。で、その手元にないということに関しては確かにまあ多少残念ではあるものの、痛痒を感じるとか慚愧の念に堪えないとか血の涙したたり落ちるとかいうような心持には特になってはいない。


 youtubeプレミアム会員であることにより、充足しているからだ。

それに第一、加齢による衰えのことを考えると、アナログ盤管理のあれやこれや、とかちょっともういいや、って気持ちになっていたりもする。


 で、どんな曲でも「聴き比べ」やり放題ってのをyoutubeで10年くらい経験して、つくづくクラシック音楽のレコードやあるいは演奏、演奏家、演奏会など諸々に関する「批評」ってなんなんだろう、というか、いやべつに全部が全部を否定するとかそういうのでなく、基盤となる情報の「量」が足りてない状況でみんなあれこれやってたんだなあ、っていうね。まあこれは個々人の物理的な能力を考えればしかたないことなんだろうと思う。みんながみんな『長岡鉄男の外盤A級セレクション1 共同通信社 1984年7月発行』みたいに名前も知らないわけのわからない感じの外国の盤をせっせと自力で買い付けてコレクションするとか、そりゃいろいろ制約あってできやしないもんね。


 いまはもう、かつては間違いなく鉄板で埋もれちゃうのがデフォな感じの盤までシレっと俎上にあがりまくり、世界中に情報行き渡りまくり、なのがyoutubeのクラシック音楽動画部門では基本仕様になっているし、なんなら「盤」がどうとか以前に、日本で発行されてる事典の類に載ってない今までみたことも聞いたこともないの作曲家とか演奏家とかの名前がバンバン出てくるし、実にこの情報量の増え方はえげつないレベルで、なおかつ「新人」もそりゃ出てくるわけで、どれを選んで聞くかな、って時の選択肢がハンパなく広くなってるわけだ。


 ま、結局あれこれスクロールしながら、かつての「ジャケ買い」みたいなことにだんだんなっていく、と。スクロールで素通りしながら、ああ、これ今この瞬間が「一期一会」なんだろうけどそのまま永久にさよならかなあ、みたいな。しかし何事にも限りがあるのは動かし難い事実なのでどうしようもない。


 そのような状況なので自分が厨房のころにあったようなクラシック音楽受容における、格付けというかブランド信仰みたいなもの、というのか、ああそういうのも昔はあったよなあ、みたいなのの最たるものは、なんとなくの「ドイツ・グラモフォン最強!」説とか、そういうのを筆頭にいろいろあった、というか、まあ今でも自前サイトの作りこみ方などを見るにドイツ・グラモフォン強えええええええ!みたいな印象は昔と変わらず続いてるのかな、という気はするが、とにかくyoutubeサーフィンしてると、ブランド追い、なぞやっているとかえって時間の無駄なような気がしてしまう、っていういままでにないような効用ある気がする。


 2024年年末あたりにSNS、Xで大流行した格付けミームのアニメ動画にならって1979年前後の指揮者&演奏団体の「格付け」を自分なりに考えてみると、まずオラついて電車のドアから入ってくる二人組が、カラヤン&ベルリンとショルティー&シカゴで、オラつきにまず絡まれる美女役が小澤&ボストンでそれをかばおうとしてショルティー&シカゴに殴られるのが、メータ&ロサンゼルス。で、ベーム&ウィーンが強いラスボス的キャラを呼びに行く、と。周辺を取り囲む「庶民」キャラに、オーマンディー&フィラデルフィア、バーンスタイン&ニューヨーク、マゼール&クリーヴランド、クーベリック&バイエルン、アバド&ロンドン、等々。つかつかとオラ付き二人組に近づいて締め上げるラスボス役が、ムラヴィンスキー&レニングラード。みたいなね。


 まあ、当時2500円前後の価格の正規盤で販売されてた団体を思い浮かべるとこんな感じかなあ。ま、ちょっと記憶あいまいなのであれだけど、クーベリック&バイエルンあたりだと廉価盤にちらほら入ってたかな。ムラヴィンスキー&レニングラードも録音年代すでに古い方になりつつあったからもしかして廉価盤出てたかな。


 いずれにしても自分の厨房時代、「レニングラードフィル」ってのはちょっと神がかり団体のように崇められてたようなところはあった。



















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