海に沈むジグラート 第52話【金色の贈物】

七海ポルカ

第1話 金色の贈物



 その日、一台の馬車が神聖ローマ帝国軍駐屯地にやって来た。

 カラカラと楽しげに聞こえてきた轍の音に、集中していたネーリは気づき、あっ、と思った。立っていた足場から飛び降りる。側にいたフェリックスに嬉しそうに話しかけた。

「新しい顔料が来たよー 良かった! もう少しで無くなっちゃうところだったから……」

 迎えに飛び出すと、そこにはいつもの荷馬車ではなく、貴人が乗るような立派な四頭引きの馬車が留まっている。


 おや? と思っていたところ、馬車の後ろの台に乗っていた兵が二人降りてきた。

 黒曜石のような、漆黒の軍服。それを、華やかな金色の装飾で飾っている。

 黒い軍服と言えば神聖ローマ帝国軍だったが、明らかに彼らとは違う軍服だと一目で分かる。それに、単純な軍服じゃない。華やかな飾りがついた、公の正装という感じがする。

 立派な馬車の壁には、金色の獅子の紋章があった。

 王冠を戴く、獅子の紋章。見知らないはずだけど、でもどこかでその紋章を見たことがあると思った。


「ネーリ・バルネチア様ですね?」


 画家の職業病から、見慣れない紋章をまじまじと見ていたネーリは話しかけられて、思わず背を伸ばした。

「はい……あの……」


「スペイン艦隊総司令官イアン・エルスバトより、アントニナ・ファルネーゼ妃殿下に贈られた絵の代金をお納めするようにと、お持ちしました」


 ネーリがはっきり分かったのは『イアン・エルスバト』の部分だけだった。

 絵の代金? と思って、遅れてイアンのお母さんのことだ! と頭の中で一致した。

「え、えと……」

 王妃様に本当に贈ってくれたこと、王妃様の返信の手紙も、預かったフェルディナントからもらった。自分の絵を本当に喜んでくれていることが伝わってくる手紙で、ネーリはとても嬉しかった。スペインの王妃様が自分の絵を持ってくれてることだけで、彼には信じられないほどのことだったので、代金云々のことは正直全く忘れていたのである。そんなものを頂いていいんだろうか、と思っていると。


「ネーリ様? どうかなさいましたか?」


 フェルディナントは街の守備隊本部に行っているが、トロイ・クエンティンが駐屯地にいてくれた。なんだかすごい馬車が来たと、知らせが行ったのだろう。

 気にして彼がやって来てくれたので、ネーリはホッとした。

「トロイさん、あの……僕が前に、スペイン軍のイアンさんに描いた絵の代金を、持ってきてくれたみたいで」

 ああ、と彼は二人の兵を見た。

 トロイは彼らがスペインの上級将官の正装をしていることがすぐに分かった。

「これは、ご丁寧に。あのスペイン船の絵ですね。イアン将軍がこちらに送るように命じられたのでしょう。教会に直接大金を送るのは不用心ですから」

「あの……僕が受け取っていいんでしょうか……」

 そんな風に言ったネーリに、トロイは笑った。そうか、彼はあまり自分の絵が売れるということに慣れていなかったのだと気づき、兵に目を向けた。

「こちらをエルスバト将軍からお預かりしました」

 手紙を二枚、受け取る。

 一つは公の文章で礼に則った文面であり、別の人間が書いたものだが、もう一枚はイアンの直筆で書かれている。


「『要するに、素敵な絵をありがとう!! ってことや! 王妃がものすごい気に入ったから、それ相応の代金を払いたいと送ってきたねん。難しい方の手紙はフェルディナントに渡してや~。うちの母親からの挑戦状やで。こっちの手紙はネーリにな。これでもうネーリは絵の代価を頂いたお礼に参りました、の一言でマドリード王宮に入れるようになったからな。落ち着いたらいつでもスペイン見に来てや! 綺麗なもんいっぱいあるで! 絶対ネーリを退屈なんかさせへんからな! 遠慮無く代金は受け取ってくれてええで!』……だそうです」


 トロイは手紙をネーリに渡した。

「薪の倉庫は少し不用心でしょう。本部の一室で預かりましょう。よろしいでしょうか?」

「あっ、はい。よろしくお願いします」

 ネーリがトロイと、スペインの使者に頭を下げる。

「ではこちらにどうぞ」

 言うと、馬車の後ろが開いてもう二人中から出てきた。

 まず台車を下ろし、そのあと重そうな木箱を下ろした。

 下ろしたと思ったら、また大きな木箱が出てきて、どんどん積み上がっていく。

 ようやく終わったかと思ったら、もう一台台車が出てきて、同じくらい重なった。


 ネーリは最初からぽかんとしていたが、トロイは「ネーリ様の絵ならばそれなりの値がついて当たり前だ」と言う顔で満足げだったが、さすがに木箱がトロイでさえ見上げるほど積み上がると、段々と側にいるネーリと同じ顔になっていった。



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