友達






またか、と思った。






「好きです。付き合ってください」



聞き慣れた言葉。


目の前には視線をさまよわせる顔見知りですらない男。



けれど私を呼び出したってことは、同じ大学なんだろう。




この状況は私にとったら実に不快この上ない。



視線が少し合うだけで顔を赤くするその反応も。




「ごめんなさい」



返事はいつも決まっている。それに相手が顔を歪めるのも、毎回のこと。



「付き合ってる人は……いないんだよね?」


「ええ」


「じゃあどうして?理由を教えてほしい」




表情を窺いながら、告白を断られることに納得していないその顔。




このやり取りにも辟易する。


理由?



そんなものをどうして聞きたがるのか分からない。


ただ誰とも付き合おうという気分にならないだけ。



内面を知りもしないのに告白してくるってことは、外見しか見ていないということでもある。




生憎と顔に惚れられても嬉しいとは思わない。




男の魂胆なんて、大体一緒なのだから。



「ごめんなさい」




面倒だ、と思う気持ちを隠してにっこり笑う。


そのまま情けない顔をしている男を残して講義室を出た。




人気のない廊下にヒールの音が響く。

誰もいない空間はとても静かだった。




「面倒ね……」



溜め息と共に出た言葉は、とても小さかった。








思えば、私の今までの人生は最悪と言っても過言じゃなかった。



家の両親は共働きの普通の夫婦だったけれど、結婚する前は音楽の道を目指していた者同士だった。



それが海外のコンサートで出会って一目惚れ、結婚なんてして夢ばかり見てられないとそっちの道を諦めて、今は普通に働いているけれど。




その血は子供にも受け継がれて、私と私の1つ上の兄も音楽に関わっていた。



私はヴァイオリン。兄はピアノ。



聞けば楽器を全部やらせてみて一番上手だったものをセレクトしたらしいけれど、奇しくもそれは父親と母親がやっていた楽器。



やっぱり父親はピアノから、母親はヴァイオリンから完全に離れることなんて出来なかった。



その道のプロとして活動していた2人の指導は厳しかった。



決して強制ではなかったけれど、本格的に音楽をやってもらいたいと思っているのはわかっていた。



私が中学に入ったばかりの頃、兄の才能が開花してピアノコンクールで賞を取った。



先生も親も兄を褒めちぎり、それからほとんど最年少でピアノの賞を総なめにしていったけれど、私は反対にヴァイオリンは趣味程度にとどめた。



それは私が音楽に本気にならなかったから。


ピアノに夢中の兄とは違い、音楽しかない生き方をあまり好まなかったからだ。




小学生で既に何事にも冷めた可愛げのなかった私は中学生になっても変わらなかった。



けれど中学生になって二ヶ月ほどたったとき、変化が起きた。



先週彼氏ができたと嬉しそうに私に言ってきた女の子が、今度は泣きながら別れたと報告されて。

次の日に、その彼氏に告白される。



最初は驚きでしかなくて、勿論丁重にお断りした。



それから何か知らないけど男子が話しかけてくる。何が起こったのか理解ができなかった。



その原因が分かったのは、それから三ヶ月くらい経ってから。



兄とよく似て顔立ちは整った私。


男受けするらしい顔立ちと体つき。




男子から憧れじみた視線を感じ、その視線を辿って目が合えば次の日には告白される。



急な変化に戸惑ったけれど、半月で状況に慣れた。でも顔しか見ていない男子は私に呆れしかもたらさなかった。



告白されては付き合い、振り、を3回くらい行ってやっと男はめんどくさいと思い、中二にして関わるのを止めた。



でも、これだけじゃなかった。



それから何回か友達の彼氏に告白されるってことが繰り返し起こって、3度目になったらいい加減その原因の自分の顔が嫌になり、4度目になった時仲の良かった友達は私を疎み始めた。




『原野緑は友達の男を取る』





ご丁寧に飛躍された噂は飛び回り、中学高校ともに2年くらい孤立した。



それでも男は少なからず寄ってきた。

彼氏も一応いた。



女子からして見れば孤立している女に彼氏がいるのが許せなかったらしく、良く悪口を言われた。



でも直接喧嘩を売ってくるバカがいなかったのは、私があんまりに堂々としていたからだと思う。



そんな6年をひたすら耐え、私を知っている人がいる地元が嫌で、わざと実家から電車で半日はかかる離れた県の大学を受験して家を出た。




中学高校で懲りた私は、大学はなるべく人との交流を絶とうと決心した。



ただ普通の生活をしたいだけなのに、それが叶わない私。


大学は絶対に何の問題もなく地味過ごしてやろうと決めて。



関わる子は派手な女の子はもちろん、男も論外。静かそうでおとなしい子。



そう思っていたのに――…。







「緑!」



大学内のカフェテラスで自習中、いきなりぬっと出てきた顔に驚いて仰け反る。



テーブルに上半身を乗せた格好の彼女、多川美菜は頬を高潮させて私を見た。



「緑、今日放課後ヒマ?」


「まぁ、予定はないけれど」


「じゃあ一緒に飲み会行こ!」



元気溌剌な美菜は、常にハイテンション。



大学に入って最初に見た彼女は実に強気で強情そうな雰囲気を出していた。



私が一番関わりたくないタイプ。


そう思っていたのに、偶然同じ授業を取って、隣の席だったから話しかけられたのが始まり。


初対面でいきなり、



「何か恨み買いそうな顔だね」



笑顔で失礼なことを言ってきた。

怒る気すら失せるほどの清々しさで。



声が出ない私に笑顔を向けて、



「私も一緒」



諦めたように笑った彼女は、よくダメ男に引っかかって捨てられるらしく。



自分が浮気相手だったとき本カノと修羅場を迎えたことが度々起こったなんて呑気に話された。



そこからどうして仲良くなかったか知らないが、出会って2年経っても一緒にいる。



6年間の窮屈な時間を放り捨ててここへきて美菜と出会ったことは少なからず私のプラスになっている。



喧嘩も何もないところを見ると、美菜と私は相性がいいのかもしれないなんて思って。



美菜の自由なその性格に、実は助けられている。



そんな美菜が突拍子もないことを言うのはいつものこと。



「高校の集まりなんだけど友達連れてっていいの。だから行こ」


「高校なんて、私浮くじゃない」


「大丈夫!誰も気にしないから。それに緑は私の親友だもん」





無邪気に笑う美菜は、純粋に私という友達が自慢らしくて。


私も美菜の人間性が好きだから悪い気はしない。




「行こ、ね?行こ?」



くりんくりんの目で甘えられる。



「仕方ないわね」



一番仲がいい友達だからか、私は美菜に甘い。


たとえ裏に企みがあったとて、頼みごとをされて断るなんてことはしない。



それは美菜が放っておけない感じを持っているのと同時に、私の性格にも理由ははある。




「やった!じゃあ私の授業終わるの待ってってね。絶対帰っちゃダメだよ」


「はいはい」



念には念を押して慌しく授業に向かう友達を見て、思わず笑みが零れた。



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