死霊術師メモリアは不倫騎士ランドールの名誉を回復したい――でもその不倫本当なんだが?

梶倉テイク

死霊術師メモリアは不倫騎士ランドールの名誉を回復したい――でもその不倫本当なんだが?

「ランドール卿。よもや余が最も信頼する騎士に裏切られるとは。何故、何故我が妻と不倫など……!」

「…………」

「語らぬか……もう良い。処刑せよ」


 処刑人の刃が男の首へと落ちた。

 スティクセン王国に最強の騎士とうたわれた男――ランドール。

 騎士として、竜殺しとして多くの名誉を受けた。

 数多の人々を救った最強の騎士として伝説を残した。

 そんな偉大な男は、王妃と姦通した罪にて死罪となった。


 それから十年の月日が流れ、一人の少女――メモリアがその遺骸をついに掘り起こした。


「ついに、見つけましたよ、ランドール様……」


 その少女はまるで恋焦がれるようにランドールの名を呼び、その墓石に隠れてしまいそうな身体を大きく伸ばして、身の丈に合わない杖を掲げる。

 

 そして呪文の詠唱を始めた。

 荘厳な術詞でありながらも、その音節はおぞましく禍々しい。

 暗い墓場で行われる儀式としては相応しいものだ。


 彼女が術詞を詠唱する度に、彼女の周囲に術式が展開されていく。

 メモリアの額を玉の汗が伝う。

 言葉が口を突く度に悲痛そうに顔を歪める。命そのものを代償にしているとでも言わんばかりだった。


「――輪廻の渦より起き上がれ、偉大なる『騎士ランドール』!」


 詠唱は終わり、名を結ぶと共に満ちていた術式が弾け遺骸に術詞が走る。

 朽ち果てた骸骨へと術詞が巻き付くと同時に光り輝いて消えた。


「や、やった?」


 少女が遺骸を覗き込むと同時、朽ちた手が天へと伸びた。


「わ、ひゃあああ!?」


 それに驚いたメモリアはごろごろと転がって墓石に頭をぶつける。


「あたた……せ、成功だ!」


 それでもすぐ様、復活したであろうランドールの下へと向かう。


「ランドール様、わかりますか? わたしです、あなたにドラゴンから救っていただいた生贄だったメモリアです!」


 ぎぎぎと音をたてながら遺骸が起き上がる。

 眼孔が妖しく赤く輝き、瞬きするように数度萎んでは膨らむ。


「メモ、リア……? なん、だ……これは……オレは……」


 ランドールはゆっくりと己の状況を把握してきたようだった。


「なんだこれはああああ!?」

「ああ、よかった無事に魂が戻ったのですね!」

「オマエがやったのか?」

「は、はい! わたしを救ってくださったランドール様が不倫などするはずがありません。その名誉を回復し、あなたに罪を着せた者たちへの復讐のお手伝いをするため、死霊術にてあなたを蘇らせました!」

「なるほど……」


 自分がどうして地獄からよみがえったのかランドールは理解した。

 理解してこれは困ったことになったと思った。


(その不倫、冤罪じゃなくてマジなんだよなぁ……)


 しかし、これをこの少女に言っていいものかとランドールは考える。

 ぶっちゃけたことを言えば、この少女メモリアのことなど覚えていない。何せ彼女は貧乳――ではなく、幼い少女なのだ。

 完全に対象外。ランドールという男はそんなものに意識を割くような男ではなかったのである。


 確かにかつてどこかの村に美女がいて、困っているからと一夜を共にすることを条件にドラゴンを討伐した気がするし、生贄を救ったような覚えもあるが。

 まさか自分を復活させてくれて、何やら勘違いから名誉回復やら復讐を口走る娘に対してその罪本当なんですと言った場合どうなるか。


(ぜぇぇったい、消される。死霊術での蘇生は圧倒的、死霊術師が上位! オレが彼女が期待したような存在でないとバレた場合、確実に消される!)


 とりあえず自分の罪に関しては曖昧にしておくこととして、ひとまず考えるべきは。


「なら聞きたいことがあるのだが」

「はは、はい! なんでしょうか、ランドール様!」

「この身体はどういうことなのだ?」


 死霊術師による復活は生前の肉体そのものを復活させるものであるとランドールは認識している。

 かつて戦った死霊術師がそのようにかつての英雄を復活させていたのを見たことがあるからだ。

 そう言うとメモリアは、ずーんと沈んだ顔になる。


「ん?」

「すみません。わたしのようなゴミクズではランドール様を完全な状態で復活させることはできませんでした」


 なるほど、術師としての力量が低いが為にこのような骸骨の姿で復活させられてしまったということらしい。

 それは――。


(めっちゃ困る! え、これじゃあ女の子とスケベできないじゃん!)


