【カクヨムコン10短編】お前の作る飯が食いたいんだけど。

宇部 松清

第1話 TASTE GOOD!

「何だこれ」


 思わずそんな言葉が口から溢れた。

 今日も一日、上司からは散々詰められたし、半べそをかきながら資料を作成している後輩のフォローもした。今月はずっとこんな感じだ。何なら新卒一年目からこんな感じだった。その時は自分が後輩の側だったってだけで。


 そんな毎日をかれこれ五年も続けてる。

 佐藤幸路ゆきじ、27歳独身。恋人なし。


 今夜の飯は何にしようかと、いくつかの食堂を素通りしたところで、ポケットに入れていたスマートフォンの振動に気がついた。取り出してみれば、フォローしているアカウントの通知である。


 そのままSNSを開いて、内容をチェック。今夜WEBトークをするらしく、その告知のようだ。コンビニで飯を買って帰ればちょうど間に合う。よし、じゃあもう今日はコンビニだ。


 そんなことを考えつつ、何の気なしにタイムラインを漁っていた時だった。


『今晩、焼き鯖とひじき煮、大根の味噌汁だけど食う?白飯付きで五百円な。先着五人。出来れば野郎限定。』


 誰に向けた投稿なのかわからない。添付されてる画像は、実家で出て来るような、そんな飯だった。


 その投稿を見ての反応が冒頭の台詞というわけだ。


 焼き鯖はこの手の投稿でよく見かけるような小洒落た黒い角皿じゃなく、「それはお前少なくとも洋食の時に使うやつじゃね?」みたいな、周りにぐるっと『TASTE GOOD!』の文字が書かれた白い丸皿に乗せられてたし、ひじき煮なんて、取り分ける前段階なのかどんぶりに山盛りだった。一人暮らしを始めて間もなく、まだそこまで気が回らなくて、とりあえず実家から持ってきた食器を使ってた時の俺のようだ。いま? いまもまぁ変わらん。食器なんて別に何でも良いだろ。


 白飯と味噌汁は盛られてなかった。画像の奥にちらっと見える炊飯器と鍋の中にあるのだろう。


 良いなぁ、これで五百円かぁ。誰が作ったかわからんやつだけど。


 先着五人とか言われても、誰が行くんだ。ていうかどこだよ。何県のどこ市だよ。仙台ここから行けるやつか? なぁ、当方野郎なんだが。条件満たしてるんだが。


 そんなことを思っている間に、イイネがどんどん増えていく。返信欄には、「食いたい」「どこ」「いまから行く」などといった言葉が並んでいった。いやマジでそれよ。


 その中に一つ、


『俺行くわ。木下。時屋TOKIYAの裏だろ。』


 そんな返信が来たかと思うと。


『久しぶり。高校以来か? 高橋だよ、今日行くわ。』

『佐々木だよ。オレも食いたい。』

『おっすおっす、橋本だけど。まだ間に合うか? 行くわ』


 次々と、なんとなく知り合い感のあるヤツらがリプライ返信を送り始めたのである。


 アカウント名『俺んちメシ』氏は、その一つ一つに『了解』と短く返していく。やっぱ知り合いなんだろうな。そんなのDMダイレクトメールでやれよ。そう思ったけど、まぁ、それは個人の自由だしな。実際そんな指摘も散見されたけど、俺んちメシ氏は気にしていないようだった。


 一度閲覧したからなのか、その『俺んちメシ』氏の投稿がちょいちょいと俺のタイムラインに現れるようになった。


 どうやら彼は、毎週金曜にこの手の投稿をしているらしい。メニューは毎回違うが、添付画像に登場する食器はほぼ同じ。メインはたいていの場合、その『TASTE GOOD!』に盛られていたし、副菜と思われるものは丼に山盛りで、取り分け用のデカいスプーンが突っ込まれてた。そんで、画面奥には炊飯器と鍋。料金は五百円、先着五名。出来れば野郎限定。


