キミとシャニムニ踊れたら 第6話「こういう時間」
蒼のカリスト
第6話「こういう時間」
1
新学期が始まり、今日から、新生陸上部は動き始めようとしていた。
はずだった。
「ピューピュー!」
「何やってんすか、元部長」
「何って、後輩ちゃんと遊んでるんだよぉ」
「先輩もやりましょうよ、ゲーム」
早朝の部室にて、元部長こと、宝多先輩と後輩の櫻井の2人はゲームに興じていた。
「先輩、此処は遊び場じゃないんですよ。それに、引退したんですから」
「まぁだ、国体がありますぅ~。それに推薦もあるし、怠けるとダメなんで、部活には来ていいんですぅ」
「そうだそうだ~」
頭が割れそうだった。
これまでは、こちらが甘えていた分、これからはこちらが厳しくやらないといけないので、自らを律した。
「だったら、ゲーム辞めて、朝練始めますよ」
「どうする、梅ちゃん」
「やめて下さいよ、宝多先輩。下の名前で呼ぶの」
「悪い悪い、じゃあ梅」
「先輩、お友達は多くないですよね?」
「バレっった?あはははははは」
「いい加減にしろッ!」
今日から二学期。あたし、暁晴那は陸上部部長として、いきなり、ОGと後輩に舐められていた。
その後、三好先輩が介入したお陰で、何とか部活は始まったものの、後輩である櫻井はあたしに対しての風当たりがきつい為、サボったりが目立った。
原因は分かっているので、深くは触れないことにしよう。
朝練が終わり、着替え終わり、部室の確認を終え、鍵を閉め終わり、一人教室に向かっていた道すがら、会いたくないヤツに遭遇してしまった。
「やっほー、暁ちゃん」
「やっほー」
「何々、暗い暗いよ。同じ陸上部の仲間なんだから、楽しく行こうぜ?」
「はいはい」
同じクラスで、男子陸上部副部長の緋村剣(つるぎ)。
性格は軽薄で、10股の最低〇乱野郎である。
「もっと、気楽に生きようぜ。まぁ、副部長のオレが気軽に言えた義理じゃないけどさ」
何で、うちの陸上部はこういう奴が多いんだろう。
全員では無いし、部長の桝田は堅実で無口のいいヤツだけど。
「そうだね」
「いつもそう。暁ちゃん、女子とは楽しそうなのに、男子には視線も合わせないよね」
コイツのこういう所が嫌いだ。 人の顔をよく見ている。本当に苦手だ。やりづらい。
「そうかもしれない」
「オレ、オレに興味のない女性はどうでもいいんだよねぇ」
知らねぇよと突っ込んでやりたかったが、返す気にもならなかった。
「まぁ、頑張って下さいよ。暁部長!」
教室に近づき、緋村は友人の下へと駆け寄っていった。
痛い所を突かれた気がしたが、どうでもいいことだ。
あたしは深呼吸をして、教室に入った。
「おっはよー」
2
教室での天たちとのやり取りを終え、あたしは妃夜に挨拶をした。
「おはよう、佐野っち、妃夜」
彼女は視線を合わせても、逸らすばかりだった。
あたしは引きつった笑顔のまま、自分の席に着いた。
あの夏祭りから、三週間。連絡を取ったりもしたが、直接会うのは、今日が久しぶりだった。
まるで、最初に戻ったかのように、妃夜の顔は何処か、余所余所しいものに見えた。
今日は始業式もあって、あたし達陸上部やその他運動部が表彰する為に、待機していた。
朝は眠たそうな眼を擦り、あたし達はその時を待っていた。
大会が終わった後のことは、よく覚えている。 ショックよりも、まだまだあたしは先があると思えたことが、一番の成果だったと思う。
心の何処かで、成長限界を感じていたあたしだったけど、こんな所で終わりたくない。そう思えた全国だった。
表彰式には、宝多先輩のスピーチもあったけれど、全然面白くも無かったので、割愛ということで。
「おいおいおいおいおい!」
始業式も終わり、朝と途中まで一緒だったが、珍しくやる気に満ちた彼女の瞳にあたしは心を燃やしていた。
「また行くぞ」
「うん」
2人で拳を合わせ、あたし達は再び全国に行く決意を固めた。
「うっわ、お熱いですねぇ、お2人サン!」
割って入って来たのは、全国大会で3位だった宝多先輩だった。
「何すか」
朝はいつもの無表情で、宝多先輩を制していた。
「いやぁ、別にぃ。まだ、国体もあるし、朝は駅伝チームに入ったりとウチは安泰だなぁってさ」
