第2話 視点1-2

 

 我が物顔で公共のベンチに腰かけると、彼女は僕の方へ次第ににじり寄ってくる。正体不明の女子に急に言い寄られる覚えなどない。というか初対面の相手にぐいぐい来られるって割と結構な恐怖だな。まだ女子高生に扮して仮想通貨やウォーターサーバーや投資用ワンルームマンションを押しつけに来た営業でしたとか言われた方が納得感ある。何から何まで唐突過ぎる。これは何かの罠ですか?


「ね、実際さ、岸上よりもあたしの方が可愛くね? ね? ほら? ね?」


 指先で自らの頬を軽くついて見せ、彼女は笑う。ああ、うん、まあ仕草字体は可愛いとは思うけど。


「付き合ったら友達に自慢できるぞ、ね? ね?」


 うぅん。しかし、自慢ではないが僕はこれと言ってモテるタイプではないし、学校は男子校だし、幼馴染みとかお隣さんとかの関係も希薄だし、岸上さん以外にこれと言って交流のある異性もいない。となると目の前の女子の存在が本当に奇妙に思えてくるのだけど、僕たち何処かで会いましたっけ? 人違いでは? 


「あの……失礼かもだけど。どちら様?」


 僕はおずおずと訊ねる。相手の正体が分かんないんじゃ対話の仕様もない。


 彼女は少し固まると、「あ。あれ?」と小首をかしげた。「本当の本当に覚えてない? マジで?」


「ごめん……」


 僕はなんとか自分のこれまでの数少ない女の子に関する記憶を辿ろうとする。ああ、そういえば、幼馴染みはいたな。幼稚園年中さんから小学校二年くらいまで仲良かった、家の近くのマンションに住んでたミナちゃん。公園の砂場で毎日泥まみれになるまで遊んで、並んで帰って、水泳教室も一緒だった。ミナちゃんは泳ぐのが凄く早くてすぐ上の級に行けたんだけど僕は平泳ぎか背泳ぎで挫折してそれでちょうどその時期に喘息発症して嫌になって辞めたんだった。小学校上がるまでは割としゃべってたんだけど、中学行ったら彼女はすぐカースト上位の方へ浮上してって(まあ仕方ない)、それでサッカーのクラブチーム所属してる軽薄な男と付き合って、まあその後は想像の流れで。放課後、手を繋ぎながら仲良く下校する彼女らを見て、ああ、なんか胸が張り裂けるって割と直喩だなとか、社会って教科書で書かれているよりも遥かに残酷だよなあとか、重さのある悲しみみたいなものを感じたね。初恋って普通に叶わない。嫌な記憶だけはやたら鮮明。しかし僕とは次元が違う別の世界へ行ってしまわれたミナちゃん様は健康的に日焼けしていて背も高く、なんというか全身が明るい。目の前にいる色白で小柄で何だか妙な負のオーラを纏った謎の少女とは似ても似つかなかった。


「そっかぁ……。覚えてないかぁ。まーしゃーない。二、三回話しただけだしね」


 少女は名乗らないまま、


「岸上、さっき断ってたけど、あれはまだいけると思うよ。あたしには分かるね」



「……根拠は?」


「岸上とは『親友』、だったからね。あいつのことは何でも分かるのあたしは」


 胸を張る少女。親友、の部分を妙に強調した。何だか胡散臭い。だいたい親友って単語が信用出来ない僕は。友人なんだから親しいのは当たり前だし、そこに一番とかわざわざ序列を点けたがるのが好きじゃない。


「ね~え。あたしで練習しようよ、どうせ暇でしょ」


 練習って何を、と先程から疑問符を浮かべてばかりの僕の肩を短く押すと彼女は素早く唇を僕の唇へと言語が追いつかない。感触も分からぬまま終わる初キス。少なくともあまり柔らかくはなかった。感慨も何もない。   


「内緒だよ?」


 やっぱり、これって何かの罠なんじゃないだろうか。僕の預かり知らぬところで何か大きな物語が動いているとか。


「連絡先交換しよ!」


 ……してしまった。

 


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