竜の卵と未来の王国~裕大と夏希~

mynameis愛

第一章: 予言の始まり

 シーン①: 不安と運命の兆し

 午後の授業が終わり、教室は次第に静寂に包まれていった。黒板には、まだ授業の内容が残っているが、それすらも時が経つごとに薄れていく。裕大は教壇を降り、クラスを後にして廊下へと足を運んだ。どこか不安定な足取りで、彼の歩く音だけが空気を切るように響き渡る。その音は、まるで他の何もかもが静まり返った空間で、無駄に大きく感じられた。


 学校の廊下は通常の忙しさを過ぎて、すっかり静けさを取り戻していた。最後の授業が終わると、教室は一気に生徒たちの活気を失い、学校が急に遠く感じられる場所に変わったかのようだ。何人かの生徒が帰り支度をしている音や、廊下を歩く足音はもう聞こえなくなり、裕大の足音だけが孤独に響いていた。


 その音が、どこか心に響く。裕大はその不安な感覚に気づくことなく、ただ無意識のうちに足を進める。ふと、自分がどこに向かっているのかも分からなくなる。目的もなく、ただ足元を見つめながら進んでいくのだ。長い廊下を一歩一歩歩くたびに、心の中の空白が広がっていくように感じる。


「何か、変わるのだろうか?」裕大は、心の中でその問いを呟く。最近、彼の中に漂う漠然とした不安が次第に強くなってきている。それは、何かを期待している自分がいる反面、その期待が裏切られることを恐れている自分もいるという、複雑な感情から来るものだった。日々の仕事に満足しているはずなのに、その先に何かが欠けているような、そんな不安感。


 ふと、窓の外に目をやると、そこには鮮やかな青空が広がっていた。明るい日差しが廊下に差し込み、学校の外には静かな風景が広がっている。しかし、その青空が裕大の目にはただの色の塊にしか映らなかった。そこには自分にとっての意味を見出すことができず、ただ無機質に広がっているだけの風景だった。


「何も変わらない、ただの風景だ。」裕大は、何となくそんな風に感じながら、視線を外に向けた。空は美しく、広大で、どこまでも続いているように見える。しかし、それが彼に何かを与えてくれるわけではない。彼がその美しさを感じ取ることができないのは、心の中に何かが空虚だからだろうか。


「もしかしたら、少しだけでも、変わるのだろうか?」


 裕大の心の中で、その問いが浮かんだ。毎日、何気なく過ぎる日々の中で、何かが変わることを期待していた。しかし、そんな期待はいつも裏切られるような気がして、次第にその希望すらも薄れていった。しかし、今もなお、心の中に浮かぶその不安とともに、裕大は思わずその問いを呟いてしまった。


 その時、突如としてその静寂を破る声が響いた。


「裕大先生。」


 裕大はその声に反応して、振り返る。すると、数人の生徒が立っていた。元気よく、何の気なしに声をかけてきたその生徒たちに、裕大は微笑み返す。「ああ、明日の授業も楽しみにしていますよ。」と答えながら、心の中でその言葉が自然に出てきたことに少し驚く。生徒たちが、無邪気で素直な笑顔を浮かべながら、「楽しみにしてます!」と言って去っていった。その後ろ姿を見送りながら、裕大はどこか暖かさを感じる。しかし、それでも心の奥底には「これでいいのか?」という問いが消えない。


 生徒たちが去った後、再び廊下には静けさが戻る。裕大はその場に立ち尽くし、しばらくは何もせずにぼんやりとその静けさに包まれていた。そして、ふと無意識に自分の足を動かし始める。どこに向かうのかも分からず、ただ心の中の不安を解消するために、どこかに行く必要があると感じているだけだった。


 裕大は、自分でも何をしているのか分からないまま、歩き続けた。無意識に進んでいた足は、いつの間にか校舎の外に出て、静かな校庭へと続く道へと続いていた。風がほんのりと頬を撫で、彼はその冷たさに少しだけ目を細める。その冷たさが、心の中に渦巻く不安を少しだけ和らげるような気がした。


 何かを変えなければならない、そう感じていた。自分の中で、日々が繰り返されることに対して、何かが足りないと強く思う。教室での毎日は確かに充実していたし、生徒たちと接する時間も大切だ。しかし、何か別のものを求めている自分がいることに気づく。それが何なのか、裕大にはまだはっきりと分からない。しかし、無意識にでもその足を動かしている自分は、それを感じ取っていた。


