絶対的魔王様【完】

佐伯エル(ひな。)

絶対的魔王様

俺様、魔王様、響生様



あの男と出会ってから5か月。

見事なまでに奴にとっ捕まった私は、奴のマンションに引きずられるようにして連れてこられた。


最初はすごい抵抗して、隙あらば帰ってやろうと思っていたんだけどある日、



「お前のマンション解約しといた」



なんて言われて口をぽかんと開けた。



「なんで!?」


てかどうやって。ああいうのって本人の同意とか書類とか必要なんじゃないわけ?



信じられなくて喚けば、


「うぜぇ」


煙草を吸いながらさらりとそう返されてしまった。



そのとき私はこの男がお坊ちゃまであることを知らなかった。

今こそ響生がお金で解決したんだって分かっているけど、そのときは本当に爆発したものだ。

結局響生に睨みつけられて終わったけど。


それからというもの、私は響生のマンションに囚われの身だ。

まぁ、バイトは行けるから問題ないけど。


でもその度に護衛の黒服がついてくるから堪ったもんじゃない。

一緒に働いている松島さん、仕事場からその姿を見るたびに同情のこもった目を向けてくるもん。



「真夜ちゃんも大変なのに掴まったねー」



その言葉には私の苦労を知る由もない呑気さが含まれていたけれど。


その私の職場を見張っている黒服の方、どうやら響生の家の護衛さんらしい。

一回話したことあるけど、随分苦労されているらしくて。


やっぱりあの男の周りの人間は苦労させられる運命にあるらしい。


そしてその夜、バイトが終わって、まだ残るらしい松島さんとお別れをしてバイト先のファミレスから出れば。



「おせぇ」


吸っていた煙草をもみ消す響生の姿がそこにあった。



「時間通りでしょ」



とりあえず言い返して歩き出す私の後ろから舌打ちが聞こえてきて、ついてくる足音がした。



私は響生の家に連れて行かれてからも週6バイトっていう生活は変えていない。


一回響生に「減らせ。てか辞めろ」って脅されたけど、なんとかその日の安眠と引き換えに説得を成功させた。



それからは文句言いながら迎えに来てくれる。

あんまりにも彼氏っぽいその姿が嫌なんだけど、迎えに来るのだけは絶対にやめないだろうから仕方がない。


というより私は付き合うことに了承したわけじゃない。

何回も逃げようとしているけど最終的に掴まってお仕置きされるのが嫌で大人しくしているだけで。


だって相手は響生。


誰から見ても目を引く殺人的な外見を持っている男が、私みたいな凡人をいつまでも相手にするわけがない。


飽きられたときのために貯金はしておかないといけない。

いくら私だって一生この男と一緒にいるなんて考えはないのだから。


けれどその考え空しく、一緒に暮らし始めて一ヶ月経つけど一向に飽きられた感がない。


なんなら毎日大学終わって帰ってくるし。毎日バイト先に迎えにくるし。時間さえあったらバイトに送ってくれたりもする。


そんな優しいところを想像できないだけに、頭おかしくなったのかなって思いさえする。


一体どうしてこんなことになったんだろう、と哀愁のこもったため息を吐きだす。

そのとき、後ろから腕を握られて引っ張られた。そのまま腕を組まれる。


もちろんそんなことをする男は1人しかいなくて。



「……なに」



睨み上げれば飄々とした顔で無視される。


いつものことだから気にしないけど。



組まれた腕はがっちり掴まれていて逃げられそうにない。


仕方なく抵抗を止めて引っ張られながら歩いて行く。



「……ご飯は?」


「食ってると思ってんのか」



