滅びの話
私は昭和のある頃の釣り師。
若かった頃はまだ治水事業などあまり行き届いていなかったため天然の河川がけっこうあった。中でもヤマメのよく釣れるあの川は印象深い。
あの頃でもルアー釣りが流行り出して、主要な河川はそんな輩をよく見かけるようになったが、彼等と遭遇する時彼等と話をするのだが、私が釣った魚を見せると彼等は良い顔をしない。彼等は小型のものは釣って
そう私は釣れた魚なら全部持ってかえって肴にして食べたのだ。
あの川は比較的小さかったためルアーでは釣り辛いらしく、そんな輩はまだいなかった。
それにまだ当時川に工事されたと思しき場所はなく、天然の桜鱒が遡上して産卵していた。実際に目で桜鱒が産卵しているところを見たわけではないが、ヤマメがいるということは桜鱒が産卵していることを意味していた。釣り目的のため稚魚の放流はニジマスを除いて当時殆どなかった頃だからだ。
桜鱒のオスが河川に残ったものがヤマメ。メスが海へ降りたものが桜鱒というのが大体の生態だとされていた。しかし、実際にはそう言われているのと違う個体がいる。と言うのはダムなどによって降海出来なくなってもオスメス淡水で種を存続させる場合があるからだ。そんな場合ヤマメなのか桜鱒なのか判別がつかなくなる個体がまれに釣れたりする。
日本の場合はヤマメは釣っても持ちかえっても指定の禁漁時期や区域でなければ河川では違法にならないが、桜鱒の場合は北海道の河川では基本的に禁漁なので、それで揉めたりする。ただ湖に生息しているものは遊漁目的な場合が多い。
私の行くその川だが、やや小さいためかルアーはおろか私と同じヤマメ釣り師をみかけることすら珍しかった。
ヤマメが釣れるのはこの川では本流にある滝までで、桜鱒の遡上がここまでであることを示している。
そんなだから私ひとりがこの川のヤマメをひとり占め同然状態だったのだ。
時々この川の滝より上流で釣ることもあったが、ここからはエゾイワナが多く釣れる場所だ。
しかし、この滝の上流へ気まぐれで入ったところ何とヤマメが多く群れているではないか。
私は狂喜して釣れるだけ釣り、持ってきたクーラーボックスがいっぱいになるまで釣った。
おそらく一昨年くらいの桜鱒の遡上時期に大雨で滝を越えての遡上が可能になったためなのだろう。
そしてそれからしばらく後の日、他の河川に釣りに行ってもあまり釣れなかった時、気分を上げるためにあの川の上流へ入ってみた。まだヤマメは残っていると思われたからだ。
しかし滝より上は釣ろうにもヤマメは一匹も釣れない。時々小さいエゾイワナが釣れるくらいで驚いた。
そう私はクーラーボックスいっぱいに釣った時に滝の上流にいるヤマメを全滅させていたのだ。
メスのヤマメが滝の上に残っていれば、その後も滝の上でヤマメの生態が維持出来たであろう。
ルアー釣り師に嫌われるのが良くわかった気がしたし、魚とは言え一つの生命の源を終わらせたのだ。
このようにして自分が殺戮者になってしまった話である。
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