 校庭を歩きながら、裕大はふと立ち止まった。近くの木の下に、小さなベンチが置かれているのが目に入った。日常の喧騒から少し離れた場所で、ひとときの静寂を楽しむ場所だ。何も考えずにただ座りたくなり、裕大はベンチに向かって歩みを進めた。


 ベンチに座ると、周りの音が一切聞こえないような気がした。風の音すらも遠く感じ、時間が止まったかのように感じる。その静けさの中で、裕大は自分の心の中を見つめ直すことができた。


「何をしているんだろう…」と心の中でつぶやく。日々の忙しさに流されて、目の前のことだけを必死にこなしていたが、自分が何をしたいのか、どこに向かっているのかが分からなくなっていた。教えることには喜びを感じるが、それだけでは満たされない部分がある。それは、他の何かが自分の中で求められている証拠だ。


 その時、ふと頭に浮かんだのは、最近見た夢のことだった。夢の中で見た異世界の王子の言葉。「未来を見守る者よ、あなたの選択が王国の運命を決める。」裕大はその言葉が、何か大切なことを示唆しているような気がしてならなかった。


「運命…か。」裕大は、夢の中の王子の顔を思い出す。その顔は鮮明に記憶に残っていたが、何故かその人物が誰なのかは分からなかった。とても不思議な感覚だが、同時にその言葉には何か深い意味があるような気がしてならない。


 そのとき、ふと空を見上げると、雲がゆっくりと流れているのが見えた。青空を切り裂くように白い雲が、流れていく。その空の広がりを見ながら、裕大は自分の心の中で何かが動き出すのを感じた。


「これから、何かが始まるのだろうか。」裕大はその思いを胸に抱きしめながら、立ち上がった。心の中の不安はまだ解消されていない。しかし、それと同時に何か新しい道が開ける予感が、どこかで彼を待っているような気がした。


 裕大は決意を新たにし、再び足を踏み出した。これから何をすべきか、どこに向かうべきかはまだ分からない。しかし、彼はその先に待つ何かに向かって、歩みを進める決意を固めていた。



 シーン②: 夏希との出会い

 裕大は漠然と歩きながら、町の中心に向かって足を進めていた。何を求めているのか分からないまま歩き続けるその足取りは、どこか遠くを目指しているように見えた。しかし、意識の中では何もかもが曖昧で、どこに向かっているのかすら分からない。思い付きで外に出たものの、何かをしなければならないという焦燥感だけが彼を突き動かしていた。


 通りを抜け、次第ににぎやかな音が耳に届いてきた。それは毎年行われる漁業祭の賑わいだった。広場に近づくと、あちらこちらに色とりどりの露店が並び、太鼓の音や笛の音が響き渡っていた。まるで、町全体が一つの大きな音楽に包まれたような、活気あふれる光景だった。


 裕大は、その熱気に引き寄せられるように足を進めた。祭りの賑やかな雰囲気が、どこか心を落ち着かせるように感じられた。店先には新鮮な海産物が並び、魚や貝の香りが風に乗って漂ってくる。それがまた、何故か懐かしい気持ちを呼び起こし、裕大はふとその匂いに目を閉じた。


 その時、目の前に突然、一つの手が差し出された。


「こんにちは。」


 裕大は驚いて顔を上げた。その手を差し出していたのは、町の漁師の家で育った夏希だった。彼女は風に揺れる短い髪を押さえながら、優しい笑顔で立っている。眼差しには、どこか力強さを感じさせるものがあった。その自然な魅力に、裕大は思わず息を呑んだ。


「お久しぶりですね、裕大先生。」夏希の声は、柔らかく、それでいてどこかしっかりとした響きがあった。


 裕大は思わず笑みを浮かべる。「お久しぶり、夏希さん。」と答えた。普段はあまり言葉を交わすことがなかったが、彼女の存在感にはいつも圧倒されていた。その活発な性格と明るさは、町のどこにいても目立つものだった。


