第39話 どうやら僕は、彼女に独占されるらしいです。
名月と仲直りした後、さて帰ろうかという時に、僕の父さんが車で迎えに来てくれた。
「あまりにも遅かったんでな」
「よく名月の家の場所が分かったね」
「鮫田さんに教えて貰ったんだ。やはり、彼女は良い子だな」
冗談だか分からない理由を耳にした後、名月の両親に挨拶をしてから、僕達は家へと向かった。
思っていた以上に雪が降り積もっていて、自転車じゃあそもそも帰れないレベルの積雪に驚く。
チェーンを履いた父さんの車でも、帰宅に三十分は要し、僕達が帰宅したのは十時を過ぎてしまっていたのだけど。
「遅すぎる! こんな遅くなるなら予め連絡のひとつぐらいしろ!」
僕達を見るなり、鮫田さんが新妻のような文句を言いながら怒鳴りつける。
驚くべきことに、三人は出来上がった手巻き寿司を前にして、僕達を待ってくれていたんだ。
「ごめん……っていうか、みんな帰らなくて大丈夫なの?」
「この豪雪でどうやって帰れと? 夜だし、車を出すのも危ないから、私達は全員お泊まりの許可を貰ったわよ。どうせ明日の学校も休みか登校時間変更でしょ? だったらこの家でソヨさんと一緒に、いろいろと楽しもうかと思っていたのだけど。っていうか名月、アンタまず言うことあるんじゃないの?」
猫屋敷さんが座りながら、半眼で名月へと視線を送る。
彼女の視線を受けて、その後僕を見たあと、名月は静かに頷いた。
一歩前へと出て、両手を揃えて、深く頭を下げる。
「ご心配おかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
名月が頭を下げたのを見て、僕も彼女と一緒に頭を下げる。
必要なかったかもしれないけど、そうした方がいいと思ったから。
「ふぅん、そういうこと。ならいいんじゃない? 私から何も言うことはないわ」
「アタシからも何もないな。出鼻で怒ったから、これで終わりでいい」
鮫田さんと猫屋敷さんは、僕達が頭を下げたことで全てを理解したらしい。
でも、一人だけ。
浴内さんだけは、波打たせた眉のまま、僕達の前に仁王立ちしたんだ。
腕組みし、肩幅に足を開いて、僕達を交互に見る。
「二人とも、明らかに昼間までと距離感が違いますね。これは私でも分かります、お二人さん、既に第一線を超えたって事で宜しいのでしょうか? ああ、いえ、返事はいりません。超えたってことにしておいてください。ずっと待っていたのですから。これでようやく、私も動くことが出来ます」
「動くこと?」
「はい、私にとって世界で一番大切な人は有馬君ですから。まずは有馬君が意中の人との関係を破綻、もしくは恋愛成就させてからでないと、私が動くのはダメだと思っていたの。ねぇ、お二人さん、貴方達は私の気持ちを知っているはずよね? 私が有馬君にどういう感情を持っているのか」
口調が以前の浴内さんに戻りつつある。
この感じは、あの空き教室で浴内さんを追求した時と同じだ。
「改めて宣言させて貰うわ。有馬里野君、私は貴方のことが好き。世界で誰よりも好き、例え貴女が
ぽんっと、浴内さんの頭に手が置かれた。
「なんて言うか、さっちゃん、教祖様みたいね」
浴内さんの言葉を止めたのは、誰でもない母さんだった。
父さんの上着を片し終えた母さんは、仁王立ちしている浴内さんの頭を撫でる。
「この手のタイプはね、上手く丸め込んだ方が、あとあと良いかもしれないわよ?」
「上手く丸め込むって言ったって」
「それに、さっちゃんのことを好きなの、この子だけじゃないみたいだし。ねぇ、二人とも?」
言いながら、母さんは鮫田さんと猫屋敷さんへと顔を向けた。
全て筒抜けよ? と言わんがばかりの熱視線に、二人が焦る。
それにしても。
鮫田さんが僕を好き? それは天地がひっくり返ってもありえない話だ。
最初の頃と比べて関係性は良くなったとは思うけど、あくまで友情の範囲内。
それに鮫田さんは僕が鷹野君を紹介しようとしていたことを知っていたんだ。知っていて、それでいて僕の前に足を運んでくれた。それってつまり、僕が鮫田さんを好きではないということを彼女も把握しているし、彼女も僕のことを好きではないという倫理的証拠になりえる。
さすがの母さんでもそこまでは見抜けなかったか。
と、思っていたのだけど。
なんだか鮫田さん。
めちゃくちゃ焦ってない?