「からかいに来たのかと思いました」
「からかいに来たよ。まぁ、頑張り給え、若人よ」
「あんた、一個上でしょ?何、年上ヅラしてんすか」
「詩っちょ、アタシに対して、当たりキツクナイ?先輩やぞ」
「詩っちょ、やめたら考えてもいいですよ」
2人のやりとりを聴いていた時のこと、中村といつもの取り巻きがあたしを睨みつけていた。
しかし、それ以上のことは、何もして来なかった。
「アイツら、まだせなっちょのアレ、怒ってんのかねぇ」
「負け犬は所詮、負け犬ですよ」
「詩っちょ、そういうとこやぞ」
「本当の話ですよ」
「せなっちょ、今日は具合悪いの?もしかして・・・」
「違います!元気です。何でもないです」
あたしは走って、教室に戻ろうとその場を離れた。
3
その日は妃夜と目は遭っても、話しかけることは無いまま、教室を後にした。
部員全員を集め、今日は競技場内での陸上部のミーティングから始まった。
「今日から、〇〇中女子陸上部部長に就任しました。暁晴那です。これから、宜しくお願いします」
顧問の小松先生他、女子陸上部員含む全員からの拍手を貰った。
あたしの挨拶の後、朝が登壇し、挨拶を続けた。
「副部長の朝です。駅伝大会は優勝しか眼中にないので、そのつもりで」
朝の直球過ぎる言葉に、委縮したものも居たが、小松先生もОGも他の部員も、それを静止するものは誰も居なかった。
「それじゃあ、ストレッチ始めるぞ」
「はい!」
これから、あたし達の時代がやって来る。中学生生活最後の一年が幕を開けた。
今日は短めの時間での練習だったので、終わったのは、夕方過ぎだった。
小松先生とのミーティングも終え、ようやく、朝と帰宅しようとしていた。
「おっつー、せなっちょ、うたっちょ」
「二人とも、お疲れ」
宝多先輩と三好先輩があたし達を待っていた。
「ありがとうございます。待ってくれて」
朝はふてくされた表情を浮かべていた。
「美世先輩、代わって下さい」
朝らしくない弱気な言葉に三好先輩は柔らかな言葉でエールを送った。
「だーめ。朝ちゃんが、全国に行く為でしょ。」
「えーーー」
正直、朝はこういう面倒事はやらないと思っていただけに、推薦された際は、率先して引き受けていた時は驚いた。
練習よりも、明日の練習の打ち合わせに疲れていたんだろうか。
この時期は国体に出る選手もいるが、基本は来年に向けての体づくりがメインだ。 明日の打ち合わせや部員の見守りから、どうだったかの確認に至るまで。
大変なのは、これから。こんな所でヘタレているわけには行かないのだ。
「まぁ、アタシの部長時代に比べたら、よくやってたんじゃあないかな?」 「佳乃、そういうところ」
「あたし達、先輩がいなくても、頑張りますから」
「晴那は気張り過ぎ、もっと気ぃ抜け」
朝の言う通りだった。正直、未だに緊張が抜けない。今日は動きが悪かったからだろうか。
全国以降、調子がどうもよくない。今は部長として、しっかりまとめないといけない。何故なら・・・。
「それにしても、晴那はうめっちょに相変わらず、嫌われてたにゃあ」
「櫻井ちゃん、バトンパスの時、わざと落としてたものね」
「そう・・・ですよね」
「いやいや、暁ちゃんが悪いわけじゃなくてね」
「いや、せなっちょが悪い。これを乗り越えずして、部長の道は遠いぞ」
「あははは」
陸上部1年4組の櫻井梅。担当種目は短距離100mと200m。
リレーも補欠メンバーだが、協調性皆無な所や自己主張が激しい為、リレーには出場したがらない。
記録も叩き出せてはいるものの、如何せんムラもあり、やる気も無い。
「まぁ、ぼちぼちやっていくしかないわな。頑張れよ、部長」
「はい」
宝多先輩には懐いていたし、短距離担当の福岡先輩には懐いていた。
あたしにだけは、どうしても、風当たりが強く、嫌われているんだろうなという自覚はあった。しかし、お互い、中学生なので分かり合うことは無いのだと。
皆、駐輪場に到着し、帰ろうとした時のこと、あたしたちの前に中村達が待機していた。
「よぉ、晴那。おっせぇんだよ」
「何の用?帰りたいんだけど」
中村はあたしに指を差し、役者がかった大声で、こう宣言した。
「今度の体育祭、アタシと勝負しろ」
「いーよ」