「こんなところで会うとは思わなかったよ。」裕大は少し照れくさそうに言う。


「先生、祭りに来たんですか?」夏希は嬉しそうに尋ね、そして少し視線を外すように彼を見つめる。その目には、ただの挨拶以上の何かがあるように感じられた。


 裕大は言葉を一瞬詰まらせた。自分の中で湧き上がる漠然とした不安に、夏希が気づいているのかもしれないと感じたからだ。しかし、彼は何も言わずに答える。「うん、ちょっとだけ。」とだけ口にした。


 その瞬間、夏希がふっと息を吐き、少し肩をすくめる。「実は、私も同じような気持ちでここに来たんです。」そう言って、彼女は軽く微笑んだ。裕大はその言葉の背後に何かを感じ取る。夏希はいつも周囲を明るく照らしているように見えるが、彼女自身にも何か悩みがあるのだろうか。


「実は、少しだけ…自分が何をしているのか分からなくなっていて。」裕大はつい、心の中にあるものを打ち明けた。「毎日を過ごしているだけで、何か大事なことを忘れている気がしている。」


 夏希はしばらく黙り込んだ後、しっかりと彼を見つめながら言った。「それなら、私たち漁師と一緒に海に出てみるのはどうですか?海は、何か大きな力を感じる場所ですから。」彼女の言葉は自然であり、まるで裕大が何かを見つけるために必要な場所に導かれるような気がした。


 裕大はその提案に少し驚きながらも、彼女の真摯な眼差しに心を動かされる。「海か…」その言葉を心の中で何度も繰り返しながら、裕大はゆっくりと答えた。「ありがとう、考えてみるよ。」


 夏希はにっこりと微笑み、肩を軽くすくめる。「無理しなくてもいいんですよ。でも、時々でも思い出してくれたら嬉しいな。私たちがいるから、少しは気が楽になるかもしれませんよ。」


 その言葉が、裕大の心に静かな波紋を広げた。漠然とした不安を抱え、毎日をただ過ごしているだけだと感じていた自分に対して、夏希の言葉は温かな光のように感じられた。確かに、何かを見失っていた自分がいる。しかし、その答えは、少しずつ見えてきたような気がした。


 

 シーン③: 予兆の現れ

 その晩、裕大は自宅に戻り、いつものように無意識のうちにベッドに倒れ込んだ。普段ならすぐに眠りに落ちるはずなのに、その夜は違った。目を閉じると、昼間の出来事が頭の中でぐるぐると回り、心が落ち着かなかった。特に、夏希との会話が繰り返し脳裏に浮かんでは消える。彼女が提案した「海に出てみる」という言葉が、どうしても頭から離れなかった。


 その言葉には、裕大自身が知らず知らずに求めていた何かがあるように感じた。だが、それ以上に彼を不安にさせたのは、まるで何かに引き寄せられるような、無意識のうちに動かされているような感覚だった。自分の足がどこへ向かっているのかすら分からないまま、まるで無力なままでいるような不安感が、彼の心を支配していた。


 息が浅く、心臓の鼓動が高鳴りながら、裕大はようやく眠りに落ちた。その時、彼の目に映ったのは、これまでに見たことのない光景だった。


 夢の中で、裕大は広大な草原に立っていた。風が心地よく吹き、草が揺れる音が耳に届く。周囲には、空が紫色に染まり、現実のものとは思えない美しさを感じさせる景色が広がっていた。しかし、その場所にはどこか異様な空気が漂っていた。普通の草原ではなく、まるで異次元のような、時間と空間が歪んでいるような感じがした。


 裕大はその不安定な感覚に心を震わせながらも、足を一歩踏み出す。しかし、その瞬間、彼の目の前に現れたのは一人の人物だった。彼は豪華な衣装をまとい、金色に輝く長い髪が風になびいていた。顔はどこか神秘的で、まるで人間ではないかのような存在感を放っていた。


「あなたが、未来を見守る者。」その人物は、静かながらも確かな力を感じさせる声で裕大に語りかけた。


 裕大はその言葉に驚き、思わず後退りした。「誰だ?お前は何者なんだ?」


 その人物は、微笑みながら答えた。「私は王国の王子。あなたがこの王国を救う者だと知っている。」


 その言葉に、裕大の心は一瞬で動揺した。王国を救う者だと言われても、そんな大それたことが自分にできるはずがない。それに、なぜ今、自分にそのような話が投げかけられるのだろうか。疑念と困惑が、彼の心をかき乱した。


