第2章:恐怖と孤独の始まり
第2章:恐怖と孤独の始まり
人間を食したことでレベル3となった。体に力がみなぎっているような気がする一方、心のどこかで人としての思い出を失いそうになっている気もする。
日の沈みかけた荒野は冷える。夜間はさらに危険な魔物が出没するだろう。どこか夜をしのげる場所はないだろうか。ゴブリンの巣穴のようなものでもいいが、そこにはゴブリンがいるだろうし、そこでまた戦闘が起きる可能性も高い。
散策を続けると、ちょっとした崖の陰に洞穴らしきものを見つけた。そこに入ると、どうやら浅い空洞があるだけで、特に魔物の気配はない。匂いを嗅いでみても、古い獣の臭いはするが、今は留守のようだ。
(ここでいいか……)
洞穴の奥に体を丸める。羊の体毛があるおかげか、多少の寒さは凌げる。とはいえ心細い。暗闇の中で、元の世界――あの過労死寸前の生活よりはマシなのか、それとも……?
考えても仕方がない。人間に戻る方法など見つからない以上、このまま突き進むしかないのだろうか。羊として、そして魔羊として。
いつしか意識が遠のいていった。眠りの中で、断片的に自分の会社の上司の怒鳴り声や、転落する瞬間のシーンが脳裏をよぎる。ああ、結局、あそこでも“食われる側”だったのかもしれない――そんなことを朧げに思う。
悪夢
夢の中で、自分は皿の上に乗っていた。ローストされた羊肉。周囲にはナイフとフォークを持った人間たちがずらりと並び、口々に「美味しそう」と言っている。
「……やめろ……」
声を上げても羊の鳴き声しか出ない。身動きが取れない。周囲の人間は笑いながら切り分けようとする。
すると、その中の一人が顔を上げてこちらを見た。顔はぼんやりしていてよく分からないが、その瞳は赤く光り、不気味な笑みを浮かべていた。
「お前が人を食うのだから、当然だろう?」
その一言に、底知れぬ罪悪感が押し寄せる。こんな地獄のような光景から逃げ出したい。だが、どうしようもない。自分は既に“食う側”であり、同時にいつか“食われる側”かもしれない。
そして赤い瞳の人間が、ナイフを振り下ろした――。
朝焼け
「……メェッ!!」
突如目を覚ます。体中が汗ばんでいる。呼吸が荒い。どうやら悪夢だった。洞穴の中には朝陽が差し込んできている。気配察知のスキルを研ぎ澄ますと、近くには小動物の息遣いが感じられる程度で、大きな敵の気配はないようだ。
洞穴から出てみると、冷たい空気が肌に当たる――いや、毛に当たる。空には雲が散りばめられ、淡い朝焼けが広がっていた。空腹はそこまで感じない。昨日、人間をまるまる一人分食べてしまったのだし。
これからどこを目指すべきか。荒野をただ彷徨うだけでは先が見えない。それに、今後もし人間や魔物と遭遇し、さらに強敵が現れたら対応できるのか。レベル3とはいえ、まだまだ不安だ。
ふと、遠くの地平線を見ると、そこにいくつもの建物の影が小さく並んでいるのが見えた。もしや街か村か? 人間の集落だろう。
(近づけば危険かもしれない。でも情報は欲しい……)
そう思いながら、まだ使いこなせない四つ足を動かして歩き出す。草や小石を踏みしめる感覚は、いつまでも慣れない。だが、そこに湧き上がるのは“狩り”への欲求――さらに成長したいという魔羊としての衝動。今はそれに従うしか生きる術はないのだ。
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