「いやいや、軽すぎだろうが」
「じゃあ、お疲れぇ」
「待て」
いつもの中村とは違う声色で、あたしを静止した。
「何だよ」
「この勝負に負けたら、お互いの言うことを何でも聴く。それでいいな?」
「いいよ」
中村は本気のようだった。
あの時とは違う声色なのは、彼女も腹を括っているからだ。
「あばよ」
中村達は無言のまま、自転車を走らせ、その場を後にした。
「おいおい、せなっちょ。いいのかよ」
「何がですか?」
「久々に観たけど、アイツ、ガチだぞ。いつも走り込んでるせなっちょでも、厳しいな、ありゃ」
「そうかもですね」
「暁ちゃん・・・」
皆が心配するのも、無理はない。
あたしとあいつは、昔の因縁がある。それを心配してのことだろう。
「必ず勝ちますから」
その言葉とは裏腹に、あたしの瞳は暗く霞んでいた。
「どうでもいいけど、何で勝負するの?」
朝の何気ない言葉に、あたし達は沈黙を貫くしか無かった。
「じゃんけんじゃない」
4
それは昼休み終わりの出来事。
ミーティングを終え、教室に戻った時のこと。
すれ違う中村を後目に、戻ってみるといきなり、間宮さんが倒れ込んでいたのだ。 すかさず、あたしは彼女を抱きかかえた。
「間宮さん、平気?」
気絶する間宮さんを一度横向けにして、持ちやすい格好で持てるよう、お姫様抱っこの形で持ち直し、一緒にいた朝と共に彼女を保健室に運ぶことにした。
その時、一瞬、妃夜からただならぬ視線を感じた気がした。
何か、怒らせるようなことしたかな?
「そういうとこだぞ、晴那」
「何が?」
フンと朝に嗜めらたものの、あたしは話の意味を上手く理解出来て無かった。
間宮さんを保健室まで運び込み、あたし達は教室に戻ろうとしていた時のこと、中村が何の前触れも無く、現れた。
「体育祭の勝負の事なんだが」
「もうすぐ、次の時間始まるから、あとで」
あたしと朝は急いで、その場を後にした。
「なんでよー!」
「中さん、それ正論っすわ」
今日の授業も終わり、部活に行かなきゃと思い、教室を離れ、靴を履き替えた時のこと。
中村が再びあたしの目の前に現れた。
「体育祭の勝負のことなんだが」
「ごめん、あたし忙しいの。また今度」
「てめぇ、ぜってぇわざとだろ!」
急いでいたのは、本当だったけれど、あたしは中村から逃げるように、その場を後にした。
何とか、中村から逃げ切り、あたしは部室までたどり着いた。
それから部室の鍵を開け、部員全員がなだれ込むように、入っていく。
その中に、櫻井の姿は、何処にも見えなかった。
「櫻井は?」
「さぁ」
「あんまり、関わりたくないんで」
皆、櫻井のことが、苦手らしい。
昔なら、面倒くさく絡んででも、連れて来たのだろうが、個人が尊重されるこの時代に於いて、こういう行為は忌避される傾向にある。
今はただ、自分の出来ることを全うするしかなかった。
そして、部活も終わり、朝と共に帰ろうとした時だった。
「おせぇんだよ、ばか晴那」
中村が一人であたしの帰りを、正門で待機していた。
「はいはい。何の用ですか?忙しいんですけど」
「嘘こけ」
あたし達が、自転車で帰ろうとする道を中村が止めに入った。
「前回言い忘れてたけど、リレーで勝負だ!」
「浮いてるヤツがよく言ったもんだ」
朝のきつい一言にも、中村は屈する素振りも見せず、堂々とした姿で、あたしに突っかかって来た。
「そういうことだから、逃げるんじゃねぇぞ」
中村は、それだけ言って、自転車を走らせた。
「あんなにいきいきしてるあいつ、久しぶりに観た」
あたしの素直な言葉に、朝は関心していた。
「何があったんだろうな」
朝の反応を後目に、あたしは益々、中村には負けられない。そんな気持ちを高めていた。
あいつが抱いている気持ちも知らぬまま
5
今日は体育祭の出場種目を決める日だ。
うちの学校は、紅組と白組に別れ、競い合うシンプルなものだ。
毎年、クラス毎に組が選抜される。
うちのクラスは紅組である。
応援合戦から、綱引き、玉入れからリレーと言った一般的な体育祭である。
お祭り女のあたしにとって、これは是が非でも勝ちたいイベントだ。
教室で何に出るかを決める時間となり、加納さん司会の下、話し合いが行われたが、その際、石倉先生から、言葉があたしを駆り立てた。