「私は、未来を見守る者よ。あなたの選択が、王国の運命を決める。」王子の眼差しが、真っ直ぐに裕大を見据えて言った。その言葉に、裕大の中に何かが震えた。王国、選択、運命…。その言葉が心の中で響き渡り、何か大きな力に引き寄せられているような感覚を覚えた。


 その瞬間、王子の姿がぼんやりと消え、暗闇が広がった。彼の声だけが、裕大の耳に届いた。


「選択をせよ、未来を導く者よ。」


 その言葉が響いた瞬間、裕大は目を覚ました。暗闇に包まれていた夢の中の感覚が、まるで現実のように鮮明に残っていた。冷たい汗が額に浮かび、胸が苦しく、息苦しさを感じる。夢と現実が交錯するような、不安定な感覚に包まれていた。


「未来を導く者…?」裕大は呟き、思わずその言葉に耳を傾けた。胸の中でその言葉が反響し、まるで自分にとって何か重大な選択が迫られているような感覚を覚えた。


 その夜、裕大はなかなか眠れなかった。王子の姿が、夢の中に現れたように感じ、彼の心は不安と興奮が入り混じった感情に支配されていった。自分に何が起こっているのか、理解できなかった。だが、確かなのは、これから先、自分にとって重要な選択が迫られているということだけだった。


 翌朝、裕大は夢の内容を誰かに話すべきか迷った。だが、心の中で「夏希に話すべきだ」と思った。彼女なら何かしらの助けになるかもしれない。そう感じた裕大は、朝食を済ませると、意を決して夏希に電話をかけることにした。


 裕大は朝食を急いで食べ終わると、少し躊躇いながらもスマートフォンを手に取った。指が震えているわけではなかったが、心の中で何かを決断するような緊張感が漂っていた。彼が夏希に電話をかけるのは、今日が初めてではない。しかし、これほど自分の心情を打ち明けるのは初めてだ。


「夏希さんに話すべきだ。」自分にそう言い聞かせるように、彼はスマホの画面に目を落とす。


 電話の音が鳴り、数回のコールが鳴り響いた。その音は、彼の鼓動と重なっているかのようだった。そして、ようやく夏希の声が電話越しに響いた。


「もしもし?」その声は、いつも通り穏やかで優しい響きを持っていた。


「夏希さん、こんにちは。」裕大は少し声を震わせながら言った。


「おはようございます、裕大先生。どうしたんですか、急に電話をかけてきて。」夏希は少し驚いた様子だが、すぐに安心感をもって対応してくれているのが伝わってきた。


 裕大は少し間をおいてから、ゆっくりと話し始めた。「実は、昨日、ちょっと変な夢を見たんです。」


 夏希はその言葉に反応する。「夢ですか?どんな夢だったんですか?」


 裕大は深呼吸をし、夢の中で見た光景を思い出しながら話し始めた。「夢の中で、広大な草原に立っていたんです。空が紫色で、風が心地よく吹いていて。そこに、一人の男性が現れて、王子だと言うんです。」


「王子?」夏希は興味を示した。「それで、その人は何か言っていたんですか?」


「はい。」裕大は続けた。「その王子は、僕が未来を見守る者だと言って、王国を救う選択を迫られると言われました。選択が、王国の運命を決めるんだと…。」


「運命を決める?」夏希の声が少し静かになり、深く考え込んでいるのが分かる。「それは、かなり大きな話ですね。でも、裕大先生が感じる不安や空虚感、そういったものに関係があるのかもしれませんね。」


「その可能性もあります。」裕大は続けた。「でも、僕は一体何を選べばいいのか、どうして自分にそのような話が降りかかるのか、全く分からないんです。ただ、これから大きな決断をしないといけないような気がしていて。」


「なるほど…」夏希の声は穏やかで、安心させるように響いた。「でも、選択をするのは先生自身です。その決断がどんなものであれ、先生が選ぶ道を信じればいいんじゃないでしょうか。もちろん、私たちが支えますけどね。」


 その言葉に、裕大は少し心が軽くなるのを感じた。夏希の言葉には、彼女の強い意志と信念が込められていることが伝わってきた。それは、裕大にとって、思いがけない力強い支えになった。


