第7話 彼女の代わりに怒りたい気持ち、彼女の代わりに泣き叫びたい気持ち。

『寝取り女』


 間違いのない悪意、これが、五月に春夏冬あきなしさんを襲っていたものかと戦慄する。


 土曜日に僕達が集めたドラゴンNOWの素材は、イベント限定であり、中にはもう二度と手に入らない素材だって沢山あったんだ。とても強力で、とても可愛くて、武具を作り終わった春夏冬あきなしさんだって、笑顔が絶えなかったのに。

 

 春夏冬あきなしさんは変わり果てた自キャラを見ると、席を立ち、廊下へと走り去った。


 僕も追いかけるべきだったのだろうけど、数人のギャル仲間が追いかけてくれたから、僕はもう一人を抑えることを選択した。


 多分、こっちの方が、危険度が高いから。


 鮫田ヒラリ。


 彼女は無言のまま、猫屋敷メイの前に立っていた。

 背中越しにでも分かる感情、怒りが、ほとばしっている。


「……なに? 私に何か用?」


 猫屋敷さんは数人の仲間と共に、にやけた顔を鮫田さんへと向けた。

 

「お前、昼休みの間、この席にずっといたよな?」

「いたけど? だから何?」

「いや、ウチの親友のスマートフォンが誰かに勝手に触られてたみたいでさ。楽しく遊んでたゲームのアカウントが削除されて、おまけに新しく作り直されてたんだわ。復旧したくても作り直されたアカウントになっちまってさ、復旧も出来ねぇんだけど……猫屋敷、お前、何か知ってんじゃねぇのか?」


 いつかのように、鮫田さんは高い場所から、座っている猫屋敷さんを見下ろしている。

 数秒ほど見上げていた猫屋敷さんだったけど、彼女は「知らない」とだけ言い残し、視線を背けた。


「知らないじゃねぇんだよ、お前だろ? 五月の事件だって、犯人はお前なんじゃねぇのか?」

「はぁ? 勝手に決めつけないでくれる? 私が犯人だって証拠、どこにあるのさ」


 五月の事件? 

 僕の知らない、春夏冬あきなしさんが不登校になってしまった、一番の原因か。


「証拠なんざいらねぇだろ。こっちはゲームのデータが消されたんだぞ?」

「たかがゲームのデータ如き。またイチから遊べばいいんじゃないの? 二度楽しめてお得じゃない」

「イチから遊んでも、もう元には戻らないんだよ」


 たまらず、僕も二人の間に入った。

 

「猫屋敷さん、今回春夏冬あきなしさんが消されたデータには、土曜日のイベントの報酬、レアモンスターの素材も沢山あったんだ。あのモンスターの素材はもう二度と集めることが出来ない。僕と彼女が丸一日かけて、必死になって頑張って手に入れた素材だったんだ、それを、こんな」


 やるせなかった。


「楽しい思い出だったんだ。二人で遊んで、とても楽しい思い出だったんだよ。それをこんな、つまらないイタズラみたいなもので、あの日の思い出は最悪の思い出へと変わってしまった。犯人が誰かは分からない、僕も見ていなかった。だけど、絶対に犯人はこのクラスの中にいる。だって、彼女のキャラクター名は――」


「有馬! 言うんじゃねぇ!」


 鮫田さんに怒鳴られて、喋りかけていた口を閉じる。


「とにかくだ、アタシは犯人を絶対に許さねぇ。猫屋敷、お前が犯人じゃないって言うのなら、真犯人が誰なのか、アンタも探すの手伝いなよ」

「なんで私が、ごめんね、私忙しいの」


 足を組み、頬杖つこうとした彼女の腕を、鮫田さんは握り締める。


「……なによ? 痛いんだけど?」

「お前、自分が疑われてんだぞ? 少しは努力しようとか思わねぇのかよ」

「努力? なんで私がしてもいないことに努力しないといけないのよ。というかさぁ!」


 猫屋敷さんは立ち上がると、今度は鮫田さんを睨みつけ、叫ぶ。


「さっきから聞いていれば、本当もう! いい加減にしてよね! 私は何もしてない! この席に座って、ずっとお喋りしてたわよ! あの女のスマホなんか見てもないし、触りたくもなかった! 仲が悪いの知ってるでしょ!? そんないの一番・・・・で疑われるようなこと、私がするはずないじゃない!」


 ……確かにそうだ。猫屋敷さんの言うことには一理ある。

 鮫田さんもそれを理解したのか、掴んだ腕を離し、彼女もまた、春夏冬あきなしさんを追った。

 