「なお、暁と緋村は絶対出ろよだとさ。脚が速い人は辛いねぇ」
「先生、それは強制参加ってことですか?」
加納さんの言葉に、石倉先生はそうそうととてもにこやかな表情で、話していた。 加納さんは何処か、釈然としない表情を浮かべていた。
「全国レベルのぉ・・・、部長様もいらっしゃいますからねぇ~」
実に嫌みったらしいが、きっと、中村も出て来るだろうと思い、あたしの気持ちは固まっていた。
「最初から、そのつもりですから」
おーと歓声で教室中がどよめいた。
「因みにクラス対抗男女混合リレーだから、緋村君とせなっち、後は」
「勿論、わたくしが参りますわ!」
天はいきなり、手を挙げた。
「他にやりたい人いませんかぁ~?」
「加納さん、わたくしの扱い、酷くありません?」
加納さんは苦虫を食い潰したよう顔で、天を見つめていた。
「えぇ・・・。いいけど、勝ってよ・・・」
「わたくし、彼女に何か、いけないこと、言ってしまいましたか?」
妃夜との会話を後目に、あたしは勝たなきゃと息巻いていた。
それを知ってか、知らずか、緋村が口を開いた。
「まぁまぁ、暁ちゃんさぁ。俺らより、速いヤツらが、要るわけでも無いし、大会でも無いんだから、気楽に行こうぜ、気楽に」
「速いのは、認めるんだな」
「当然っしょ。俺ら、短距離のプロだぜ、プロ。他の部活には負けないっつうの」 緋村の軽口は御尤もだが、あたしは加減するつもりは一ミリも無かった。
それ以外にも、あたしは、綱引きと障害物競争をすることとなった。
順調に種目が決まっていく中で、事件は起きた。
「次は二人三脚のメンバーを決めます。学年対抗なんで、各教室二組。男女は問わないそうです。誰かやりたい人いますか?」
加納さんの進行の下、誰もが手をあげることを躊躇う中、間宮さんがいきなり、手を挙げたのだ。
「はい。私、羽月さんと一緒にやりたいです」
一気に教室の空気が悪くなる感触を肌で感じた。
「お、おい、間宮。無理すんな。お前は見学でも」
流石の石倉先生も、立ち上がり、間宮さんの考えを改めさせようとしていた。
「そうですね。もしも、その際は暁さんを代理ということで」
間宮さんの爆弾発言に再び教室がざわつき始めた。
間宮さんは席に座り、咳き込み始めた。少し無理をしたように見えた。
「間宮さん、その体で二人三脚は無茶だよ」
「そうか゛も゛し゛れ゛な゛い゛」
加納さんの静止にも、間宮さんの支離滅裂な言動に振り回されていた。
間宮さんがどうして、こういったかは、分からないけれども。
「間宮さんの言う通り、暁ちゃんと秀才様で、走るべきだと思いまーす」
「それな。いいコンビだし、何より、デキてるしな」
「ヒューヒュー!賛成賛成!やっちゃえやっちゃえ!」
「チョー面白そう。きゃはははははは」
教室内の空気はどんどん悪くなってきた気がした。
そんな空気を変える為にあたしは一か八かの賭けに出ることにした。
「静粛に!」
加納さんの言葉で、教室は静まり返った。
「そんなノリで、決められることじゃないの。息ピッタリで歩くのだって、況してや強制するもんでもないし」
「あたし、やりたいです」
あたしはあからさまにやりたいという意志を表明することにした。
「せなっち、本気?」
「妃夜はどうなの?」
あたしはまじまじと妃夜に視線を合わせ、彼女がその言葉を言う方に賭けることにした。
「お断り致します」
うん、知ってたよ。 そういうと思っていた。
結果として、教室内ではブーイングの嵐だったが、これで良かったのだ。
あたしが介入しても、キミはそういうことが言える人だよね。
結局、石倉先生の鶴の一声で、別の男子と女子2人が選考される形となった。
間宮さんは、その後教室を後にして、真意を確かめることは叶わなかった。
こうして、種目は決まり、あたし達は、体育祭へと動き始めたのだった。
6
昼休み、ミーティングを終えたあたしは、一路保健室に向かった。
「失礼します」
保健室に入るとそこには、ベッドで横になっている間宮さんの姿があった。どうやら、彼女一人のようだ。
「来ると思ってたよ」
まるで見通していたかのような冷たい声があたしの心に突き刺さった。
