ハイド、アンド、シーク
@okara3okara
かくれんぼ
マモノとは魔法が使えるヒトのこと。
マジュウとは魔法が使えるケモノのこと。
ヒトとは魔法が使えないマモノのこと。
そんなこと、知っている。本の内容を読んで、ため息をつく。こんなの常識の中の常識だ。子どもだって知っている。私が知りたいのはそんなのじゃなかった。
やっぱり国1番の教育機関だといっても、規制されているのは当たり前か。それはそうだとため息をついて本を閉じた。
この月だけで20冊は読んでいるのに全然見つかる気配がない。
ヒトは空を自分の力で飛べるようになりますか?
というような、こどもじみた常識のない問なのだから、当たり前なのかもしれない。
諦めたくない、と思う。ふざけたことかもしれないけれど、ここで終わりにしたくない。
そう思った時だった。
「なに顰めっ面してんだよ」
思わず本を落としそうになった。振り向くとにやにやしながらこっちを見てるやつがいた。
なにか言おうと思ったけれどうまく口に出せない。
「お前、本なんか読んでたのかよ。どんどん陰気臭くなってくぞ」
嫌そうな顔をしてこちらを見る。
「別に」
陰気臭くていい。と言おうとしたけどやめた。
もう寝よう。本を置いて立ち上がった。
「おい」
「もう寝ることにする」
そう言うと、つまんなそうな顔をした。
「さっさと寝ちまえ」
と言って出ていった。
機嫌が悪そうだった。何か話したいことがあったのかもしれない。でもそんなことを言ったら、私と話してもつまらないと言われるに違いなかったから、もう寝て忘れてしまうことにした。
「あ」
部屋はノックして入ってこいと言おうと思ったのに、また言い忘れてしまった。
朝早くに起きて服に着替える。
頭は妙に冴えていた。早く寝たおかげかもしれない。服を着ている自分の姿を見る。
鏡で客観的に見てみると、マモノ専用の七分のズボンは、やっぱり変なのかもしれなかった。
マモノは性差の区別がヒトよりもハッキリはしていない。魔法でどうにでもなるからだ。だからといってマモノ専用に七分のズボンを作らなくてもよかったのではないかと思わなくもない。
本をカバンに詰め込み、部屋から出た。
リビングはいつも静かで殺風景だ。
テーブルの上にはサンドウィッチが乗った皿が2枚置かれている。メイドの仕事は早い。
時間はまだ余裕がある。
私は朝日を眺めることにした。
輝いている朝日を見れば見るほど、自分がくっきりはっきりしてすっきりする。
それは独特の感覚で両親に言っても共感を得ることはなかった。
マモノだからといって同じとは限らないのだ。
「おはよう」
呑気に欠伸をしてリビングにやってきた彼に挨拶をした。
「おはよう」
眠そうで寝癖がまだ髪に残っていた。
家の鍵を閉めて歩き出す。
彼はまだ欠伸をしている。寝不足なのかもしれない。
「昨日の本のことなんだけどよ」
前を歩く彼が独り言をつぶやくように聞いた。
「お前、何調べてんの」
尋ねるように、でも素っ気なく聞こえた。
「自分について」
小さく答えた。嘘は言ってない。
ふーんという後ろ姿は全然興味がなさそうに見えた。
なら聞くなよ。心の中で小さく毒づいた。
彼の長ズボンが見える。すこし羨ましい気持ちになり、私は影に目を落とした。
「おーい!」
横から可愛らしい声がする。はっとして目線を上げると、マリーが大きく手を振っていた。
もうマリーの家の前まで来ていたのか。気づかなかった。お日様のような髪が元気に跳ねている。
「おーはーよーう!」
走って駆け寄ってくるマリーに、私もおはようマリーと返す。
「朝っぱらからうるせーな」
前を歩いていた彼が機嫌悪そうに振り返って言った。
「なによ!あんたに挨拶してないじゃない」
マリーは怒ったような表情を浮かべる。
「声がでかいっつー話だよ」
ますます赤くなるマリーの様子をみて私も何か言った方がいいのかと考えたが、うまい言葉が思いつかない。
「悪かったわね。行きましょうアニー」
ずんずんと走るマリーを急いで追いかけようとする私に彼は言った。
「今日帰ってくんの遅くなる」
「ああ、分かった」