「ありがとう、夏希さん。少し気が楽になった気がします。」裕大はそう言って、少し笑顔を見せた。


「大丈夫ですよ、裕大先生。」夏希は笑うように言った。「私たちがいる限り、先生は一人じゃないですから。」


 その言葉が、裕大の心に深く響いた。彼は、少しずつ自分の中で何かが整理されていくのを感じた。


「本当に、ありがとう。なんだか、少し前に進めそうな気がしてきました。」


 夏希は優しく応じた。「いつでも話してくれて構いませんからね。さあ、今日は何かしてみませんか?海に出るのも、気分転換になるかもしれませんよ。」


 裕大はその提案に心を動かされる。夢の中で「海」に導かれたような感覚があった。それが現実になれば、少しは何かが変わるかもしれない。


「それもいいかもしれませんね。」裕大は静かに答えた。「じゃあ、少し考えてみます。」


 その後、二人は少しの間、他の話題を交わしながら会話を続けた。裕大は、何かを見失っていた自分が、少しずつでも前に進んでいるような気がしていた。そして、夏希という存在が、今後の自分にとって重要な力になるのだろうと、心の中で確信した。



 シーン④: 竜の卵の伝説

 裕大は図書館の奥の方、古びた本が積まれた棚を行き来する足音を響かせながら、老教授・真田の後ろに立っていた。真田は、木のテーブルに広げた地図に、しばらく視線を落としていた。そこで裕大がかけた質問に、真田は深いため息をつくと、ゆっくりと目を上げた。


「竜の卵、か。」真田の声はしばらくの間、図書館の静けさに溶け込むように響いた。「それは、伝説の中でも最も重要なものだ。しかし、信じる者は少なくなっている。」


 その言葉に、裕大は一歩前に進んだ。心の中で興奮と不安が入り混じっているのが感じられる。竜の卵、それが未来の王国を再生させる力を持つとされるのなら、その力を追い求めることは、まさに運命に導かれたようなものではないか。


「そして、その卵が見つかれば、王国が再生する。」裕大が口に出した言葉に、真田の目が一瞬鋭くなった。「本当に、そんなことが可能なのですか?」


 真田は一瞬黙って考え込むと、ゆっくりと頷いた。「可能だとは言い切れない。しかし、確かに竜の卵にまつわる伝説は、何世代にも渡って語り継がれてきた。卵が目覚める時、王国は再生し、世界に新たな力が生まれると。」その言葉が、図書館の静けさに更に重みを与える。


「その場所は?」裕大はたまらず、質問を続けた。心の中で「その卵を探すのは自分だ」と決意したかのように、声が少し震えた。


 真田は重い足取りで古びた書棚から一冊の古文書を取り出し、彼の目の前に広げた。ページをめくる音が静かな図書館に響き、裕大の心拍が少しだけ早くなる。その中で、真田が慎重に古びた地図を取り出した。


「これだ。」真田はその地図を手に取り、注意深く彼に差し出した。裕大はそれを受け取ると、すぐに目を凝らして地図を見つめた。地図には、現在の町の周囲に広がる地形とは違う場所が描かれていた。そこには「秘境」と書かれた地点が赤い線で囲まれており、その周囲は曖昧で、不確かに感じられる。


「この場所は誰も見たことがない。」真田はため息をつきながら言った。「何世代もの人々がその場所を追い求めてきたが、どれも途中で行き詰まっている。卵を守るための試練があると言われている。無謀な挑戦者には、決してたどり着けない場所だろう。」


 裕大は、地図に描かれたその場所をじっと見つめていた。その土地には、森の中に隠されたような神秘的な場所があり、そこに竜の卵が眠っていると伝えられているという。言葉では語り尽くせないほどの謎に包まれた場所だった。


「でも、この地図を使えば、行けるかもしれない。」裕大は心の中で確信し、思わず声を漏らした。


「だろうな。」真田は少し苦笑いを浮かべながら言った。「ただし、道中には数々の障害が待ち受けているだろう。簡単にたどり着ける場所ではない。心の準備をしておけ。」


 その言葉に、裕大は何も言えなかった。ただ、心の中で「自分がこれを追い求めるべき運命なのだ」と感じるしかなかった。もし、この卵を見つけることができれば、未来の王国を再生させる力が手に入るかもしれない。しかし、その先に待っているものが何なのか、想像もつかない。


