太陽系の遠い最果て、彼女と僕と「緑の園」で(完結・全5話)

天野橋立

第1話 正体不明の「人工物」に接近する、一人きりの調査艇

「10秒後にオートパイロット解除、フルマニュアル・モードへ移行。僕がメインコントロール、君はバックアップを」

 副操縦席コ・パイシートに座るアシスタント・レイに、私は指示を出した。

「フルマニュアル移行、アイ。メインコントロールはダライアス艇長キャプテンに、私はバックアップに入ります」

 いつもと変わらない落ち着いた音声で、レイは答えを返した。ちょっとした操作ミスが事故につながりかねない、緊迫した場面だが、その冷たく美しい顔は微動だにしない。


 太陽系の最果てへと、あまりに長かった宇宙の旅も、ようやくその往路を、つまりは全体の半分を終えようとしていた。

 目指してきた四角錐状物体、その正体不明アンノウンの「人工物アーティフィシャルβ‐112」の姿は、探査艇のフロント・ウインドウのまさにすぐ向こう側に、まるで垂直な壁のようにそびえていた。

 広大な宇宙の闇の中で、ほんのちっぽけな存在に見えた物体は、実際にこうして接近してみると驚くほど巨大であった。この小さな二人乗りの高速探査艇に比べて、数十倍にも及ぶ全長があることは、数字では分かっていたが。


「さて、果たしてこいつは、我々を迎え入れてくれるかな?」

 私はつぶやいた。この旅の間に、すっかり独り言が癖になっている。

「これまでに発見された『人工物』においては、特定のパターンをコールすることによって、内部へのゲートが解放されることが確認されています。今回も、同様かと推測します」

 私の言葉に自動的に反応したレイが、生真面目な声で返事を返してくれた。

 その「特定のパターン」での呼びかけ方法が解読されるまでには、調査局の暗号解析班による、それこそニューロチップの回路が焼ききれそうなくらいの努力があったと聞いている。

「物体」の外壁はあまりに強固で、その破壊による内部への侵入は、未だに実現していない。その必要がなくなったことは、幸いだった。


 現在は正式名となっている、「人工物アーティフィシャル」という呼び名は、その発見当初は仮の呼び名だった。「人工」であるはずがなかったからである。

 地球からはるか遠く、冥王星軌道のさらに外側に当たるこの太陽系外縁宙域を人類が訪れることができるようになったのは、長い宇宙開発史の中でもごく最近のことである。こんな巨大な物体が、このような遠い場所で建造されるなどあり得ないことなのだ。

 つまり、この物体は人類以外の「人」の手によって創り出された「人工物」なのだった。


 同様の物体は、外縁宙域において他にもいくつも発見されており、国際宇宙開発機構による調査が実施されていた。

 その初期においては、学者や技術者によって構成された大規模な調査チームが編成されていたが、新たな「人工物アーティフィシャル」が次々と見つかるようになってからは、たった一人の調査員が出向いて現地調査を行うようなケースもあった。

 例えば、私のように。


 私には、月面宙京市の基地に勤務するフィアンセがいた。

 ところがその彼女は、新人の頃から私が指導してきた後輩職員と関係を持ち、二人でそろって開発機構を去ってしまった。噂では、地球上のどこかで結婚式を挙げたそうだ。

 できれば彼女の幸せを願いたいところだが、私はそこまで強い人間ではない。信じていた全てを失った私には、もはや生きる気力も残っていなかった。

 だが、どうせ捨てる命ならと、たった一人の孤独な調査に志願したのだった。階級を飛び越えて、「艇長キャプテン・ダライアス・ネオ」の爆誕というわけだ。


(その2 「アシスタント・ロボット『レイ』の異変、『人工物』内部への侵入」に続く)

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