人形姫は嘆かない
藍無
第1話 人形姫
あるところに、人形姫、と呼ばれる王女がいた。
その王女は、白い絹のように美しい白髪に、水色の澄んだ瞳で、人形のような表情を浮かべる気味の悪い王女だと言われて周囲から忌み嫌われていた。
「メティス姫。こちらへ来てくださいな。」
くすくすと意地の悪そうな笑みを浮かべて紫色のドレスをまとう令嬢が言った。
「はい。」
私は、いつも通り神経を逆なでする透き通った声だと周りからいわれる声で返事をして、そちらへ向かう。飲み物をわざとかけられるのだということを知りながら。
「あらっ、ごめんなさい。」
そう言って、その令嬢は転んだふりをして私のドレスにバシャッと飲み物をぶちまける。これで何度目だっけ_?水色の美しいドレスに紫色のジュースが染みる。ああ、飲み物が、ドレス生地がもったいない。だから、パーティーに来たくなかったのに。
「気にしないでください。」
そう言って、私はその令嬢に手を貸して立たせる。
その令嬢は私の手に爪を思いっきり食い込ませた。血が滲みそうになるほど。
私は、令嬢を立たせると、その場から自分の部屋へ向かった。
そして、廊下を歩いていると、向こう側から赤い髪に青い瞳の青年が歩いてきた。
とても、美しく、儚げだった。
私は、思わず見とれそうになったが、見ぬふりをしてすれ違おうとした。
すると、
「お前、どうしたんだ?それ。」
と、その青年が私のドレスを指さして言った。
「飲み物を、こぼしてしまったのです。」
無視するわけにもいかないな、と思い、私はそう答えた。
だって、無視されることの辛さは誰よりもよくわかっているつもりだから。
「そうなのか。ハンカチでふかないとどんどん染みるんじゃないのか_?」
そう言って、その青年はハンカチを貸してくれた。
「ありがとうございます。」
私はそのハンカチを受け取ってそう言った。
そして、ドレスの染みをふき取る。また他の人に会ったら、飲み物をかけられるから、意味がないと知りながらも。
私、何しているんだろう。
どうして、こんなにも無意味なことをしているんだろう。
急に、そんな疑問が浮かんできた。
「お前、どうして泣いているんだ_?」
青年にそう聞かれて、自分が泣いていることに気が付いた。
なぜか、涙があふれて、とまらない。
どうしてなんだろう?
「お前、大丈夫か_?」
そう言って、その青年が私の涙をぬぐってくれた。
どうして、私の涙をぬぐってくれるんだろう_?
今まで、私の涙をぬぐってくれたのは、顔も覚えていない母だけだ。
私が目を見開いて驚いていると、
「あ、流石に初対面なのに涙をぬぐうのは失礼だったか_?悪い、妹がいてつい癖でぬぐっちまった。」
申し訳なさそうにその青年は言った。
「い、いえ。親以外の方に初めて涙をぬぐっていただいたので驚いていただけです。」私はとっさにそう返事をした。
みんな、返事をしないと私のことをぶつから。食事をぬくから。
みんな、私が返事をしないと『お仕置き』をするから。
「あ、そうなのか。」
青年がそう言った瞬間に、
「ラベルク様!」
と、誰かを呼ぶ声がした。
その声の方を見ると、従者のような恰好をした黒髪の青年が走ってくる。
そして、ぜえ、はあ、と息を苦しそうにしながら、
「探しましたよ!急にいなくならないでください!」
と、目の前にいる赤髪の青年に言った。
どうやら、ラベルク、という名前の青年ならしい。
その青年は、従者らしき者に引きずられるようにしてその場から連れていかれた。
まだ、何か言いたげな様子だったが何も言えずにどこかへ行ってしまった。
「ラベルク様。」
今度会ったら、このハンカチを返さなくては。
私はそう思い、急いで部屋へ帰った。
胸の鼓動が今までのものとは違うことに気が付かずに。
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