第23話 視点3-5
「まりあさんて出身どこ」「神奈川県横浜市青葉区美しが丘」
「まりあさんてなんの仕事してるの」「広義のサービス業」
「まりあさんていくつだっけ」「今年で26……」
質問連打うぜえ、と思いながらも若い男ってだいたいこうだなと思い、まあ仕方ないなと思った。
「そっか、じゃうちの姉ちゃんと同い年だ」
嫌なこと聞かせるなよ……。
「お姉ちゃんいるんだ」
経験からして姉のいる男って割と独特なんだよな。妙に強気って言うか。
「うん、もう結婚して子供いるけど。この家も姉ちゃんが保証人なってくれて」
「そうなんだ。いいお姉ちゃんだね」
「……全然。昔からずっと性格きつくて事あるごとに八つ当たりされてた。地元の大学入ってゴールデンウィーク過ぎ辺りから何故だか急に優しくなった。それまではずっと暴君」
その辺りで色々知っちゃったんだろうな。ひとりっ子にはわからない苦悩。
「……よしよし」
すっかり脂肪のついた腕を丸め、大学生の頭を包み込む。人の頭部って中身とくらべて意外ときれいな形をしているな、と改めて思った。
目覚めると11時半過ぎだった。ツバサは大学へ行ってしまい、学生の一人暮らしには贅沢に過ぎるマンションに一人取り残される。すっかり冷めたコーヒーとジャムが塗られたトーストとサラダが机の上にあり、カーテンレールにはあたしのブラがまるで見せしめのように吊り下げられていた。日常の色を湛えているはずなのに、それがなんだかとても不可思議なことのように思えた。
しかし、あんな劣等感塗れのなよなよしたメンヘラ男でも通える大学って、余程支援が手厚いのか。実験漬けの日々に耐えられずグループワークも熟せずレポートも提出できず、当然まともに単位を取ることもできず中退した出来損ないとしては素直に羨む。誰か人を羨んでばかりな気がする。高認取って常人から数年遅れで大学入ったときにもそう感じた。あたしがレールに這い戻ろうとした時には、かつて学校や進学塾で一緒の教室で机を並べていた人間たちはすでに次のステップに進んでいた。塾で一緒だった頭の良い人たちは東大や京大や一橋や早慶上智や中央の法学部や筑波やお茶女や津田塾やその他名の知れた名門大学に通い、輝かしい未来へと突き進んでいた。スマホの画面越しの賑やかな写真やプロフに並べられた学校の略称は、彼ら彼女らの掲げる勲章のようにも見えた。あの掃き溜めみたいな女子校の連中も、専門や短大で彼氏や友達を作り、相も変わらず華々しい現実とやらでリアルな日々を育んでいた。あたしが、あたしだけが。あの狭苦しい教室を抜け出せないままでいた……。
理不尽だった。元同級生のSNS巡回なんて一番鬱が加速する愚行だろうに、精神的自傷行為として繰り返してしまう。それでもTLを更新してしまう。どこぞのベンチャー企業の女社長のインタビュー記事が表示されたところで、スマホが鳴動した。コンセプトカフェ&バー「るなてっく」の店長からだった。
「そんなに時間取らせないからさ 休日で悪いんだけどちょっと店まで来てくれる」
手狭な待合室で、面接の時と同じような形で店長と向き合う。
「どういうことですか来月からシフト減らせって」声が震えていた、「生活できないですよこれじゃ」
周囲の光景が急速に色あせていく。
「だからさ、まあ正直もう潮時でしょ。あんたもわかってんでしょ。接客態度とか苦情入ってんよね」
店長の声は女にしては低く、抑揚も無くて、感情らしい感情も特に籠っていない。それが怖い。うちの店長って地方銀行の融資係とかにいそうな感じだよね、とかフタバちゃんが言っていたのを思い出す。
「最後のチャンスかもよ堅気に戻れる。今ならまだ就活すればギリどっか引っ掛かる年齢しょ。空白期間誤魔化せるうまい履歴書の書きかたなら教えるからさぁ」
「そんなの……そんなこと言われたって……」
「あんたの人生なんだからさぁ。もっと当事者意識持とうよ」
じゃあなんであんたはこんなお遊戯会みたいな下らない飲食店もどき経営してんだよ、と言いたくなるのを堪える。
「たまにあんたみたいのが紛れ込む。夜の仕事とか見下しつつも、割り切って馴染むでもなく、ただそこにいる。熟す仕事は必要最低限で大した仕事はしないくせに人の仕事ぶりにはうるさくてどこか見下したような超然とした態度を取る。すぐやめるのかと思えば何故だかやめない。仕事場が腐る」
足を組んで店長が笑う。太腿にミカヅキの刺青が見え隠れする。
「そういうわけだから来月から考えといてねぇ」
口をもう一度開こうとする気は起きなかった。
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