 この男、とりあえず不倫で殺されたというのにまーだ女の子とスケベするつもりであるらしい。

 バカは死んでも治らないとはこのことか。


「それは困るな」

「あぅ……ご、ごめんなさい……」

「だが、力量が問題であればキミが力量を上げれば問題はなくなるわけだ」

「あ、は、は、はい! がんばりましゅ! あぅ……噛んでしましました……」

「良し。それなら復讐や名誉回復の前にまずはキミの修行を――」

「あ、でも……」

「なんだ?」

「わたし、もう寿命一年しかないです」

「なんだって……?」


 そもそもの話、ドラゴンに生贄に差し出されるような娘が十年で死霊術をマスターし、不倫で処刑されたとは言えども英雄らしい力量を持ったランドールを蘇らせることができるだろうか?

 答えは簡単。できるわけがない。

 しかし、出来ている。

 そこには必ずカラクリがあり、抜け道があり、ズルがあり、代償がある。


「死霊術を使えるようになるために、色々なことをしました。それで、気が付いたら寿命が一年に……」


 見れば、メモリアの姿は虫食いのように多くの部分が欠けている。

 さらには身体を蝕む呪印が彼女の残りの寿命を告げていた。


「見苦しくないように不要な部分を捧げても足りず、寿命も大半を捧げてようやくで……。でも、それでもわたしはランドール様の名誉を回復し、復讐を成し遂げさせてあげたかったのです」

「オマエ……」


 なんて――。


(なんていい迷惑なんだ、この女……!)


 寿命が一年。

 これが熟練の死霊術師に復活させられたのであれば、術者が没後も復活させられた者はその命を維持する。

 しかし、こうも不完全な存在であればその命脈は術者とともにある。

 つまり今のランドールの寿命は一年しかないということになる。

 これではせっかく蘇ったというのに楽しむ暇がない。


「馬鹿なのか?」

「あぅ……ごめんなさい」

(くそ、選択肢がねえ。まずはこいつの寿命、それからオレの身体。一年で足りるか?)


 寿命を延ばす手段がないわけではない、生前のランドールでも手こずるような秘境に存在している。

 今の状態でそこまで行くことができるのか。一年というタイムリミットで、足手まといを連れて?


(やるしかねえ。そうでなけりゃオレは地獄に逆戻り。それどころか消滅だ)