「あれって、どういうことなの?」
「さっきの二人三脚ですか?」
「なんで、あたしを巻き込んだの?」
「ごめんね」
「謝らなくてもいいよ。怒ってないし」
何処か、弱気な間宮さんの表情は、胸が締め付けられるようだった。
「そう・・・なんだ・・・」
「うん・・・」
「わたしね・・・。ひよちゃんが好きなんだ」
「そうなんだ・・・ひよちゃん?」
彼女のさも当然の如く、打ち出された言葉にあたしは面食らった。
「もちろん・・・LIKEですよ、LIKE」
「妃夜とどういう関係なん?」
間宮さんは瞳を閉じた後、再び口を開いた。
「小学校の同級生です」
「あっ・・・そうなんだ」
一体、何処をどう、突っ込めばいいか、分からなかった。
きっと、彼女もあたし達の関係性を穿った目で見ているんだろうな。
そう思った矢先、間宮さんは口を開いた。
「ひよちゃん、良かった。本当に良かったよぉぉぉ」
間宮さんはいきなり、大粒の涙を流し始めた。
「間宮さん!!!だいじょうぶ?」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇんんんん、よ゛か゛っ゛た゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
必死に泣き叫ぶ間宮さんにあたしは終始圧倒されるばかりだった。
「えぇ・・・」
結局、肝心の話を聴けないまま、あたしは保健室を後にしようとその場を退散しようとした時だった。
「もう・・・手は放しちゃダメだよ・・・」
「う・・・うん・・・」
あたしは保健室を出て、教室に向かった。
その時、確信したことがある。それは確かな自信と言ってもいい程のことだ。間宮さんは、普通の人だと言うことだ。
頭が良いとか、体が弱いとかじゃない、何処にでもいる普通の人なんだ。
話をはぐらかされたのは、彼女の真意を追求されたくなかったからなのか、演技なのか?
あんな泣いた人間がLIKEなわけがないと思ったが、会う前より、彼女の本心が分からなくなってしまった。
だからこそ、今やるべきことは、ただ一つ。
間宮さんのことじゃなくて、今やらないといけないこと。それは、妃夜の手を掴むことなんだ。
あたしは、再び、彼女の為に頑張ることを決心した。それが、自分勝手な行動だとしても。
6.5
あーあ、泣いちゃった。本当は一人で泣きたかったのにな。
暁晴那、彼女はわたしが欲しい物、全てを持っている。
だけど、臆病なわたしには、どう足掻いたって、ひよちゃんの隣にはいられない。
真っ暗闇のようなこの世界に輝く一筋の光。
どれ程、暗く希望も絶望も、何もかも飲み込み続けるこんな世界であっても、わたしはあなたの光で動き出す。
こんな大うそつきのわたしには、ひよちゃんは眩し過ぎて、消えちゃうよ。
だから、言えないよ。言いたくても、言えないよ。
わたしの思いが、わたしの好きがひよちゃんに届きませんように。
わたしはまた独り、布団の中で声を押し殺し、涙を流し続けた。
7
あたしは、妃夜にメッセージアプリで連絡を入れることにした。
部活帰りに、会おうという約束だ。
「暁せんぱぁい、何故、頬を緩めているのですか?」
部室で着替える最中、櫻井があたしに絡んで来た。
「何でも」
「先輩、もしかして、話題の方とデートでもするんですか?」
櫻井の鋭い指摘に、部室がざわつき始めた。
「だったら、何?」
「つまらないですね。もっと、ひえぇとか、ふへぇぇみたいなの期待していたんですけどね」
お前の方がつまんねぇよと言い返したい思いを捨てて、あたしは服を着替え終え、部室を後にした。
部活中は、相変わらず、やる気を見せなかった櫻井だったが、それでも来ないよりかは、マシだ。
これでも、一年では実力者だから。
部活を終え、あたしは鍵を朝に託し、今日は退散することにした。
自転車を漕ぎだし、すぐさま彼女がいるコンビニへと漕ぎ出して行った。
8
「お待たせ!ごめんね、色々立て込んじゃって」
コンビニ前に律儀に待機している妃夜を見つけ、あたしは何処か、浮足立っていた。
「いいんだけど・・・。話って、なに?」
「息抜き」
「息抜き?」
「何か買おうか?」
暁はスマホを取り出した。
「いいよ、別にいらない」