誰かさんを待ってたおかげでな、と鼻で笑われるとすっごいムカつくんだけど。

誰も待っててほしいなんて言ってないし。



「……何食べるわけ?」



文句を言っても聞き入れてはくれないだろうから、押し込んで尋ねる。


そうすれば響生は「和食」って答えるからすごい困る。

だから、和食は大変なんだって。



「……コンビニ弁当でも食べてなさいよ」



めんどくさくてぽつりと呟けば。




「あ?」



地獄耳の魔王様は凄まじい顔をして威嚇してきてくれる。

その顔が怖すぎて、文句を言うよりも視線を逸らす方が賢明だってすぐに理解した。


そんな私にまた聞こえてくる舌打ち。


舌打ちするくらいなら私を解放すればいいのに。もっと従順な女なんていっぱいいるだろうし。

なんで私に執着するんだろう。


なんて何回も考えたことを考えながら、響生に引きずられて家に帰った。


結局何を言ってくるわけでもない響生に諦めてご飯づくりを開始した。




一緒に住み始めて一番苦労したのはこれだろう。

私って結構簡単に出来るからってよく洋食になりがちだけど、ここに来てすぐに響生に「和食覚えろ」って言われた。


出てきたら文句言いつつ食べるけど、和食のほうが好き。ダシからしっかりとる手間がかかった一汁三菜。栄養バランスの取れた食事。



あんた作ってみろよ!!

という文句は込みあげてきても飲み込む。そのしぐさだけで睨んでくる魔王様の察しの良さは地獄耳じゃなくて、もはや読心術。


とんでもなく面倒。小鉢何個も作るってホントに大変なのに。休みの日と空いてる時間をつぶしてせっせと作り置きを増やすハメになっている。


そこが従順な女だなって自分を馬鹿に思ったりするけど、まぁ相手が響生だから逆らえないだけだって自分を納得させてる。


そうじゃないと響生に掴まって抵抗しない私を正当化できないから。



夜も大体手を出してこようとする響生との攻防が繰り広げられる。結局負けるんだけどさ。

いい加減飽きないのかと思うけれど、ここ数カ月帰ってくる言葉は同じ。


「飽きるわけねぇだろ」


じゃなかったら家に連れてきて住まわせたりしねぇよ、と。


私に対する執着の強さは相変わらずで、行動なんて制限されてばかり。

キスマークだって変わらないし、噛み痕だって毎日つけられる。


『俺のモノ』っていう印をつけて満足気な魔王様は、相変わらず私を捕まえて離してはくれない。


今日だって結局日を跨いでから眠りにつくことを許された。


この魔王様の体力は底なしで、しかも手加減をしてくれないから非常に困る。

そんな私が朝早く起きれるわけがない。

意外にも学校には真面目に行っているらしい響生のほうが、毎日早く起きる。



「おい、起きろ」


なんて可愛げのないドスの聞いた声で起こされては、イヤイヤもできないから渋々起きて響生のご飯の用意。


それを送り出して、家事をちょっとやってバイトに出勤、というのがこの頃のスタイルだ。


けど本気でやめてほしいのが、休みの日にも朝早く起こされることだ。たまの休み、お昼近くまで惰眠をむさぼるのが至福の時間なのをしらないのか。なんでお前のお世話のために早起きさせられなきゃいけないんだ!!


―――なんて憤慨したのは最初だけだった。


一緒に住み始めて気づいたけど、響生って実は視力悪いらしい。

大体コンタクトしてるっぽいけど朝とか、出かけない日はメガネかけてる。


寝起きがよすぎるので6時には起きて新聞読んだりしている間とか、休日雑誌とか本を読んでいる間にメガネをかけている響生のその姿が最近自分のツボだと気づいたのだが、本人には口が裂けても言わないつもりだ。


