有馬君と四人の奥手彼女。~努力空回り系男子がただひたすらに女の子を求めた結果、気づいたら関係者全員から好かれていた件について~

書峰颯@『いとこ×なじみ』配信開始!

第1話 青春大失敗

 僕、有馬ありま里野さとのは、高校デビューがしたかった訳じゃない。

 ただ、中学の時には出来なかったことが、したかっただけなんだ。


「春夏冬さんって、珍しい苗字だよね」

「……え」

「秋がないから〝あきなし〟とか、僕なんか有馬だよ? 競馬かよって話だよね」


 産まれてから十五年間、一度として女子との会話をしたことのない僕の、一世一代の勇気。

 表情はひきつっていたかもしれないし、急にお前何言ってんだって思われたのかもしれない。


「そ、そうだね……」


 それでも、肩までの髪を耳に掛けながら、視線を逸らしながらも。

 春夏冬あきなしさんは返事をしてくれた。

 高校一年の最初の日に、春夏冬あきなし名月なつきさんは返事をしてくれたんだ。


 女子には分からないかもしれないが、男子からしたらそれはもう好感度満点の対応であり、それを受けた僕が彼女に対して少なからずの恋愛感情を抱いてしまったのはしょうがないことなのだと思う。喋り終わった後も心臓がバクバクし、口の奥がむず痒くてたまらなかったぐらいだ。


 だから、僕は暴走した。


「昨日のバズり見た? あれ面白かったよね」

「ほら、この録画、面白いから春夏冬あきなしさんも見てよ」

「次は移動教室だって、忘れ物はない?」

「最近流行りのソシャゲなんだけど、春夏冬あきなしさんも一緒に遊ばない?」


 痛々しいことだったのだと思う。

 高校入学してすぐのことだったから、誰も何も言わず。


 勝手に「ああ、仲がいいんだな」と勘違いされていたとしても、おかしくはない。

 それぐらいに、僕の彼女への距離感の詰め方は、異常だったんだ。

 焦り過ぎていたのだろう、だって、嬉しかったから。

 

 結果。


「あれ? 春夏冬あきなしさん、欠席?」


 五月、やたら早い体育祭を前にして、彼女は学校を休んだ。

 

春夏冬あきなしは体調が悪いそうだ、しばらくは休みになるかもしれん」


 強面こわもての先生はそう言っていたけど、周囲の反応は違った。

 クラスの女子が職員室に行く、春夏冬あきなしさんの姿を目撃していたらしい。

 生徒が職員室に行く理由なんて、片手で数える程も無いだろう。

 勉強のことか、部活のことか、進路のことか……人間関係での、悩み相談か。

 

 僕は馬鹿だから。

 先生の言葉を鵜呑みにして、病気で休んでいるのだと思っていた。

 職員室に行き、先生にお見舞いに行きたいと伝えるも、苦々しい表情と共に断られる。

 その反応だって、まぁ、個人情報だし、異性だからしょうがないよね。

 と、思ってしまっていたぐらいだ。


 多分、僕の中ではもう既に。

 彼女も僕に対して好意を抱いていると、期待していたのだと思う。

 いや、勘違いしていたのだと思う。

 痛々しくも苦々しいぐらいに、勘違いしてしまっていたんだ。


春夏冬あきなしが来なくなったの、有馬のせいなんじゃないの?」

 

 職員室を出てすぐに、僕は数名の女子に囲まれた。

 先陣を切っていたのは、鮫田さめたヒラリさんという、ガラの悪いギャルだった。

 目は口程に物を言うとはいうが、これほどまでに敵意むき出しの眼は生まれて始めてだった。


「お前、春夏冬あきなしにちょっかい出してたもんな」


 僕よりも背の高い鮫田さんは、言葉通り見下しながらそう言った。

 見下みくだして、見下みおろして、怖いぐらいに睨みながらそう言ったんだ。

 だから、馬鹿な僕でも、ようやくそこで気づいた。


 春夏冬あきなしさんが不登校になったのは、僕のせい。僕の性が、暴走したから。

 僕は、春夏冬あきなしさんの拒絶反応に、気付くことすら出来なかった。

 両想いだと、思っていたのに。


 その日から、僕へのイジメが始まってしまった。


 とはいえ、漫画にあるような上履きに画鋲とか、机と椅子を外に投げ出されるとか、通り際に足を蹴られるとか、トイレの個室で頭から水を掛けられるとか、プリントを回さないだとか、弁当を捨てられるとか、裸にされるとか。そういったのはなかった。

 

 最近のは、もっと残酷だ。

 目があった瞬間に逸らされ、会話の一切を掛けて来ず。

 ヒソヒソ話が全て僕への悪口と分かる程度に聞こえるように喋り、反応を見て笑う。 

 いや、そう聞こえているだけであって、実際には話題にすらしていないのだろう。

 

 ありていに言えば、無視だ。

 好きの反対が無関心ならば、それをクラス全体ですることこそが僕へのイジメ。

 学校行事は全て一人か先生と組まされ、何をするにも相談も出来ず。


 だけど。


「アイツが学校に来なくなれば、春夏冬あきなしさんは登校するんじゃないの?」


 そんな言葉にも負けずに、僕は一人、ただ一人、自分の席に座り続けたんだ。

 いつの日か、春夏冬あきなしさんが登校した時に、謝りたくて。

 それを受け入れられないのならば、その時は僕だって男だ、ケジメをつけようと思う。

 だから、僕は登校する。 

 まるで、離島の限界集落にある、学年でたった一人、学校に通う生徒のように。


(……手紙?)