「いいからさ」
会っていなかった時間を埋めたかったあたしは、奢ることで、許して貰うことにした。
その結果、彼女の好物であるプリンを購入することとなった。
コンビニを出て、あたしと妃夜はお互いの自転車を押して帰ることにした。
「買い食いする?」
「絶対イヤ」
「いうと思った」
色んなことがあったけど、あたしはいつも通りの自分を演じることにした。 そうでもしないと自分がおかしくなりそうだったから。
「ねぇ」
「朱音から聴いた。夏祭りの件で怒ってるんでしょ?」
「怒ってるわけじゃ・・・」
妃夜の百面相には、少しばかり元気が貰える気がした。
彼女が何を考えているかは、分からないけど、嫌じゃないと言うことだけは、理解出来るから。
「まぁ、いいや。聴く?あの時、何があったか?」
あたしの質問に、迷いながらも、妃夜は答えを出した。
「やっぱ、いいか。その時じゃないよね」
「いや・・・。うん、やっぱり、今じゃない気がする。今は聞かないでおく」
「そうだね」
あの時のこともそうだ。あたしは知らないといけない。 あの時の彼のことも、間宮さんが知っていることも。
どんどん、下方気味のあたしに、妃夜は優しい語り口で話し始めた。
「全国残念だったね」
「もしかして、気遣ってたの?」
照れるキミの姿にあたしは、考えることが、少し馬鹿馬鹿しくなり、頬を緩ませていた。
「いいよいいよ。終わったことだし、まだまだこれからだし」
「そうかもしれないけど」
「それより、今の方が辛いなぁって」
妃夜との時間は大切だ。 部活部活で頭がパンクしそうなあたしには、こういう時間が必要なんだ。
「部長なんだけどさ。全国はレベルが高いし、他の部員の面倒とか、先生には怒られてばかりだし、ОGはうるさいし」
「大変なんだね」
「大変だよ~。今日はバックレて来たし」
「はっ?」
「冗談だよ、冗談。今日は短い練習だっただけ。オフもあるけど、勉強もしてるし」 少し固まる妃夜だったが、最近のあたしをキミに教えたかったから、本当の話をすることにした。
「冗談でしょ?」
「本当だよ。石倉先生に、取り続けろって言われてさ」
「そうなんだ・・・」
先ほどまでの表情から一転して、今度は妃夜が下を向き始めた。
「暁は凄いね」
「ん?何が?」
「そんなに頑張れて、私なんて」
「そう思わせてくれたのは、妃夜のお陰だよ」
あたしは自転車を止め、妃夜に目線を合わせた。
「妃夜はいつも頑張っているからだよ」
「私は頑張ってはいない。いつも、誰かに守られてばかり、暁みたいにはなれない」
「何言ってんだよ。自分は頑張ることしか出来ないって、言ってたの何処のだれ?」 この言葉に、キミは見ているこっちが恥ずかしくなる位、動揺していた。
「あの時はあの時、今は今。人は変わるわ」
「めんどくせぇ」
切れの悪い妃夜の言葉に、あたしは面倒になったので、言い返した。
「うっざ」
「やっと、調子上がって来たんじゃない?やったやった」
「何よ、それ」
「もっと、自分を好きになりなよ」
「あなた、本当に暁?気色悪いんだけど」
「気色悪いって言われるの心外なんだけど・・・」
自分でもそう思う。今日のあたしはどうかしている。
未だに天の言った言葉を理解出来てないし、自分でもどうしていいか、分からないことだらけだった。
「やっぱり、妃夜と二人三脚したかったなぁ」
「嫌よ、いくら運動しているとはいえ、あんたと一緒に歩くなんて、絶対イヤ」
「そういうなよぉ~。練習しようぜ」
ダルがらみをするのは、明るく笑うキミが好きだから。
「お断り致します。あんな密着した状態で歩くなんて、絶対イヤ」
「そんなぁ~」
あたしは妃夜が好きらしい。
それが恋心なのか、人間としてなのか。いつまでたっても、分からないことだらけだ。
それでもいいと思えたのは、きっと、こういう時間が今のあたしには必要で、大変な時だからこそ、大切にしたいと思える。
あたし達は再び、歩き出す。とりあえず、家を目指して。
キミとシャニムニ踊れたら 第6話「こういう時間」 蒼のカリスト @aonocallisto
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