第2話 いろいろと頑張った結果、後悔だけが残った。
名前の順だからなのだろうけど、その場所はギャルオ集団の声が嫌でも聞こえてくる場所だ。
そこで耳にしてしまったらしい。
高校生なら言ってしまうであろう、大人びた感じを装う為に使う言葉を。
「鷹野、お前彼女とか作らねぇの?」
「は? お前、男を知らない女に興味が沸く訳ねぇだろ?」
「マジそれな、あーあ、ヒラリちゃん辺りがやっぱり一番なんかねぇ」
みたいな会話を。
僕からしたら鷹野匠なる男のどこがいいのかサッパリだが、まぁ、それは人の好みだ。
僕が浴内さんに対して良くない感情を抱かないのと同じで。
彼女も僕に対して良くない感情は抱かないものなのだろう。
だからお付き合いをしたとしても喜悦に浸ることもないし、興奮して眠れないこともない。
爆睡して寝坊して、約束だけはしたけど面倒になって行きたくもないって気持ちの方が強い。
やっぱり僕はクズなんだろうな。
そもそも。
なぜ僕は律儀に休みである土曜日に浴内さんとのデートに向かおうとしているのだろうか。
行かなければいいじゃないか、そこには楽しみも、計画も、将来も、何もないのに。
「あ、いた」
だがこうして、僕は足を運び、浴内さんとのデートに勤しもうとしている。
全ては贖罪、鮫田が仕掛けた
いや、そもそも浴内さんと付き合うことが悪と考えている時点で、やはり僕はクズだ。
クズはクズらしく、それでもクズなりに出来ることを頑張ろうと思う。
それにしても、彼女も律儀だ。
クラス内でイジメられっ子の僕とのデートに、ちゃんと時間通りに来てくれているとは。
それだけ鷹野のことが好きってことなのだろうけど、やっぱり僕には鷹野の魅力はさっぱりだね。
「それで、どこに行くの?」
どこに行くのか? どこに行くのさ? 僕は何も計画を立ててはいない。
でも今は違う。
相手は巨漢、浴内鏡さんだ。
計画は何も立ててないし、立てる気がしない。
最悪な男だと罵ればいい、僕だって自己嫌悪に陥るくらい最低だと思う。
「とりあえず、話をしようか」
「話? 私、てっとり早く男を知りたいんだけど」
この小ブタちゃんめ。
経験しました、はいお付き合いしましょうねって鷹野がなる訳ないだろ。
アイツはギャルオ集団のトップに君臨するホストだ、ナンバーワンホストだ。
私立
奴の横に並ぶのなら、それ相応の美が求められるに決まっている。
だが見てみろ。
浴内さんはボディバランスも良くない。
ドラえもんスタイルじゃないか、何をどう間違えたらそこまで太れるんだ。
「浴内さんはさ、アイドルとか好きでしょ?」
「なんでそう思ったの?」
「鷹野のことが好きだから」
「……まぁ、否定はしない」
「じゃあさ、その好きなアイドルの熱愛報道とかって、見たことある?」
「あるよ、最悪だと思った。あーあ、やっぱり顔が目的なのかって」
「うん、大体の男は顔が目的だと思うよ? 鷹野も一緒、むしろストライクゾーン激狭だと思うよ?」
なんて言ったってナンバーワンホストなんだ。
ナンバーワン嬢の鮫田さん辺りが、本当にお似合いなのだと思う。
なぜかこの二人、教室では必ずと言っていい程に距離を取っているけど。
「じゃあ、私が何をしても、意味ないってことじゃん」
「意味なくはないだろ、そもそもまだ何もしてないだろ」
「そうよね、有馬君は私としたいから付き合ったんだもんね」
「したいって、何をだよ」
「セックスに決まってるでしょ」
同級生の女子の口から出ているのに、これほどまでに魅力を感じないとは。
人間中身が大事って言うけどさ、やっぱり外見も大事っしょ?
結局セックスの時は相手の顔をずっと見る訳だしょ? 知らんけど。
その顔がブサイク極まってたら、そりゃ中折れの一本や二本はすると思うぜ?