 そんな僕に、手紙が送られてきた。

 何もなければ飛び跳ねて喜んだであろう、ハートのシールで封がされた手紙。

 古式ゆかしい下駄箱に入れられた手紙は、所為ラブレターと言われるものなのであろう。

 

 何もなければ喜んださ。 

 だけど今の僕には、これは裁判所への出頭命令に近い何かだ。

 いや、死刑判決が決まった状態での、死刑執行の通知にも似たような何かか。

 そんなものが無いのは知っているが、それに近い何かにしか見えない。


 視線を感じ流し目で見てみれば、数人の女子の姿があった。

 鮫田さん、それアンタ、身体を隠しているつもりなのかい?

 背が高いから、ショートカットにした頭が見えているよ?


 なるほど、これはつまり、イジメの延長戦のようなものなのだろう。

 

 これまでは精神的ダメージに注力してきた勢力が、今度はこうして肉体的苦痛を与えるようになった。


 いや、これは見方を変えればチャンスとも言えよう。

 何もしてこなかった、無視無関心を貫いてきた奴等が、ついに牙を剥いてきたのだ。

 狩人の気持ちになり、レコーダーという武器を握り締めた僕は、誘われるままに放課後を待った。

 部活にはちょっと遅れると連絡を入れた。

 遊び半分で楽しんでいるピンポン部だ。誰も文句を言わない。

 

 かくして伝説の樹の下ならぬ、電柱の影の下で、僕は手紙の差出人を待った。

 来ないならそれでいい、オフ会〇人は、逆にネタとして最適だ。

 

「あの、有馬君」


 だが、予想に反して、その子は僕の前に現れた。

 現れたと同時に、全てを悟った。


「ごめんなさい、その手紙出したの、私です」


 巨漢、一言で彼女を表現するのならば、この言葉に尽きる。

 168cmの僕の身長よりも下。

 160cmぐらいであるにも関わらず、体重90キロはあるであろう巨体。

  

 浴内よくないかがみさん。

 同じクラスだけど、名前の順的に僕とは縁の遠い彼女が、こうして僕を呼び出す。 

 その理由は、たったのひとつだ。

 彼女もまた、イジメの標的にあっていた、ということなのだろう。 

 周囲を見るも、鮫田さんの姿は無かった。

 女子のイジメはえげつないなと、ひとり溜息を吐いた。


「申し訳ないのだけれど、私と付き合って頂けないでしょうか」

「それ、告白の言葉なの?」

「いえ、そういう訳じゃないのですが」

「じゃあ、どこかに付き合って欲しいってこと?」

「そういう意味でもありません。私と男女交際をして欲しいって意味です」

 

 理解は出来なかったけど、理解が出来てしまった。

 結局は脅されて、彼女はこの場所に来ているのだろう。

 了承したが最後、僕と浴内さんのことは即日、クラス内ニュースにでもなるのだろうね。 

 僕の知らない、クラス内コミュニケーションツールとか使ってさ。


「まぁ、いいんじゃない? むしろいいの? 僕のこと、知らない訳じゃないよね?」

「一応、でも、付き合わないと、鷹野たかの君が……」


 鷹野君? ああ、鷹野たくみか。

 女子のギャル集団のトップが鮫田なら、男子のギャルオ集団のトップが鷹野匠だ。

 

「鷹野のこと、好きなの?」

「……うん」

「そっか、じゃあ、なおさら僕と付き合う意味が理解出来ないんだけど」

「鷹野君が、男を知らない女には、興味が沸かないって言っていたから」


 それで僕? ああ、僕なら断りそうにないもんね。

 実際、まぁ、いいんじゃない? なんて言っちゃったし。

 本当に、まあ、いいんじゃない? って感じで、お付き合いなんて始まるのだろうね。


 それにしても、浴内さんと話をしている時は、春夏冬あきなしさんの時みたいな胸の高揚を感じない。

 僕もそれなりにクズなんだなって認識したところで、ようやく、遠くにいる鮫田を発見した。

 やっぱりか、やっぱりなんだな。

 どうやらこれが、鮫田なりの意趣返しって奴なのだろう。


 春夏冬あきなしさんを不登校にさせた僕への復讐。

 ならば、受け入れるしかないのだと思う。

 こんなの贖罪どころか、罪を重ねているだけのような気がするけどね。

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