振り向いた時の彼の表情は拗ねているようだった。私は取り敢えず小さく頷いた。
やっとマリーに追いついたと思った時、もう校門は目の前だった。
マリーは珍しく目線を落としていた。泣いているのかと思ったがそんなことは無い。
怒りに身を震わせていたのだ。
「なんであいつはあんな言い方しかできないのかしら!」
「分からない」
気まずそうな顔をする私を見て、マリーは大きくため息をついて叫んだ。
「意地悪!口悪!バカトル!!」
突然叫んだマリーにみんなびっくりしていたが、マリーは気にせずすぅーと息を吸い込み、深呼吸をする。
「さっ!行こう、アニー」
にっこりとしたマリーは、向日葵のようだった。
前を駆けていくマリーのスカートが揺れる。
私は慌ててあとを追いかけた。
学校はいつも通り何事もなく過ぎていった。
マリーと話をして、勉強をして、ご飯を食べて勉強をする。
前の席の彼が大きないびきを立てて寝て、先生に叩かれていたのには呆れた。彼の友達も呆れていた。
もう放課後である。
私は図書室に行って本を返すことにした。そのことをマリーに告げると、ガッカリしたような表情をしたが、明日は放課後に遊ぼうと言ってくれた。マリーは優しい。見ていて心が暖かくなる女の子だ。
夕暮れの図書室は独特な雰囲気がある。
司書の人に本を返却して、新しい本を探す。
なかなか見当たらない。かなりの蔵書を誇る図書室だがこういう文献は少ない。丁寧に目を凝らしてさがしていると、静かな澄んだ声が聞こえた。
「なにか捜し物?」
後ろにはクラスメイトのソフィアがいた。神秘的な水色が揺れている。
「あ、いや」
ソフィアはこの図書室に詳しい。きっとこの蔵書についても知っているのだろう。しかし、巻き込もうという気持ちにはなれなかった。
「気にしなくていい」
そう言うとソフィアはにこやかに言った。
「じゃあお話しない?」
「え?」
「急ぎの用じゃないんでしょう?」
「それは、そうだが」
じゃあ決定と彼女は私を案内した。
夕日が照らすテーブルと椅子。特等席なのだとソフィアは笑った。
何故こんなことに。
私になにか聞きたいことがあるのだろうか?
よく分からない。変な気分だ。
「アニマさん、貴方は調べものをしているみたいね」
「図書室はそのように使うものだ」
冷静になるよう努める。
「そうね。でもあまりよくないものかも」
「よくないもの?」
質問の意図がわからない。
「マモノとヒトについて調べてるんでしょう?」
「……」
「沈黙は肯定と解釈します」
「そうだ」
私はマモノとヒトについて調べている。
「どうして?」
「それは、言いたくない」
正直な気持ちだった。誰にも言いたくない。
「何故、調べることがよくないことなんだ?」
純粋に疑問を投げた。
「そうね、それは……ヒトとマモノの関係に影響を与えるからかしら」
ソフィアは夕日を見ている。私にはよく分からない。よく分からないから調べようとしているのに。
「私は知りたいんだ」
「何を?」
目が鋭い。クラスでの彼女とは大違いだ。思わず怯えるが、言わなくてはと思った。
「マモノは──になれるのかを知りたい」
ソフィアの目が見開かれる。やっぱり変でよくないことなのかもしれなかった。
目を伏せると、彼女は冷静に言った。
「そんなことを知りたいの?だってあなたは……いや、そういう問題ではないのね」
そう、そうねと頷く彼女はとても同い年の子供とは思えない大人びた雰囲気を感じた。
何故だろう。たしかに彼女はクラスのいや学校の中でも頭が良い方のヒトではあるが、どうして。この違和感はなんなのだろう。
「なれないわ。そんな文献はここにはないし……どこにもそんな事例聞いたことがない」
彼女はしっかりと私の目を見て言った。
「………そうか」
ソフィアが言うならそうかもしれない。
内心、そう思っていた。分かっていたのだ。
10歳の子どもでは不可能であると。
そろそろ帰らなきゃ、と思った。
立ち上がった私に彼女は言った。
「いじめるつもりで言った訳では無いの…ごめんなさいね」
「分かっている」
彼女はそんなことをしない。聡く正しくて優しいクラス委員長だ。彼女は手助けをしてくれたのだ。