あーあ、はいはい、僕はクズですよ。
こちとら高校始まってからイジメられてんだ、舐めんな。
「とりあえず断っておくが、僕は断固として浴内さんとのセックスはしたくないぞ」
「はぁ? じゃあなんで告白を受けたのよ。セックスしないのなら断ればいいじゃない」
「断れない事情ってもんがあるんだよ。それに、少なからず僕は浴内さんに感謝してるんだ」
「感謝って……何よ」
「知ってるだろ? 僕はクラスでイジメられてるんだ。そんな僕に付き合ってくれるだけでも、御の字なんだよ。だからこうして、せめてもの恩返しが出来たらなと考えている。僕に出来ることなんか、たかがしれてるけどさ」
「恩返しはいらないから、セックスでいいよ」
とりあえず伝えておくが、ここは待ち合わせに使ったショッピングモールの店内だ。
初夏の暑さを抑えることが出来る最高の蜘蛛の巣には、無数に絡まる人が続出する場所だ。
そんな人混み溢れるこの場所で、さっきからこの女はセックスセックス連呼している。
今更彼女に常識を叩き込もうとも思えない、次からは他の場所にしよう。
その方が、理にかなっている。
「とりあえず、痩せようか」
「え」
「市民スポーツセンター、知ってる? 市民なら一回百円で利用できるジムなんだけど」
「知らないし行きたくない」
「じゃあ、一緒に行こうか。僕あそこの会員証持ってるからさ」
「ちょっと、人の話し聞いてる?」
「鷹野に好かれたいんだろ? だったら痩せないとダメだろ」
「私だって、ちょっとはダイエットして、痩せてるし」
どこがだよ。
どう見ても肥満体型だろ。
十五歳にして糖尿病だってありえんぞその体型は。
というか、それでダイエットした体型なら、ダイエットしなかった体型はどんななの?
「わかったから、行こうか」
「行かなくていい、行ったって意味ない!」
「意味ある! 意味あるに決まってんだろ!」
「嫌だ! 誰か! 誰か助けて―!」
はははっ、こういう時に
でも悲しいかな、痩せろと連呼してる僕のことを捕まえる人は、誰一人としていないのさ。
これが世の中の肥満に対する評価だ、分かったかこの人間ポンデリングめ。
「うぇ……本当に連れてきやがった、マジ最悪なんだけど」
「ショッピングモールで安いシャツ売ってて良かったね」
「はいはい、そのお金を立て替えてくれて、本当にありがとうございました」
そのシャツ、4Lなんだよね。
まずはそのサイズをLLにする事を目指そうか。
「いーやーだ! 体重計乗らない! 体重見たいとか最悪! セクハラじゃない!」
「まずは現状把握が大事なんだよ!」
「知ってるから! 私いま60キロぐらいだよ!」
「嘘つけ! いいから黙って乗れ!」
米俵一個分追加の、84キロですか。
これは、頑張るしかないな。
そんな感じで、六月、七月は、全て浴内さんへのダイエット指導で費やす事になった。
昼休みも無駄に食べないように監視して、放課後は可能な限りジムへと向かう。
夏休み入る前ぐらいには目に見えた成果が出てきたけど、それでもまだまだだ。
女子にとって、70キロは重すぎる。
平均値である50キロ台を目指すには、この夏休みが一番の勝負だ。
「ねぇ、まさか夏休み、毎日通うつもり? 部活は?」
「卓球部はもともとお遊びで入っただけだからね。女子のダイエットに付き合うことにしたって先生に伝えたら、頑張れって言われたよ。だから僕のことなんざ気にせず、浴内さんは身体を引き締めることだけに集中して欲しい。憧れの鷹野君は、もうすぐだ」
「……わかった、鷹野君の為に、頑張る」
人間、太ってると卑屈になるって言うけど、本当なんだろうね。
痩せてきた浴内さんは、僕の言うことを素直に聞くようになってきた。
毎日のようにジムに通い、一日通して汗をかきまくり、都度都度シャワーを浴びる。
食生活もサラダとチキンを基本にし、ジュース厳禁、間食もチキンのみ。
毎日の体重測定も写真で送らせて、それはもう、お前どこのインストラクターなんだよってぐらい、僕は彼女に張り付いた。
それもこれも、全ては
浴内さんが鷹野君とくっつくことが、僕の中での贖罪へと、いつの間にか繋がっていたのだと思う。
そして夏の終わり。
ひぐらしのなく頃。
「体重、55キロになった」
「おめでとう、浴内さん」
「ありがとう、私、人生で今、一番痩せてると思う」
浴内さんの身長は160cmだ。平均体重が56キロだから、平均値以下ということ。
それだけじゃない、ダイエットの為に引き締めた身体は、必要以上に美しく見える。
それに浴内さんはもともと太っていた。
だからだろう、ウエストはくびれているのに、胸の脂肪は残ったんだ。
つまり、ボンキュッボンのグラビアスタイルということ。
最近、ジムで浴内さんを見る目が変わってきているのを、僕だけが知っている。
間違いのない美しさ、そして15歳という可愛さが、彼女を際立たせていた。
「多分、痩せ過ぎてると思うから、倒れないよう気を付けてね」
「ありがとう……私、有馬君に告白して、本当に良かった」
「じゃあ、後は鷹野を口説くだけだな」
「……うん。そうだね。私、頑張るよ」
なんだか、とっても寂しい気持ちになった。
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