ロクデナシと美女

第1話 倒産

 2021年の春、まだコロナ禍真っ盛りでワクチンや治療薬がない最中、企業の倒産や解雇当たり前に起きており、それはこの田舎街でも例外ではなかった。


 それなりの規模のパン工場では、会議室に派遣社員や正社員、契約社員が集められ、お偉いさんたちからこの会社の倒産が告げられる。


「ふーんじゃあ、俺らもうこんなクソみたいな工場で働かなくたっていいって訳っすね!?」


 明らかに暴言とも取れる発言を平然とした顔で放つ青年、遠藤勇太はマスクを外して大きな声で咳をする。


「安月給でこき使いやがってよぉ! てめえらの顔全員覚えたからな! 人生めちゃくちゃにしてやるからな! 覚えとけよカス!」


 勇太は咳を立て続けにし、怒り狂う上司を尻目に床に唾を吐き捨て、「俺コロナじゃけぇな!」と叫んで部屋から出ていった。

  

       ******

「なぁ、やっぱあんな辞め方まずいだろ?」


 彼らの溜まり場である駅の近くのファミレスで、勇太の同僚の、小野田雄介はドリンクバーを飲んで大盛りのポテトを頬張っている。


「あ!? あいつらよ、散々俺らをいじめてきたじゃねぇかよ! かっこいい辞め方ってやつだ!」


「でもさ、あいつらここら辺では顔が効くから仕事とか決まりづらくなるぞ!」


「は! そんなの関係ねぇ! それより秘策があるんだよ!」


 勇太は余程の自信があるのか、ニヤリと笑いながら、タブレットを開いてWEBを開き、そこに書いてあるサイトを見せる。


「秘策って……?」


「生活保護を簡単にもらえる裏技だ!」


「マジかよ! そんなのあるのか……!?」


 油に塗れた指で勇太はタブレットを指差すと、そこにはブログに、『生活保護の簡単な貰い方』と書いてある。


『メンタル系の医者に出向き就労不可の診断書を書いて貰い、生活保護課に行ってなるべくオーバーに重く話しておけばたいていの場合なら通る……』


「これじゃん! やりいっ!」


 雄介は、大きく口を開き食べているポテトを吐き出しながら虫歯でボロボロの歯を見せびらかすように大声でガッツポーズをした。


「おいあれ、駒沢じゃねぇ?」


 ファミレスの入り口の方に、中年で醜く腹の出た親父が、勇太と同じ歳で、やけに美人で車椅子の女性と、中年の白髪混じりの女性がおり、それは彼らの派遣先の元上司でパワハラをしてきた男だった。


雄介は、今にも駒沢を殴り飛ばしたい血走った目の勇太を見て、「こいつ、本当に何かしらの病気だよ……」とため息をついた。


        ******

 勇太と雄介は、同じ児童福祉施設出身であり、幼稚園から高校まで同じ、卒業後に派遣会社に登録して派遣先は同じだった。


 地元のそれなりにでかいパン工場に派遣されたのはいいものの、劣悪な会社であり、何度かやめようとはしたが、運が悪いことにコロナ禍に入り、転職は絶望的となった。


 案の定、補助金だけでは会社の運営が成り立たなくなり、設立30年目にして倒産の憂き目に遭い、80名程の社員達は晴れて立派な無職となった。


 真っ白い壁の病室には、大きなパソコンとたくさんの資料が置かれ、白衣を着た医者が、まるきりの健康体の勇太を不思議そうに診察している。


「ええと、今日はなぜここにいらっしゃったのですか?」


「実は前の会社で酷いパワハラを受けて、被害妄想のような感じになってしまい、自殺を考えました……」


 勇太は毛玉だらけでボロボロのネルシャツの袖をめくり、病院に来る前に軽くカッターでつけた少しの躊躇い傷を見せる。


「これは酷いですね……いじめがあったのですか?」


「ええ、パワハラを振るわれて、生きるのが嫌になりました……」


「そうですか……眠れてますか?」


「いえ、眠れません。ここ3日間一睡もできておりません。死にたいと思った時は何度かあります」


「そうですか、睡眠薬と精神安定剤は出しておきます」


「あのう、生活保護を貰いたいのですが、診断書は書いていただけませんか?」


「え!? いえ、一回だけしかきていないのにそれは出来ません……!」


 勇太は切り札、とばかりにバッグの中から5万円が入った茶封筒を取り出し、医者に差し出す。


「うーん……分かりました、お書きします。ただこの話はここだけにしましょう」


 その医者は、余程安月給でこき使われているのか、苦笑いをして、「来月に診断書が出来上がりますので取りに来てください」と言った。


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