革命

ヤビと瓶

革命

 ロックバンドを組みたくなった時、人はどんな楽器構成を考えるだろうか。ドラム、ベース、ギター……メンバーの数にもよるが、大方はまあそんなところだろう。


 しかし、僕はバンドで「革命」を起こしたかったのだ、兎に角。まだ誰も見たことのないバンドを創る――そう思ったら、もう普通の楽器なんて持つわけにはいかなかった。


「ああん……」


 楽器屋内のスタジオで、今日もペンタくんの豊潤な音色が響き渡る。


 ペンタくんとは、僕が出逢った至高の楽器である。身長一六八センチ、体重五〇キロ、見た目はごく普通の子弟(一九)だが、彼の耳を綿棒でこしょこしょすると、いつも非常に素晴らしい「ああん……」を奏でてくれる。その音のすっかり虜になってしまった僕は、これで世界を獲る決意を固め、無敵を目指し、彼を連れて毎日ここで自主練しているのである。


「ペンタくん、君はやっぱり最高だ。まずは何といってもひずみ。ギュインギュイン気もちがいい。それに僕が綿棒をもつ右手の操作を変えてゆけば、ふくよかな鳴りもしてくれる。さながらトビウオのようで、あああ、素晴らしいよペンタくん!」


 そうして、ペンタくんの頭をそっと撫でてやる。


「おおん……」


 マスターボリューム、一二〇! 彼は今、僕の膝の上で幸せそうな顔をしながら、赤ちゃんになっている。体を丸める彼のやわらかな雰囲気と、その温もりは、スタジオの冷たい地べたに座りながら人生の冷たさまで思い出しそうになる僕に、海のような安らぎを与えていた。


「あとは肝心のバンド、なのだが」


 ――ガチャッ。


「革命、起こそや」


 突如、スタジオの防音ドアが開け放たれ、ひかりの中から、男が現れた。


 男は屈強な見た目をしていた。「この男の筋肉になれて筋肉も幸せだろう」と感じずにはいられないほどの、凄まじい筋肉っぷり。スキンヘッドにグラサンという見た目も相まって、誠に筋肉であった。


「あんたは?」

「ワイの名前は、ミクソリディアン。かつては『なにわのヴィートルズ』と呼ばれていた、伝説の男や」


 ニッと笑い、「表のメンバー募集を見たんや」と付け足すミクソリディアン。楽器屋には大抵、メンバー募集の紙を貼ることのできるスペースが存在する。そういえば数カ月前、「募集パート:ヘエェンナア」と書いて紙を貼ったのだった。


「ヘエェンナア、任せろや。ちょうどワイの得意分野なんや。今すぐにでも、一流のヘエェンナアをお見舞いすることが可能や」

「ほう、では聴かせてもらおう」

「よし、いくでー」


 刹那。彼の口が、前奏曲プレリュードを踏み始めた――。


「ヘエェンナ、ぶっ」


 彼のその声を聴いた瞬間、僕は思わず震えた。もろちん、理解が追い付かなかった部分も大いにあるし、何なら何も理解できなかったと言っても過言ではない。そもそも、本当は最初から、自分が一体どこへ向かっているのか、および何をしようとしているのか、全くもって、さっぱり分からない。


 しかしこれで良いのだ。否、これが良いのだ。言葉という、僕らを縛りつける永遠の鎖。それを破って初めて、音  は  完  成  す  る  の  だ  か                ら

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革命 ヤビと瓶 @ya-bi

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