「なにか役に立てればと思ったし、あなたとお話してみたかったの。……またお話してくれる?」
「もちろん」
ソフィアは笑った。夕日も笑顔も綺麗だと思った。
家に着いたらもう外は真っ暗になっていた。
彼は今日帰りが遅くなると言っていた。
だから別に気にする必要がなかったのに、何故だろう。
リビングに入ると温かい食事が2つ置いてある。
湯気が立っていて美味しそうだ。
私は手をつけることはせず、自室に戻った。
本は返却できた。でも新しい本を借りることは出来なかった。そしてそんな文献はないと言われた。もうない。子供である私に出来ることなんてない。
悔しいけれど仕方の無いことだ。
大人になったらできるようになるのだろうか。学園を卒業して、大人になる。
そもそも大人になれるのだろうか。
ダメだ。嫌なことばかり考える。
外はもう夜だ。夜は嫌いだ。きつく目を閉じた。
「お前、晩飯くらい食えよ」
目を開けたら彼がいた。
「部屋に入る時は、ノックしてくれ」
「それ今言うことか?」
呆れている。私は慌てて体を起こした。
「遅くなるんじゃなかったのか」
「予定が変わった」
あっけらかんと言った。
「そうか」
としか言いようがない。
「なにか用があるのか」
用がなければ来るはずない。それでも聞かずにはいられなかった。今日はなんだかおかしい。もう眠りたかった。
「大したことじゃねーんだけどよ」
面倒くさそうに言う。なぜ言葉を濁すのだろう。今日の彼も変だ。
「お前、やべーこと調べてるだろ」
沈黙。彼と目を合った久しぶりだと感じた。
「別に、」
「言い訳はしなくていい」
言葉を封じられた。そっと目をそらす。彼はもう全部知っているのだ。
何も言わなくなった私を見て彼は話を続ける。私はただただ聞くことにした。
「おまえあんなに本を読むようなやつじゃなかったのに、最近は本を読んでるばっかりで、しかも借りてる内容のほとんどがマモノとヒトについてなんて、悪目立ちするに決まってるだろ。気づかない方がおかしいんだよ」
なるほど、そんな事考えてもなかった。
「マモノとヒトについて調べるマモノなんて、大人に何言われるか分かったもんじゃねぇ。そうだろ?」
確かにそうなのかもしれなかった。
「でも用心深いお前がそんな杜撰なことやるのおかしいんだよ。誰かになにか頼まれてんのか?だったら今すぐやめろ。こんなこと、しない方がいい」
「もうやめる」
ただただ聞くつもりだったのについ、口に出てしまった。
「は?」
「ソフィアに言われた。文献はない、そんな話聞いたことがないと。だからもう調べない」
諦めたのだと言った。彼は驚いた表情を浮かべた。
「なんでソフィアがでてくるんだ」
「それは分からない。でも彼女は悪くない」
言葉がうまく出てこない。ヒトと話す度、話し下手なことを実感する。
だけどもう調べないということを伝えることが出来た。彼を巻き込むことは無い。それはよかったと思う。
「なんでこんなことすんだよお前らしくねーぞ」
眉間にシワがよって目がギラギラしている。怒っているのだとわかった。
「お前らしいってなんだよ」
小さく言った。
機嫌悪そうな、あ?が聞こえた。
もうしょうがない。頭がズキズキする。
「マモノはヒトになれるのか知りたかった」
言ってしまった。その時の彼の表情は今でも言葉にしようがない。
「それって、どういう」
「私がヒトになる方法があるのか知りたかったんだ」
最適な回答をしたつもりだった。
しかし、彼は余計怒らせてしまったようだ。
「なんでヒトなんかになりたがるんだよ!マモノの方がよっぽど、よっぽど…!」
言葉を詰まらせる彼に言う。
「みんなと一緒になりたかったんだ」
それは本音だった。
アニーはすごいと、マモノはすごいとマリーも他のヒト達は言ってくれた。
だけど私はヒトが羨ましかった。
なんていったってマモノは曖昧すぎて自分なんてない、ケモノと一緒なのだから。
誰もそんなこと言わない。マモノの私だから分かることなのだ。決してマモノが悪いわけじゃない。学園にはマモノだっている。そのマモノ達はそれぞれ楽しく暮らしている。
