『異セカイ文化人類学』番外編〜薔薇色の大河

所クーネル

『四荒河の国』について

 俺の記憶の中の川といったら、荒川だ。


 子供の頃身近にあったそれは、コンクリートに囲まれていて臭くて深緑色だった。流れているのかも怪しく思うほどよどんでいた。


 こっちに来て(つまり異世界である『黄金の国』に転生して)『七ツ森の国』で美しい川の流れを目にしてからは、遠い記憶の荒川は霞み始めていた。


 しかしあのニオイを思い出すような話を先生から聞かされた。『四荒河しこうがの国』のことだ。


 名前のとおり四本の暴れ川を有する『四荒河の国』の人々は、に住んでいる。


 川は頻繁に氾濫して流れを変えるが、街を乗せた巨大な石橋は浮力を持つ『飛龍岩ひりゅうがん』を多く含む『白色飛龍岩』でできているので、柔軟に伸縮して崩壊することはない。どれだけの長さ、重さになっても河の上に浮かび続ける。


 城も城下町も畑も橋の上にあるのだ。橋の中と上とで二階建てになった街もあるというから、ぜひ本物を見てみたいと思った。なんだかワクワクする。


 人々の容姿は、なんと地球のアジア人にかなり近い。

 黒髪に焦げ茶の瞳。背は(この世界では)低めで痩せ方が多く、肌は薄いオレンジ色。


 初めて会った時、フィス先生は俺を四荒河の人間じゃないかと言ったが、俺もそう思う。もしかして、日本人こそ四荒河からの転生者なんじゃないか? これは冗談。


 さて、ノスタルジックに荒川を思い出したのは、彼らの足元を流れる川のせいだ。それは竜の血とも言われる赤黒い流れで、嫌なニオイがするという。近所を荒川が流れているだけで憂鬱ゆううつだったのに、すぐ下だなんて……。


「だが、母であり父である漆黒竜は、自分の四番目の子に過酷な環境だけを与えたわけではない」


 そう言うと、先生は棚から木製の小さなスパイスラックみたいなものを持ってきた。六つ子の小瓶が揃いのラベルを首に巻いて一列に並んでいる。中身は少しずつ色味の違う赤い液体だ。


 差し出されるまま一本を手に取ると、薔薇色がなめらかに揺れた。そしてなんとも言えない甘い匂いがコルク栓の向こうから滲み出てくる。


「これはすべて、四荒河の川の水から作られたものだ」


 俺が驚いたのは書くまでもない。


 どの川の水も、四荒河秘伝の精製技術でさまざまな効能のある薬品に変化するとは聞いていたが、こんなに美しいとは思わなかった。


 彼らはその技術できょうだいたちを助けるようにと言いつけられた。


 だが時は経ち、竜の子どもたちは団結よりも競争を、分け合うより奪い合うことを選ぶようになった。


 四本の暴れ川は四荒河の生きる糧であり、彼らを守る要塞にもなった。橋を渡らせてもらえなければ国に入ることはできず、それは友好的でなければ叶わない。そして、彼らの作る薬は貴重だ。


 四荒河の薬師やくしたちは秘術を盗まれないように常に気を張っているという。疑心暗鬼になる者もいるそうだ。

 国全体が閉ざされて、外の人間を拒んでいる。黄金王に大陸全土が統治された今も。


 そのことをほんの少し寂しく思って、俺は落ち込んだ顔して手の中の小瓶を眺めていたのだと思う。フィス先生がいつもどおりの気の抜けた声で話し出した。


「四荒河で見る朝日はなにより美しい。死ぬまでに見るべきものの五つには入る。川面かわもに光が反射して、全く違う色を見せてくれるんだよ。お前もいつか行くといい。橋の街も、見てみたいんだろう?」


「ええ、そうします。もちろん先生が連れていってくださるんですよね」


 俺がそう言うと、先生は笑って、これもやはりいつもの様子でメモを書きつけた。きっと計画を立ててくれるだろう。

 

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『異セカイ文化人類学』番外編〜薔薇色の大河 所クーネル @kaijari_suigyo

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