 最初は何だこれと思ってチラ見する程度だったが、何度も目にするようになると、だんだん気になってくる。今日の飯は何だろうな、と思うようになり、毎週金曜はそいつと同じメニューを食べようと、定食屋に行ったり、スーパーの惣菜を探すようになった。


 俺んちメシ氏は、毎週金曜以外は特に何も投稿していなかった。アカウントのプロフィールに書かれているのは、25歳の男性であるということくらい。それだってもちろん嘘かもしれないけど。きっと飯を食いに行ったらわかるんだろうな。


 とりあえず、フォローだけでも。


 そう思って『フォロー』をタップする。俺と同じ考えのやつがいるのだろう、毎週金曜に料理の画像を上げて飯の誘いをするだけのアカウントなのに、フォロワー数はそこそこにいた。といっても、四桁とか五桁とかじゃなくて、五百人ちょっとだったけど。


 この時フォローしておいて良かったと思ったのは、彼がその直後、アカウントに鍵をかけてしまったからだ。鍵をかけられてしまったら、フォロワーしか投稿を見られなくなる。そしてそのフォローにしても、リクエストが必要になるのだ。


 そのきっかけとなったのは、第三者からのとある投稿だった。


『こいつ、本当に存在するのか? てか、怪しすぎね?』


 それがあちこちに引用されて、膨れ上がった。こんな謎の投稿をしているアカウントがあるぞ、飯美味そう、食器もう少しなんとかならなかったのか、味噌汁の具に〇〇はないだろ、テーブルクロスくらい敷けよ、盛り付けが適当すぎる、それで五百円は高すぎる/安すぎるなどなど。全部チェックしたわけではないけど、食器や盛り付けに言及したものが多かった気がする。主に「アレはない」って方向で。要は、曲がりなりにも人に見せるんなら、少しは『映え』を意識しろ、ということらしい。


 いや、そこが良いんじゃん。

 

 俺はそう思うし、どうやら、同意見のやつもちらほらいるらしかった。中には実際にその飯を食ったやつもいて、「むしろこれが良い。彼の人柄を感じられて良い」みたいな反論もしていたっけ。そこで「あぁ、男ってのはガチなんだ」とわかった。


 けれども、肯定的な声は少なく、否定的なものが大多数を占めた。そりゃ百人いれば百通りの意見があって然るべきなのはわかってる。だけど、ここ数年のSNSはなんだか、己の持つ価値観や正義からから一ミリでもズレたやつは許さないし攻撃しても良い、と考える過激なやつが増えてきたように思う。


 フォロワー数三桁なんてインフルエンサーとは名乗れない数字だが、それでもその規模にしてはよく燃えた。俺んちメシ氏は口を挟まなかったが、外野達が揉め始めたのだ。そこで彼は鍵をかけた。俺んちメシ氏のフォロワー数は七百にまで増えていた。この炎上を機にもっと増えそうな予感はあったから、まぁ、早めに判断を下した方だろう。


 そして、閉ざされた約七百のフォロワーに囲まれて、彼は、一切の投稿を止めた。いくら鍵をかけたからといっても、その中が平和とは限らない。攻撃の手を止めないやつはいた。そいつは早々にブロックされたみたいだけど。


 そうして火の手が上がる度に一つ一つ鎮火して、彼のフォロワー数は少しずつ減っていった。それでもやっぱり五百は残った。


 何も呟かなくなった彼のアカウントは、それでも動いていた。過去の投稿は残っていたから、それに繋げる形で、復帰を望む声がポツポツと届いていたのだ。


『また飯の画像上げてくれよ。』

『お前の飯食いたいんだけど。』

『今日俺んち、生姜焼きだぞ。食いに来ねぇ?』


 中には、全くの想像でファンアートを上げた猛者もいた。当然のようにイケメンに描かれていて、「よくもまぁ想像だけでここまで描けるもんだ」と唸ったものである。

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