異世界から帰ってきたけど、リアルつら。

園長

第1話

 物語の一番つまらない終わり方は何か?

 それは[続く]ということだ。


 恋愛ものの話が、相手への想いが成就して終わること、

 スポーツものの話が、全国大会で優勝して終わること、

 昔話が『こうしてお姫様と王子様は末永く幸せに過ごしました』というフレーズで終わるのは一体なぜか?


 それはその先はいらない。蛇足だからだ。

 別に末永く幸せに生きる部分は描かれなくても良いから。


 だけど現実にはその続きがある。


 諦めたらそこで試合終了だけど、人生は続いていく。

 生きている限り。




 2021年、この国がまだ新型のウイルスの脅威にさらされていたころ、なんとか大学入学が決まって浮かれていた俺、荒川智之あらかわともゆきは、夜中にコンビニに行く途中でマンホールに落ちてしまった。

 そして、よくある話だけれどそこが異世界に繋がっていたのだ。


 そこから現世に戻る方法を探して苦節3年。

 異世界から現世へのワープ手段を見つけ、ついにその落ちたマンホールから舞い戻ってきたというわけだ。


 と、まぁ端的に言えばそうなのだが。

 あちらの世界の3年、それはもう毎日冒険の連続だった。

 剣と魔法の修行をし、ギルドのクエストをこなし、与えられたチートスキルを工夫して無双し、世界樹の主と戦ったり、可愛い獣人や魔法使いや僧侶や勇者の女の子とちんちんかもかもしてハーレムだって作りながら魔王を倒し、なんでも願いが叶うチケットを手に入れて、それではるばる現世に戻ってきたのだ。


 しかし今になって思う。

 あの異世界にいた時が一番楽しかった。

 苦労もたくさんあったけど、一番充実していた。


 どうしてそんなに楽しかったのに現世に戻ろうとしてんだ! と、まだあっちの世界にいた頃の自分を殴ってでも止めさせたい。


 俺が帰ってきた理由は2つあった。

 1つは、異世界での無双に飽きてしまったというのがある。

 そりゃもちろん苦労もしたし強い敵もたくさんいたけど、結局はチートスキルでなんとかなってしまった。

 これは体験してわかったことだけど、自分だけがすごくたって、当の本人は別に楽しいわけじゃない。特別視されるということは、仲間がいて孤立していないように見えても、どこか寂しいものだ。

 女の子に謎にモテることも、なんだか嘘のように思えてしまった。まぁ異世界での見た目は背格好も髪の色も違っていたけれど


 そしてもう1つは、単純に両親や、友達に会いたかったからだ。


 異世界でも友達や、現世ではできなかった恋人に近い存在もできた。

 でも17年間も過ごしてきた現世を3年間では捨てることができなかった。


 だから帰ってきてしまった。

 異世界での暮らしを終わりにして帰ってきてしまったのだ。


 こちらの世界に帰ってきたのは、異世界に落ちた時と同じ夜だった。

 さすがにマンホールの中に帰ってくるのは危なすぎたと神様が思ったのだろう、近くの歩道に帰還した。

 少し遠くに白と緑と青の線の入ったコンビニの看板やLEDの光が見え、そして春の夜の匂いがして、現世に帰ってこれたという実感に思わず涙ぐんでしまった。


 そしてまず1番に俺がしたことは、もちろん家に帰ることだった。

 当時コンビニに出たままのスウェット姿で玄関に戻ってきた俺を見るなり、歯磨きをしていた父さんは腰を抜かして歯ブラシを口に入れたままその場に座り込んだ。

 当たり前なのかもしれないが、嬉しいよりもびっくりが勝ってしまっていたようで、「あ、えっ……。あ、えっ……?」と酸欠になったみたいに泡だらけの口をぱくぱくさせながら玄関でしばらく動けずにいた。

 そして「嘘じゃないのか、夢じゃないよな」と震える手で俺の顔なり腕なりを触った。母さんも異変に気付いて玄関に来て父さんと同じような反応をしていた。


 2人とも、一人息子の俺がいなくなってしまった心労がたたってしまったのか、3年で信じられないぐらい老け込んだように思えた。


 その後は、警察が来て事情聴取をされた。

 警察官の目がしばらくは信じられないという顔で俺を見ていたのが、妙に記憶に残っている。「三年間行方不明だったんですか?」と、自分と両親に何度も確認され、俺の作った「なんだかよくわからないけど、気付いたら帰ってきていた」という説明をどう受け取ったらいいのか分からない様子だった。

 こういう事態も想定して異世界からは何も持って帰ってきていなかった。唯一、ポケットに「これだけはどうしても」と向こうの女の子にもらったお守りの小さな巾着を入れて帰ってきたぐらいだ。


 警察が帰った後、俺が「あの、俺の部屋って、どうなってる?」と尋ねると、母さんは「もちろん、そのままにしてあるよ」と部屋に案内してくれた。

 ドアを開くと、家具の配置も、漫画の入った本棚も、あんまり上達しなかったギターも、3年前の記憶そのままだった。

「あんたがね、いつ帰ってきてもいいようにって、掃除してたんだから」

 と最後の方は涙声で聞き取れないぐらいの声で、俺も少しもらい泣きしてしまった。


 風呂に入ってからベッドに横になると、なんとも言えない気持ちになった。

「俺の部屋だ」

 ごろごろと意味もなく布団の上を転がってみる。

「俺の家の、俺の部屋だ」

 天井の模様も、星模様のカーテンも、小学生の時に作ったペン立ても、全てが懐かしくて、そして不思議と自分を安心させてくれた。


 ハッとして3年ぶりにスマホを開くと、3年前から溜まっていた着信やメッセージが鬼のように通知に現れていた。部活仲間のグループラインの未読が999+となっていて、こんな表示初めて見た。

 少し読んでいくと、3年前は俺のことを心配するメッセージが大半を占めていて、最近はあまりメッセージがきていなかった。このグループラインを使うことも今はたぶん減っているのだろう。


 ふいに、異世界の皆は元気にしてるかな、と少しだけ、寂しくなった。

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