「ま、まぁ、なんだ、ずっと一緒にいれば、情は移るよな。でも勘違いするなよ? アタシは名月とくっついた方がいいってずっと思ってたし、今こうして二人が恋人になったのなら、素直に祝福するだけだからな。好きって感情は少なからずあったけど、それは別にお前らが気にする必要はないし」
「そんな綺麗ごとを並べて……この際だからはっきり言ったらどうなの? 言わないなら私から言ってあげましょうか? いいこと有馬君、鮫田さんはね――――」
浴内さんの口を、鮫田さんが塞いだ。
「いいから、アタシは別にいいから」
「ちょっと何!? だってもう、二人は先に進んだんだよ!? 私達だって先に進まないでしょ!?」
「先に進む必要なんかないんだよ!」
「あるよ! だって、自分の好きを隠す必要なんかないじゃない!」
自分の好きを隠す必要なんてない。
確かにその通りだ、好きを貫けない人生なんて、つまらないだけだから。
「鮫田さん」
ただ、それが間違っていようとも。
友達としての愛情ならば受け入れるべきだと、僕は思う。
「~~~~っ! あああああ! ああそうだよ! アタシは有馬のことが好きだ! 好きじゃなかったらこんなずっと一緒にいねぇだろうが! 貰ったリップだって、ボールペンだって、超が付くぐらいに大事にしてるよ! でも遠慮しなくていいからな!? アタシだって負けないぐらい素敵な彼氏見つけてやんだから、お前等みたいな幸せカップルは目一杯イチャイチャすればいいんだよ!」
友情じゃなかったかもしれない。
え、鮫田さん、僕のこと好きだったの?
全然、気づかなかった。
「ああ、次は私の番?」
これまで静かにしていた猫屋敷さんが、座っていた席を立った。
「それじゃあ私は、特権を使わさせて頂こうかな」
特権? 特権って、なんだろう。
しゃなりと歩み寄る猫屋敷さんは、妖艶な笑みを浮かべたまま近づいてきた。
後一歩で唇がくっつくと言うところまで来ると、その笑みはますます嬉しそうに歪む。
「みんなも見てただろうけど、私と名月は既にキスしている仲なのよね」
「……そうだね」
「で、確認なんだけど。名月とキス、した?」
した、というのが恥ずかしくて、目だけを名月へと向けた。
「うん、したよ」
僕の代わりに名月が答えると、猫屋敷さんは「そう、良かった」といい、残る距離をゼロにした。
名月とは違う感触、違う匂い、違う温度。
ついばむように二度ほど口づけをすると、猫屋敷さんは満足気な表情で、僕から離れる。
「はああああああああああああああああああああぁ!?」
浴内さんが叫んだ。
「ちょっとどういう意味よ! なんでアンタ有馬君とキス、え!? なんで!? 訳わかんないんだけど!」
「わかるでしょ? 私は名月ともキスしているの。だからそれを返しただけよ」
「はあああああああああぁ!? じゃあなに!?
ちょっと遅かったね。
名月は猫屋敷さんとのキスを、秒で塗り替えた。
首に巻き付くように腕を絡ませながら、さっきよりも濃厚に、見せつけるようにキスをしたんだ。
「あら、あんなに物静かだったのに、随分と熱烈キャラに変わったじゃない」
猫屋敷さんが触れた部分、全てを名月に塗り替えられる。
それはもう、丹念に、時間をかけて、ゆっくりと。
ことが終わった後、彼女はくっついたまま、顔だけを皆へと向けた。
「……ダメ、里野君は、私独占だから」
正妻としての強み。
これからきっと僕は、ずっと名月の強さに驚かされていくのだと思う。
臆病で、けれども健気で、傷つきやすくて、可愛い性格の彼女との日々は。
「という訳だから。とりあえず、夜ご飯、食べない?」
きっと、楽しくて仕方のない日々に、なるのであろうから。
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