でも私は違和感を抱いていた。性別も寿命もなく、これから生き続けるマモノという種族に。
ただのマモノだったらよかったのに。ずっと思っていた。
マモノに普通も良いも悪いもないけれど。
私はおかしなマモノだという自覚があった。
こんな魔法を使えるモノなんていない方がいいと思い続けていた。しかも私は、制御が出来ない。こんな魔法を止める術をもたない。
どんどん自分が消えていくのを感じる。今が夜だからだ。だから嫌い。大嫌い。
「……?どうしたお前、体が黒く…」
彼は気づいたようだ。そりゃそうだろう。
何ていったって、目の前で子供が黒くなって影になっていくのを見ているのだから。
「おい!アニマ!」
初めて名前を彼の口から聞いた。生憎、顔は見えなかった。今日はもうおしまい。月も星も見えない夜だから探すことは叶わないだろう。
「カトル」
口は動かせた。初めて私も名前を呼んだ。
私は、自分が消えて、無くなって、広がっていく感覚に身を委ねた。
自分がマモノだということに気づいたのは生まれた時からと言っていい。
なんせ両親が二人ともマモノだった。
優しい両親に育てられた。
両親は魔法は極力使わないけれどコントロールはできていた。
私も同じようになるために努力した。
全て無駄だった。
私の使える魔法は影に溶け込んで紛れることが出来る魔法だった。
魔法を繰り返している時に気づいた。
自分が自分じゃなくなっていく。
誰も私を見てくれなくなって、私は影に消えていく。学園に通えばコントロールできるようになると先生は言った。そしてこの学園に訪れた。
こんな魔法いらない。そう思えば思うほど魔法の力は強力になっていった。夜なんて起きていられない。自我を保てない。
魔法をコントロールするには心の強さが必要なのだと言われた。その時、わかった。私は感情、自分が希薄すぎる。
それでも、この学園生活は有意義だった。
初めて接するヒト達。マリーはもちろん、みんないいヒトだった。マモノの私にも仲良くしてくれて、楽しかった。ホームステイ先のカトルは素直じゃないけど、一緒にいてくれた。イイヤツだと思う。みんなと一緒になりたかった。
もう影になんてなりたくなかった。
でもしょうがない。私はただのマモノ、バケモノなのだ。
影の中を歩いて歩いて歩いた。その先には何も無い。私は蹲ってこの世界から隠れた。
どれくらい寝ていただろうか。
私は起き上がって影の中からそっと世界を見る。
こんなこと出来るなんて誰も知らないはずだ。
私だって全然知らなかった。
もう夜なのに様々なヒトたちが街を歩いている。
あまり夜は起きていたくなかったから、なんだか新鮮だった。みんな楽しそうだ。夜なのに眩しく感じる。
そんな中、走っている姿を見つけた。
子供だろうか。身なりのいい格好が台無しになるくらい、必死に走っている。
らしくない。全然、彼らしくない。
もっと余裕綽々で、人を馬鹿にしていて口も悪いのに。どうして。私は目を疑った。
転びそうになりながらがむしゃらに走っている。
そんな姿、見たことなかった。
「見えてんだろ、でてこいよ!」
彼は突然叫んだ。
周りのヒトたちは困惑している。街の真ん中で叫びながら走ってる子供なんて、滅多にいない。
「柄じゃねぇのはわかってる!でも、しょーがねぇからやってんだよ」
でも確かに彼は普通じゃない。
「ぜってー見つけてやる!逃げんじゃねぇぞ!」
そう叫ぶ彼は走り続けた。
私は、何も言えずに後ろ姿をずっと見つめていた。
息が切れてふらつく姿をずっと後ろで見守っていた。限界なはずだ。汗が尋常じゃないくらい出ているし、立ち止まってしまっている。どうしてこんなことを。辛くないはずないのに。
ふらっと傾き、倒れ込む。
私は慌てて近づいて彼の体に手を伸ばそうとした。その時。
強い力で引っ張られた。
手首が掴まれて動かせない。驚いて言葉を出せないでいる私に彼は言った。
「やっと、つかまえた」
いつもの人を馬鹿にした顔が見えた。
触れられた手首から、影が離れていくのを感じる。体はもう影じゃない。溶け込むことができない。どうして。
