薔薇色の部屋

ソコニ

第1話  薔薇色の部屋



私が妹を最後に見たのは、あの薔薇色の部屋だった。


古びたアパートの一室。壁紙は剥がれかけ、天井には雨漏りの跡。それなのに、なぜかその部屋だけは、夕暮れ時になると不思議な薔薇色に染まるのだ。


「ねぇ、お姉ちゃん。この部屋、きれいだよね」


あの日、真央は13歳だった。幼い頃から病弱だった妹は、その年の春から不登校になっていた。両親の離婚後、私が引き取ることになり、この古いアパートで暮らし始めた。


「この色、見てるとほっとするの」


真央は薔薇色に染まる壁に手を触れ、微笑んだ。確かに、その色には人を惹きつける何かがあった。しかし同時に、どこか不自然さも感じた。まるで誰かが意図的にこの部屋を薔薇色に染めているかのように。


ある日、真央が言った。

「ねぇ、知ってる? この部屋には、前にも私たちみたいな姉妹が住んでたんだって」

「え? どうしてそんなこと?」

「だって、壁の向こうで話してるもん。毎晩」


その日から、私も聞こえるようになった。壁の向こう側からの、かすかな話し声。しかし、どんなに耳を澄ませても、言葉を聞き取ることはできなかった。


一週間後、真央が失踪した。


警察は不登校の中学生の家出として処理しようとした。でも、私には分かっていた。真央は決して自分から出て行くような子ではなかった。


部屋の壁紙をはがすと、その下から無数の走り書きが見つかった。すべて同じ文章の繰り返し。


『薔薇色の部屋は、私たちを待っている』


更に壁紙をはがしていくと、そこには日付が。1957年、1982年、1995年...。そして各年の横には、必ず「姉妹」という文字があった。


「まさか...」


私は震える手で携帯を取り出し、大家に電話をした。この部屋の過去の入居者について聞こうとしたが、その瞬間、着信音が鳴り響いた。表示された番号は、失踪した真央のものだった。


電話に出ると、懐かしい妹の声。

「お姉ちゃん、ここはとってもきれいなの。すっごく薔薇色で...」


そして、途切れた。


再びかけ直しても、もう二度と通じることはなかった。


あれから十年。この部屋は取り壊されることが決まった。最後に訪れた夕暮れ時、例の薔薇色に染まる瞬間を見届けようと待っていた私の耳に、また誰かの声が聞こえた。


今度は、はっきりと言葉が聞き取れた。

「次は、あなたの番よ」


振り向くと、そこには...。


(終)

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