今まで私、自分は地味な男の人好きだと思ってたけど、実は違うらしいっていうのに気づいた。


多分、メガネフェチ。


メガネが似合う人が好きなんだと思う。

さすがイケメンなだけあって響生は何しても似合う。もちろんメガネも。

黒縁の大きめのメガネをかけた響生を最初に見たとき、自分の心臓が興奮で踊り狂ったのを覚えている。


そんな私に響生は気づいた素振りもなかったし、今も気づいていないと思う。

もし気づいていたらきっと嫌がらせのようにメガネ姿で迫ってくるに違いないから。

そんなことされたら私は一発でノックアウトするに決まってる。


それくらいメガネ姿の響生って私の中だと威力があるから。


元々地味な感じの人が大好きだったくらいだから、朝静かに新聞読みながらコーヒー飲んでる響生の姿にグッとくるのは仕方がない。



まさか響生にきゅんとくる日が来るとは思っていなかった。

というか響生のことをずっと見ていたいと思う自分が信じられないもん。


一回だけ毎日響生より早く起きようとか考えたことあるけど、響生って平日起きるのすごい早かったりする。

どうやら家が家だから早起きが体に染み付いているらしくて、早い時は5時には起きる。


日を跨いでから寝る私にとって、そんなこと無理に決まっている。


しかし、平日なんて同じ時間に寝てるのにな。

体内時計の問題なんだろう。私は寝れるだけ寝る人間だから、あいつには付き合ってられない。

それでなくても体力がついていかないのに。



考えれば考えるほどあいつって実は怪物なんじゃないかと思う。


今日は木曜日だから、7時に響生に叩き起こされ、朝ごはんを作らされてから家事をしてバイトに出勤した。


6時間睡眠で疲れが取れない私、夕方げっそりして休憩中に机で突っ伏していれば。



「あ、真夜ちゃん死んでる」


楽しげな声が聞こえてきて顔を上げた。



「……松島さん」


「うわぉ、顔まで死んでるよ」



いやいや、そんな楽しそうに解説しないでください。



「どうしたの?また寝かせてもらえなかった?」



響生に家に押し込められてからの状況を知っている松島さん。

最近は楽しそうにやたらとからかってくる。それを避けるのも大変なのだ。



「……まぁ、そんなもんです」


「彼氏元気だねぇ」



俺尊敬するわ、と飄々と口にする松島さんが私の前に座る。

どうやら彼も休憩らしい。



「どう?浮気されてない?」


「それがまったく。だから困るんですよね」


「彼氏に浮気されなくて困るって言う女の子、多分世界中探しても真夜ちゃんたけだからね」



そりゃそうでしょうとも。


けど私、ヤツが彼氏だってまだ認めた訳じゃありませんからね。



「彼大学院いってるんだっけ?何専攻してるの?」


「それが、法学らしいですよ」



私の言葉に松島さんの目が思い切り見開かれた。


「え、法律!?」


そりゃ驚くのも無理はないと思う。


どうみたってヤツ本人が犯罪を恐れない感じだもん。

それに私との過去に関して言えば、住所勝手に探すわ、合鍵作るわ、ストーカーするわと言う、丸っきり犯罪を犯しているのだから。


法律学んでいるくせによくも堂々と私にそんなことができたものだと、聞いた瞬間喚いたら思い切り睨み付けられたけど。



「彼、法律なんてやってどうするの?」


「さぁ?ただ家に入りたくなくて大学院進学するときに適当に選択しただけじゃないですか?」



昔は家に入りたくなくて相当反抗してたらしいからな。

それでも法律だけは考えられないけど。

大体響生の大学でのイメージって、遊び呆けてる感じしかないもん。



「勉強ちゃんとしてんだね」


「意外ですよね」



毎日ちゃんと朝から学校行ってるし。

サボりはしてるみたいだけど勉強はしっかりしてるっぽい。

響生のマンションに初めて入ったとき分厚い六法があって仰天したもん。



「やっぱ、俺とは違う超人なんだなぁ」


なんだかよく分からないが、松島さんが響生のことを褒めている。

そんな褒められるような奴ではないと思うんだけどなぁ。