もう何もわからなかった。この涙のことも全部。
「落ち着いたか?」
思わず隣に座る彼の顔を覗く。
平気そうな顔をしているけど無理をしているのが伝わってきた。
「ごめんなさい」
口から出たのはこんな言葉だった。
逃げようとした私が悪かった。こんなことになるなんて思わなかった。だって追いかけてくるなんて、見つけてくれるなんて知らなかった。
目が腫れているのはどうでもいい。申し訳なかった。
「もう、どうでもいいーんだよ」
そっぽを向いて素っ気なく言う。彼らしいなと思った。
手に握らされたのは石だった。
「これは?」
ランランと輝いていてずっしりと重い、綺麗な石だ。
「魔石」
「まっ!?」
思わず詰まってしまった。落としそうになるのを慌てて捕まえる。
「お前、おもしれーリアクションすんのな」
「いやそれより!なんで魔石が」
こんなのヒトの子供が持ってていい代物じゃない。
マモノでさえあまりお目にかかることがない、一つで家が買えるそんな代物だ。
「家の引き出しん中にあった」
「……そうか」
なんだかもう疲れてしまった。
カトルの家柄は有名な商家なのだからあっても当然なのかもしれない。
「そんで、これ空っぽだから」
「……つまり、魔法が入ってない魔石ということか?」
「そういうこと」
レア中のレアじゃないかと言いそうになった。そんなの私だって見たことがない。
魔石を観察してみると確かに魔法は感じられない。
「ここに魔法を込めろと?」
冗談で言ってみた。
「おう」
冗談なんかじゃなかった。顔が少し引き攣る。
彼いわく。
「魔石に魔法が込めることができるっつーことはそれだけコントロールできてるってことだろ。だからそれさえできればお前は暴走しないで済む」
「なるほど」
理にかなっている。でも引っかかる。
「なぜそんなことを知ってるんだ?」
そういうことに興味があるようには見えないし、そんなこと学園で教えて貰ったことさえない。
「秘密」
柄にもないことを言う。
いつもだったら、お前にはカンケーねーだろって言うくせに。
疲れているから仕方がないのかもしれない。
元々答えが返ってくるなんて思っていなかったので、保留にしておくことにした。
「とりあえずやってみよう」
石を持っている手を、持っていない手を重ねて。
いつものように魔法を込めた。
力が抜けて、吸い込まれていく。
影に溶け込んで消えていくのを思い出すだけで、力が増していくのを感じた。
黒い力が体から表面に出てきているようで、彼は目を見開いている。
驚かせただろうか。でも、それはもう今更だ。
「全然止まりそーにねー」
「私も全然しない」
力が全て吸い込まれているのかもしれない。本当は意識が遠のいて、立っているのもやっとだ。
きっと表立って見えないだろうけど。
おいおいおい!とカトルは駆け寄って、そして私の手を包み込んだ。
「―――!?やめろ!はなれろ!」
思わず叫んだ。これでは巻き込まれてしまう。
「もう今更なんだよ!さっさと終わらせるぞ!」
強く握り込められる。痛いくらいだ。
力が痛い。
安心したせいか驚いたせいか力が収束していく。
まるで全てが石に入っていくような、影と同じになるとはまた違った感覚がようやく収まっていく。
彼の鼓動がどこかで聞こえたような気がした。
「黒いなこの石」
彼が掲げる石はすっかり真っ黒だ。
「黒じゃないとおかしい」
寝転がりながら答える。
もう起きてなんていられない。
芝生がちくちくしてくすぐったかった。
「今度は自分一人でコントロールできるようにしろよ」
「コツは掴んだ」
なんとなくわかった気がする。
何故かもう怖くなかった。
手のひらを見て、晴れ晴れとした私に彼は言う。
「まだヒトなんかになりたいって思ってんのか」
難しいことを聞くヤツだ。まだぐちゃぐちゃしていてデリケートな話なのに。
「なれたらいいと思っている」
「お前なぁ………」
怒っているような呆れているような顔をしている。ヒトへの憧れは簡単には消えない。
「でも、ないものねだりはもうやめる」
無理をしない。焦らない。ゆっくりと考えていく。
それが今の答えだった。