 地図を手にした裕大は、深く息を吸い込むと、真田に向かって静かに言った。「ありがとう、真田先生。これが、僕にとっての試練の始まりなんですね。」


 真田は静かに頷き、言葉を続けた。「君がその選択をすることになる。だが、覚えておけ。その試練には命をかけた代償が伴うかもしれない。」


 裕大はその言葉を胸に刻みながら、地図をしっかりと手に握りしめた。今後の行く先に待ち受ける試練と、それに立ち向かう覚悟が、少しずつ固まっていくのを感じた。


 その地図が、次なる冒険の始まりを告げるかのように重く、そして神秘的に輝いて見えた。



 シーン⑤: 運命の始まり

 翌日、裕大は夜遅くまで考えていた。手にした地図を広げ、何度も何度もその場所を確認していたが、どこかでその地図が示す場所に何か特別な意味があるのだと感じていた。まるで運命が自分をその場所へ導いているかのように。しかし、彼の心の中には恐れもあった。予言に従うことで、自分の人生がどう変わるのか、そしてそれが本当に正しい選択なのか、確信が持てないでいた。


 その日、学校では授業が行われていたが、裕大の心は完全に地図のことに支配されていた。生徒たちが発言するたび、彼の頭はふわふわとし、どこか遠くにいるような感覚に包まれていた。だが、そんな状況でも彼は必死に教え、思考を押し込めるように努めていた。


 授業後、裕大は生徒たちを見送った後、校庭の隅に立つ夏希を見つけた。彼女は漁師の家に生まれ、自然の力や運命に対して独特な感性を持っている。裕大はその感性に惹かれ、何度も助けられた。夏希はいつも鋭い視点で彼を見守り、悩んでいる時には何気ない言葉で心を軽くしてくれた。


 裕大は夏希に歩み寄り、静かに声をかけた。「夏希、少し話せるか?」


 夏希はいつものようににっこりと笑いながら答える。「もちろん、裕大先生。何かあったの?」


 裕大は少し沈黙した後、思い切って地図のことを話した。「実は、こんな地図を手に入れたんだ。」裕大はポケットからその地図を取り出し、夏希に見せた。「これが示す場所、どう思う?」


 夏希は地図をじっくりと眺めながら、何かを考えるように黙っていた。その視線は真剣で、やがてゆっくりと口を開いた。「この地図に示されている場所、見覚えがあるかも。実は、私の家の近くに、昔から伝えられている言い伝えがあるんだ。そこには、『選ばれし者』が訪れるべき場所が隠されているって…」


 裕大は驚きの表情を浮かべた。「本当に?」


 夏希は頷き、「でも、それはただの言い伝えだし、確かなことは分からない。でも、何か大きな意味がある場所だと感じる。裕大先生がそれを探すべき運命なら、私も一緒に行くよ。」


 その言葉に、裕大は心の中で少しほっとした。夏希の言葉が、彼の不安を少し軽くしてくれるような気がした。


「ありがとう、夏希。」裕大は心から感謝の気持ちを伝えた。


 そして、二人はその夜、再び集まる約束をして、別れた。


 夜が更け、裕大は自分の部屋で再び地図を広げていた。どこかで感じていた不安が、少しずつ静まり、代わりに希望と決意が湧き上がってきた。彼はこの予言が自分の手に渡された運命だと信じ、次の一歩を踏み出す覚悟を決めた。そして、もし自分がその卵を見つけ、王国を再生させる力を手に入れたとしても、そこに待っている試練に立ち向かう覚悟が必要だと感じた。


 その時、突然、裕大の胸の中で何かが震えた。彼の目の前に、再びあの異世界の王子の姿が浮かび上がった。王子は静かに言葉を紡いだ。


「未来を見守る者よ、あなたの選択が王国の運命を決める。竜の卵を探し、あなたの運命を切り開け。だが、覚悟を持て。あなたの決断は、この世界を変える。」


 その言葉が裕大の耳に響き渡ると、彼の心は決まった。この運命を全うするために、自分にできる最善を尽くす覚悟を持って前に進むのだ。


 シーン⑤終わり

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