 僕はというと、残されていた彼女のスマートフォンを手に取り、自分の席へと戻ることにした。

 無駄なあがきかもしれないけど、運営の報告ぐらいしか、僕には出来なかったから。


 綿密に、あったことを全て赤裸々に書き、運営へと報告する。

 神様に祈るような気持ちで、送信をタップした。


 それにしても。


 こんなレベルのことが、彼女の身に降りかかっていたのか。

 最近まで忘れていたけど、春夏冬あきなしさんは一度、登校を諦めていたんだ。

 その気持ちが、痛いほど理解出来る。

 悔しくて、何も出来ない自分が悔しくて、情けなくて。


 もっとちゃんと見ておけば良かった。

 ほんの三十分ぐらい前に戻って、彼女にスマートフォン忘れてるよって伝えてあげれば良かった。

 鮫田さんから異常者かよって野次が飛んで来てもいいじゃないか。

 だって僕は、春夏冬あきなしさんのことが大好きだから。

 大好きなのに、彼女を護れなかった。

 託されていたのに。

 

 猫屋敷さんは自分が犯人じゃないと語っている、じゃあ一体誰が犯人なのか。 

 教室を見回すと、周囲の視線が僕へと向いていることに気付く。

 一体なんの視線なのかと、疑問を抱いた。


 しばらくすると、猫屋敷さんが僕の方へと近づいてきた。


 長めのツインテールを揺らし、猫みたいにくびれた腰つきを僕の前へと近寄らせる。

 そしてそのまま頬杖をつき、顔を必要以上に近づけて、僕の目を覗き込んできた。


「いろいろ言ってたけどさ……いまクラスの皆が疑ってるの、アンタだからね?」


 言っている意味が理解出来なかった。理解出来なかったけど、理解出来た。


 五月の誤解が解けたと思っているのは、僕と春夏冬あきなしさんと鮫田さんたちであり、他の人たちは何らあの頃から変わっていないということ。その証拠に、僕は教室では誰からも語り掛けられることはないし、こうして昼休みに誰かと食事をすることもない。


 でも。

 

「さすがにそれは無いよ、僕は春夏冬あきなしさんとは仲がいいんだ」

「でも、アンタがイジメられた原因は春夏冬あきなしにあるでしょ?」


 意趣返し、そう思われていたとしてもおかしくはない、ということか。

 

「それに、アンタの席からアイツのスマホがあった席は結構近いし。いや、それ以前にも春夏冬あきなしのスマートフォンを触るチャンスなんか、アンタなら幾らでもあったんじゃないの? なんていったって隣の席なんだからさ」

「僕は何もしてないよ、するメリットなんか無いだろ」

「いま言ったじゃない、イジメられた仕返しは立派なメリットだと思うけど?」

「だとしても、僕はしていない」


 証拠を求められたとしたら、何も出せるものはないのだけれど。


「今のが、鮫田に迫られた私の状況よ。どれだけ辛いか、分かった?」


 そう言い残すと、猫屋敷さんは自分の席へと戻っていった。

 周囲の視線は、相変わらず僕に冷たいけど。


 猫屋敷さんの言わんとしていることは、理解出来てしまった。

 やっていないのに疑われるのは、とても苦しい。

 だとしたら、一体誰がこんな酷いことをしたのか。


「有馬」


 鮫田さんに名を呼ばれ、僕は廊下へと向かう。

 黙ったままついていくと、そこは女子トイレの前だった。

 

 人の壁、その中に、春夏冬あきなしさんの姿があった。

 僕を見つけると、赤らんだ目端をそのままに、彼女は無理に微笑む。

 泣いていた。

 泣くほどに、辛い思いをさせてしまった。


「ごめんね有馬君、私、もっとしっかりしないとだったよね」


 飛び出した後、恐らく彼女はここで泣いていたのだろう。

 五月に何が起こったのか僕は知らないけど、受けた心の傷は、簡単に癒えるものではない。

 こうして笑顔を作らせること自体が、彼女にとって苦痛なのだとしたら。


「有馬君、私ね、もう学校休む訳には、いかないんだよ」


 彼女は自分の現況を、吐露し始める。


「中学校と違うから、高校はある一定数授業を受けないと留年になっちゃうから。中学校だったらね、保健室登校とか認められたみたいだけど、高校は違うから。私にはもう、後がないんだよ。だから、何をされても、何を言われても、私は学校に通うよ。だって、私立の高校って、お金凄く高いから」


 機械的に語ると、春夏冬あきなしさんは歩き始めた。


「留年なんてしたくない、私は何も悪い事なんかしていない、何ひとつ悪いことなんかしていないんだから。逃げない、絶対に逃げない、誰が何をしてきても、誰がどんな噂を立てたとしても、私は逃げない。だから有馬君」


 振り返ると、彼女は僕へと手を差し出したんだ。


「私に勇気、分けてくれる、かな」


 当たり前のように差し出された手を握り返すと、彼女は天使のように微笑んだ。


「ありがとう」


 笑顔が輝けば輝くほど、僕は自分の胸が痛くて痛くて。

 彼女の代わりに、大声で泣き叫びたくなった。

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