 選択肢などランドールには存在しない。


「行くぞ」

「え、ええと。どこに?」

「グリゴールの庭園だ。そこでまずはオマエの寿命をなんとかしねえことにはオレの身体を取り戻すなんざ夢のまた夢だ。名誉回復も復讐も、全部そのあとだ!」

「は、はい……!」


 こうして二人は旅だった。


 一路東へ。

 途中、いくつかのダンジョンで路銀を稼ぎ、美女が困っていると聞けば骸骨という身体も忘れて人助けに走る。

 美女が山賊に攫われたと聞けば、山賊を皆殺しにして骸骨であることを忘れて思わず求婚したら人妻で悲鳴を上げられ。

 またある時は――。


 そこそこ波乱万丈な旅を続けてもうメモリアの寿命が尽きる数日前というところでようやくグリゴールの庭園へと辿り着いた。

 目的地はもう目と鼻の先であるが、そこには守護者がいる。


「なんとか間に合ったな」

「はい。たくさん人助けをして、わたしは確信しました。やはりランドール様は不倫などしておりません!」

「…………」


 しているんだよなーと思いながら、ランドールは周囲の気配を探る。


「さて、行こうか」


 足を踏み入れれば、そこには守護者がいる。

 庭園の最奥にある泉を守っている。ランドールたちの狙いはその泉だ。

 飲む者を癒し、寿命を延ばすという生命の泉。


 そんな貴重なもの故に守護者はいる。


「出やがったな」


 巨大な機械式ゴーレム。

 古代の時代から劣化し隻腕となりながらも、この地を守り続けている守護者だ。

 全盛期のランドールでもこれを倒せたことはない。こいつの隙を伺いわずか数滴の泉の水を持ち帰ったのだ。


「だが、今回は違うぞ」


 ランドールは武骨な剣を手にゴーレムへと向かう。

 ゴーレムは侵入者を検知し、無事な右の拳を握り振り下ろしてくる。

 速度をあげランドールは円を描くように走り拳の直撃を回避する。

 骸骨のスカスカの身体は衝撃は風圧を透過して無効化してくれる。

 筋肉がないため、パワーは落ちているが逆に精密さと速度は今の方が上であった。


 落ちて来た拳を駆けあがり、ゴーレムの頭部を狙う。

 外装が剥げ内装の赤い魔晶眼が妖しく輝いているのが直接見える。狙いはそこだ。


 機械式ゴーレムには、人間の頭と同じ機能がある。

 同じであるがゆえにそこを潰せば停まることをランドールは経験から知っている。


「せいっ!」


 全身を使った剣の薙ぎが放たれる。


「やっぱ硬いな! ――うおっ!」


 硬質の音とともに弾かれる。

 さらにゴーレムはその身体を振ってランドールを振り落とし、空中にあるランドールへと拳を叩き込んだ。

 骸骨でしかないランドールの肉体はバラバラと砕けてしまう。


「立ち上がれ、我が英雄!」


 壮麗でありながら悍ましき術詞音節の詠唱により、ランドールの身体に宿った死霊術の術式が可視化され元の形へとランドールの身体を修復する。


「まあ、一発で終わるとは思っちゃいねえよ」


 死霊術で蘇った利点は、術者の力によって復元を可能とすることだ。いわば無限の命があるということに等しい。

 もっとも術者の魔力が尽きればその復元もできなくなるが、死霊術の才能がない割りにメモリアの魔力量は宮廷魔導士すらも超えるほどに莫大だ。


 その力のおかげでランドールは何度も復元され、戦闘に復帰することができる。

 復元による技も考案した。


「ただの剣じゃ硬すぎて貫けないが――」


 ばらばらと砕け散るランドールの身体。


「復元!」


 そこにメモリアの復元が行使される。

 復元力によりバラバラに散った身体が一か所に集まろうとする。

 その力は非常に強い。

 メモリアの何があろうともランドールを復活させるという意志の力は、この世界の一番だ。

 自分のあらゆるものを代償に捧げても良いというほどの献身による復元は例え不壊の壁であろうとも貫いて一つの肉体に戻そうとするくらいの力がある。


 その勢いをランドールは身体運用により技に使用する。


「題して復元突き!」

 

 復元の威力によって剣が突き入れられる。

 ランドールの技量により絶妙の加減でゴーレムの装甲へと差し込まれた一撃は、剣を折ることなく致命的な一撃をゴーレムへと与えた。

 轟音とともに機械式ゴーレムはその役目を終えて残骸と化す。


「やりましたね、ランドール様!」

「ああ、オマエもだいぶ復元が上手くなったな」

「ランドール様のおかげです!」

「良し、泉へ行くぞ」

「はい!」


 泉へと向かうと神秘的な光を放つ泉があった。


「これを飲めばオマエの寿命は回復するはずだ」

「では……」


 メモリアはきらきらと輝く水を手で掬って飲み干す。

 効果はすぐに出た。

 身体中を覆いかけていた呪印が消えていく。

 それだけではなく、欠けていた部分も補填されていくようであった。


「あぁ……すごい……」

「ああ、こっちもすごいぞ」


 それに伴ってランドールの姿も輝き始め、骨を核として肉が形成されていく。

 本来の姿に戻ろうとしていた。

 そして、光が収まりメモリアの回復とともにランドールの姿も生前のそれと遜色ないものへと変化する。


「おぉ、ランドール様! あの時と同じくたくましいお姿を取り戻せましたね!」

「…………」

「ランドール様?」

「…………」

「あの、何か問題が?」

「ない……」

「え?」

「ないんだ、アレが!」

「アレ、とは……?」

「男の象徴だ……」


 男の象徴、百戦錬磨とうたわれた超ド級のランドールのランドールがないのである。

 これではすけべができないではないか。


「えっと?」

「なんでだ、おかしいだろう、なぜここだけ!?」

「わ、わかりません……でも、たぶんわたしのせいですよね……ごめんなさい」

「…………」


 そうだ! と言いそうになったが寸前でやめるだけの理性がランドールにもあった。ここで罵倒でもして変な気を起こされて地獄に戻されたらこの一年の努力が無駄になるというものだ。


「計画変更だ」

「は、はい! どうしましょう!」

「次の秘境に行くぞ。そこでオマエを鍛える。オレの最強の性剣を取り戻すまで、名誉回復も復讐もなしだ!」

「はい! がんばります!」

(絶対に取り戻してやるからな~~~~!!!!!)


 ランドールとメモリアの旅は続く――。

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死霊術師メモリアは不倫騎士ランドールの名誉を回復したい――でもその不倫本当なんだが? 梶倉テイク @takekiguouren

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