境界の先は

及川稜夏

第1話

「それでね、私、……に行ってきてさー」

「ふーん、それで?」

 教室の片隅。

 夕日の差し込む中、いつものようにクラスの友人の話を聞いている。だが、人知れず、真依は不満を募らせていた。

「どうしたの、まいちゃん」

 だまりこんだ真依に友人が声をかける。

 だが、真依はこれ以上話を聞いていることはできなかった。

「別に。用事あるからそれじゃ」

「待ってよ、まいちゃん」

 友人の引き止めるような声を遠くに聞きながら、真依は駆け出していた。

(やっぱり、私の家はおかしい)


 真依は、生まれてこの方、一度もこの街の外に出たことがない。

 親の見張りは厳重で、それは、街の外に出る行事のたびに休まされるほどに徹底している。

 もちろん、見張りを掻い潜って出てみようとしたことも一度や二度ではなかったが、その度にうまくいくことは無かった。

 一度、旅行のCMが流れて、海外に行きたいと言った時など、あからさまに親の顔がこわばっていた。

 その後、何やら二人が話し合っていたことを真依は知っている。


 「今日こそは一言言ってやる」

 そう呟いた真依の耳に、クラクションが響き渡った。

 右を見れば迫ってくるトラック。前を見れば赤信号。

 どうやら真依は考え事に集中するあまり、赤信号になっていたことに気が付かなかったようだ。

 だんだんとトラックが迫ってくる。数秒後には、きっと……。

 真依は固く目を閉じたまま、その場を動くことはできなかった。


 しばらく、そのまま時間が経った。だが、いつまで待っても衝撃も痛みもやってこない。

 目を開ければ、真依の目の前スレスレでトラックは止まっていた。

(不思議なことも、あるんだな)

 未だバクバクとする心臓のまま、辺りを見回す。止まっていたのは、トラックだけではなかった。

 人も、猫も、風に吹かれた旗までも、ピタリと一点で止まっている。

 動いているのは真依、ただ一人であった。


「どういうこと?」

 真依は手当たり次第、街の中を走った。だが、何一つ動いていない。真依一人を除いて。

 まるで、時が止まったかのようだ。

 気がつけば、もうすぐ隣街との境まで、真依はやってきていた。

(これまで何回親に妨害されたかわからないけれど、この状況じゃ止めにも来れないでしょ)

 真依は建物の角を曲がり、隣町を覗く。


 黒く塗りつぶされた壁が延々と続いている。


 混乱する真依に、畳み掛けるように、後ろから声がする。

「やっぱり、真依が気づいちゃったじゃない。もっと広く作るべきだったのよ」

「いや、これ以上広くは出来なかっただろう。滅ぼしたんだから」

「それに、旅行のCMを流したり、真依の友人に旅行の話をさせたりするからこんなことになるのよ」

「完成したんだ。もう、帰るんだからいいじゃないか」

 紛れもなく、真依の両親の声だった。

(滅ぼすって?それに帰るってどこに?)

 声はだんだんと近づいていく。

(親の名前って……。友人の名前って……思い、出せない)

「真依、ここにいたんだな」


 振り向いた先の親の姿は、もう人型ではなかった。

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境界の先は 及川稜夏 @ryk-kkym

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