第16話 視点2-6
それから夏休みの日全てを夏風邪をひいて過ごした。高熱を出しベッドに張り付き、お兄ちゃんやお母さんに世話され、佐伯さんいわく「貴重な時間」を丸ごと排水溝に投げ捨てたかのような日々を送った。本当に勿体ない。じぶんのことなのに何もできない。わたしは何をして生きているんだろう。
熱も下がった夏休み明け、ぼうっとしたような心持ちで学校へ行く。
教室のあちこちからカーディガンを椅子にかける音が響き甘ったるい香水と雑菌だらけの上履きが交じり合った動物園の檻の中みたいな匂いが漂う。隅の方からは「この前やった男がさ~」みたいな話題も飛び込んで来てそういった話を聞くのがどうしてもニガテで仕方がないわたしはやり過ごすような笑みを浮かべているしかない。幸いにしてわたしが所属している群れと言うかコロニーと言うかグループ的なのではどちらかというとドラマや音楽とか穏健よりな話題が多いのでそこら辺は助かっている。
「あ、そういえばね、隣のクラスに
空気が一瞬だけ凍り付いた気がした。目の前の光景が遠のく。
「えええ、人生どうなんだろうね。普通しないでしょ中退って。馬鹿なんじゃないの」
「人の男すぐ盗りたがる隠れビッチだったらしいからね、被害者多数。それで袋叩き」
「うわサイテーすぎ。なんか変だったしね。変な自分にアイデンティティ見出してそ」
「キシカナさ一年の時仲良くなかったっけ割と。なんか知らないの金澤いよなのこと」
「ああ、まぁーね。昔よ昔。今は全然。金澤さんの今後のご活躍をお祈りいたします」
もうこれ以上この話を振られたくなかったので何とか話題を振り絞ろうとし、
「あ、あのね、そう言えば夏休み始まる前に……」と、何回擦るんだよってくらいに告白された自慢を繰り出すと。
「え! え! え!」「付き合うの? お返事は?」「夏休みは会ったの?」「その後は?」などとぐるぐると閉じた輪が一斉に
「まぁ、ぶっちゃけ正直そんな好きじゃないんだけどね、付き合うかなぁ。取っといても仕方ないし、重いし。早く捨てちゃいたいかなあって」
途端に静まり返る輪。は? みたいな空気が一瞬にして拡散する。あ、失敗した。これリカバリー効く奴だろうか。
「なんか、ごめん、ほんとはもっと早く言おうかと思ったんだけど嫌われるかと思って言い出せなくて、ほんとごめん」
強張った顔で形だけ謝る。と固く引き締まった輪はまた
「そんなことないよぉキシカナはキシカナよ」
「気持ちって大事よ本当でも後悔するかもよ」
「お前が言うなし、金澤馬鹿に出来ないだろ」
「あ~この世からまた一人貴重な純潔があぁ」
ぐるぐるした閉じた輪っかが再び順繰りに囀り始める。ああ、面倒くさい、わたしはいつまでこの演劇に参加してないといけないんだろうか。役柄はいつ終わるのだろうか。早く終わりたい。終わって脚本。
勝手に盛り上がってる輪の中で主役だったはずの「わたし」が瞬く間に消費されてゆく。彼女らの中であっという間に消化されていく。
「岸上ちゃん」
グループでは一番落ち着いていて大人びた雰囲気のコトミちゃんがわたしの肩にそっと手を置く。
「無理しないで」
ああ、この子にはわたしが今抱いてる気持ちとかしっかりバレてて何もかもお見通しなんだろうな、と思うと気恥ずかしく情けなく、ほんと出来損ないでごめんなさいって感じだった。ごめんなさい。
休み時間に入ってすぐトイレに駆け込んで、いよなに連絡を取ろうとしたが、取れなかった。連絡先は消され各種のメッセアプリもブロックされ、電話も出ない。
制服の袖で顔を拭う。
金澤いよなさん。
あなたのお陰でわたしの中の数少ない人間らしい部分がまた一つ壊死しました。
さようなら。
その日は家に帰って夕方から寝た。夕食はとらなかった。「具合ワルイの?」とお母さんに心配されたがスルーした。
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