ふーんと言う彼はつまらなそうで、心なし嬉しそうに見えた。少し気になった。
「お前はないのか?」
「何を?」
「夢とか目標……子供らしい憧れ」
口にするとなんて幼稚なんだろう。
でもそれがこどもをこどもたらしめると思う。
「マモノになりたいとか」
彼が瞳を覗く。目と目が合ってびっくりした。
マモノになるヒト。それも聞いたことがない。
「なりたくてなれるものなのか?」
「それをお前が言うのかよ」
最もだ。
ヒトになりたがるマモノも聞いたことがない。
「類は友を呼ぶ……」
呆然と言う私に彼はお前に言われたくないと言った。そりゃそうだ。
なんでなりたいのか、どうやったらなれるのかなんて聞く必要はない。
理由や理屈でなりたいわけじゃない。
それが今1番痛いほどよくわかる。
「腹減った」
お腹を抑える彼に私も同調する。
たしかにお腹が減った。体も疲れている。
そろそろ帰らなくてはいけない。もう真夜中だ。
「帰らないと」
「どうやって」
まずここはどこだ。
見知らぬ公園にふたりして横たわっている状況である。彼ももうヘトヘトで歩けそうにない。
魔法に頼ることにした私は掌を影にかざした。
掌は影に沈み込む。
まだ使えそうだ。全く魔法だけは無限大である。
自分でも半ば呆れながら、彼に手を伸ばした。
「魔石を持って捕まってくれ」
「は?大丈夫なのかよそれ!」
不安そうな彼に、とっておきの言葉を送る。
「怯えてちゃマモノになんてなれないぞ」
彼の顔が真っ赤に染まる。
地雷を踏み抜いたみたいだ。
「死んだら責任取れよ!」
と痛いくらい掴んでくる。
「なんとかする」
そう言って私は影に潜り込んだ。
彼は断末魔のような声を上げたが、すぐ止んだ。
手を繋ぐという行為がこんなに勇気づけられるなんて知らなかった。
家の光の道しるべの元、私たちは帰ることができた。
それは初めての真夜中の散歩であり、探検だったといってもいい。
行きよりも帰りの方が楽しいなんて知らなかった。それが知れたことは有意義だったかもしれない。その日は泥のように眠った。
泥のように眠ったら、起きれるわけなんてない。
「寝坊して遅刻、寝坊して遅刻」
「おい!それ黙っていられねーのか!」
「初めてだから忘れないようにと」
「忘れとけ!!」
走って、走って走る。
昨日あんなに走ったのにまだ走るなんて。
体の疲れは残っているし、体はもうボロボロだ。
それでも、止まるわけには行かない。
「アニマ!まほう、つかえるか!?」
「多分、使えなくはないが」
「よし!使うぞ」
言葉を言おうとする前に手を掴まれる。
彼の左手には魔石が握られていた。
思わず呆れる。
「用意周到なやつだな」
「臨機応変って言ってほしいね俺は!」
やるのかやらないのか、と目が問いただしてくる。なぜそういう決定はこちらに委ねてくるのか、理解不能だ。
私は彼の手を強く握り返す。
「飛び込むぞ!」
「おう!」
光のある世界から影の世界へ。
私たちは堂々と飛び込んだ。
「まさか学園の門の目の前で飛び出してくるなんて」
先生は理解不能といったように首を振った。
そりゃ先生も学園の門から生徒が2人も飛び出してくるなんて思わないだろう。
カトルは大目玉をくらっている最中だ。
今までの素行が原因である。
当然といえば当然なのだが、半分は私が悪い。
ちゃんと言おうと、口を開くと先生は笑った。
「言わなくて大丈夫。だって晴れやかな顔をしているから。問題は無事解決したようね」
思わず目が点になる。
頬を触ると先生は笑いをより強くした。
「あいつら、ここぞとばかりにいじめやがって」
グチグチと悪口を言うカトルに耳打ちする。
「魔石は?」
「バレるわけねーだろ。そんなヘマはしねぇ」
さすが名誉金持ち悪ガキだ。感心してしまう。
「お前の方はどうしたんだよ。しきりに顔なんて触っててよ」
殴られたりしたのか?と言う彼に私は笑う。
「秘密」
その時の呆けた顔は未だに忘れられない、忘れたくない顔をしていた。
ハイド、アンド、シーク @okara3okara
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