帰る(彼方よりきたりて短編)
伊南
第1話
……
長い時間馬車に揺られ、ようやく目的地に着いたサルガスは地面を踏みしめながら深呼吸をした。
眼前に広がる景色は変わる事なく彼を出迎え、久しぶりに嗅ぐ懐かしい空気にサルガスは目を細める。
「……サルガス様、すぐに王宮に向かわれますか?」
従者のバスクの呼びかけにサルガスは「そうだな」と短く言葉を返し、一緒に来たリゲル達の方へ視線を移して──……普段とは打って変わって目を輝かせあちらこちらを見ているシリウスと、それを呆れ顔で眺めているリゲル達に気付いて小さく笑みを浮かべた。
「……サルガス皇太子、すまない。余計な時間を取らせた」
シリウスを叱責した後、頭を下げて謝罪をするリゲルに対し、サルガスは楽しそうに口角を上げて首を横に振る。
「いや、我が国の建築物を気に入ってもらえたようで何よりだ。国の要所の建築物はどれも他国から高い評価を得ているからじっくり見たい気持ちも判る。……明日向かう診療所も歴史ある建物を流用したものだから楽しみにしていてくれ」
少し不服そうな表情をしていたシリウスだが、それを聞いて再びパッと顔を明るくして口を開く。
「そうなんですね。ちなみにどのくらいの年代の建物なんですか? 建国時の建物だったら嬉しいんですけど……あ、ヨシュア皇帝時代の建物でもいいです。壁の彫刻が素晴らしいと聞いたので……」
「シリウス」
「すみません後にします」
つらつらと述べられる言葉に、リゲルの冷ややかな視線とこれ以上ないくらい低い声がシリウスに向けられたため、彼は口を閉じ。それ以外の面々は苦笑いを浮かべていた。
その後、父親でもあるアクラブ王との謁見を済ませ、明日の予定もアリアやシリウスと再度話をして。
久しぶりの自室でサルガスは椅子に深く座り、ひと息ついて天井を見上げる。
……まずは第一段階、アリアとアルデバラン王族の協力を取り付けた。次は魔人病を根絶するための実質的な行動だ。アリアの話だと聖女の力では解決には至らない。……リゲルの血がどのくらい魔人病に効果があるのか……その結果で今後の動きは変わるだろう。ひとまずは明日、襲撃に備えながらの診療所巡りだ。
そんな事を考えていた時、コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。
「サルガス様、お休みのところ申し訳ございません。ピピリマ様がお会いしたいと王宮にいらっしゃっておりますが、いかがいたしますか?」
続いて聞こえた侍女の声にサルガスは僅かに眉を動かして──それからチラリと横にいるバスクを見やる。視線を向けられたバスクは「判ってますよ」と言いたげな表情で少し笑い、それを見たサルガスは「通せ」と短い言葉を投げる。
……しばらくして、再びノックの音が聞こえ。今度は返事を待たずに「失礼致します」の声に合わせてドアが開く。
侍女が頭を下げる横、立っていたのは小柄な少女だった。少女が入口の所で一礼をすれば、柔らかそうな黒髪がさらりと揺れた。そうして、顔を上げた少女はふわりと微笑んでサルガスをまっすぐ見つめる。
「サルガス様、お久しぶりです」
「久しぶりだな、ピピリマ。まさかこっちまで来るとは思わなかったぞ。体調はいいのか?」
姿勢を少し正してそう声をかければ、ピピリマはバスクに勧められた椅子に腰掛けながら「はい」と返事をした。
「最近はおかげさまで調子は良いです。そうそう、先月送って頂いたお茶も有り難うございました。とても美味しかったです」
「そうか、口にあったなら何よりだ」
軽いやりとりが途切れたところで、バスクがピピリマに向かってやや深めに一礼をする。
「ピピリマ様。私は所用がありますので失礼致します。申し訳ございませんが、サルガス様の相手を宜しくお願い致します」
「おい、一言余計だぞ」
「ふふ、判りました」
バスクの発言にサルガスが眉を僅かに吊り上げ、ピピリマはくすくすと笑って言葉を返した。
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