変な顔をしていると松島さんはへらりと笑って。



「大変だけど、頑張りなよ。結婚出来たら玉の輿じゃん」


「……絶対に勘弁してください」



本当にげっそりとした顔で否定した私に、松島さんはケラケラ笑って。

それを軽く睨むけど、私の苦労が他人から分かるわけがない。


これからも分かってもらえるわけがない私の苦労を思って、大きなため息を吐くのだった。





夜、10時に上がってバイト先から出る。

そうすれば、目の前の建物の壁に背中を預けて煙草を吸っている響生の姿があった。

そいつが私に気付いて煙草を消すと近づいてくる。


いつも通りの響生。学校終わりに一回家に帰って、迎えに来てくれたんだろう。

そいつと一緒にマンションに帰って、いつも通り夕食を用意して。


先にお風呂に入った響生と入れ替わりにお風呂に入って出てきた私は、ソファに座っている響生の姿を見て目を瞬いた。



「……なんでメガネかけてんの?」


朝しかかけないくせに。いつもこの時間は裸眼で過ごしてるのに。

不思議に思って聞いてみれば、私に視線を向けた響生がにやりと笑った。




……なんか嫌な予感。



「前から思ってたんだよ」



う、笑いながら顔を近づけてくるな。


壁に手を着いた響生の顔が私の真ん前にある。少しでも動いたらキスしちゃう。



「お前、俺がこれかけてるとき、すげぇ見つめてくるよな」


「そ、そんなことないしっ」


「とぼけんな。このメガネ好きが」



なんで知っている!私だって最近気づいたのに。


驚きで声が出ない私に、響生の笑みが恐ろしいものになった。

ぞわっと背中に冷たいものが這い上がる。


それと同時に響生が私の左耳に息を吹きかけた。



「お前、メガネの男見ると視線で追ってんの気付いてねぇだろ」


「んっ……」


「分かりやす過ぎんだよ。だから、やってみただけだ」



そして思惑通りに私が朝、メガネ姿の響生に釘づけになったと。


ちょっと待て。



「あんた、まさかわざと!?」


「いや、朝してんのはいつも。基本はコンタクト。あんま好きじゃねぇし」



私の反応を見るためにメガネかけ始めたこの根性悪さ。


なんてヤツ。


悔しくて睨み上げるけど、響生は気にした素振りもなく首筋に唇を寄せてくる。

その様子のなんと楽しそうなこと。



「まさかこんな単純だとはなぁ」



くくっと笑い声が聞こえてくる。


響生のこと嫌いだって言って反抗している私が、自分に見惚れてきゅんきゅんしてるのを見て楽しんでたんだ。


すごい悔しくて堪らない。



「今度から毎日かけるかなぁ」


「マジでやめて!」



楽しそうな言葉に全力で拒否を示すけど、相手は魔王様。

嫌がったらさらにやってくるに違いない。


けれど本気で止めてほしい。それでなくても響生にきゅんきゅんしてる自分が嫌なのに。

これ以上響生に遊ばれて堪るか。



そう思う私を前にしても、響生の中ではもうすでに決定事項なのだろう。



「初めがメガネっていうのが何とも言えねぇけど、お前が俺に惚れる理由になるなら、な」


こいつほんと計算高い。


「う~~」


悶えるしかない私。そんな私を満足げに見下ろして、響生はいつも通りベッドに運び込んだ。

結局行為中は取られたメガネ。確かに煩わしいから響生なら嫌がるだろう。


けど次の日から本格的にメガネをかけて生活し始めた。



「めんどくせー」


とか言ってるから



「外せば?」


と期待を込めていうけど、その言葉は大体無視される。

それから結局毎日のようにメガネ姿の響生と一緒に生活して。


毎日ドキドキさせられている私、いつかキュン死にさせられそう。



響生のことは好きじゃないけど。

でも、眼鏡をかけた響生は好きで。


この矛盾が生まれたときから、私の中で響生の存在が大きくなったのは、確か。


それを狙ってきた響生は本当に計算高い魔王様だ。

















(自分のためなら何でもやる、俺様な魔王様)



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