聖女とかどうでもいいから俺は帰りたい

❄️風宮 翠霞❄️

第1話 召喚とかどうでもいいから俺は帰りたい

「聖女よ……どうか我が国を救う為に現れたまえ!!」


 ……とまぁそんな感じの国王の言葉と同時に、広間の床に幾何学模様が浮かんで真っ白い光が広間を包んだ。


 国王、王妃、王子、そしてこの国全ての貴族達が、その光の真ん中に立つ少女の影を見てどよめく中……俺はモキュモキュとシュークリームを食べながら、その方向に白けた目を向ける。


 領地のシェフ渾身の新作シュークリームはとんでもなく美味しいが、礼服では食べにくいな……。


「今度、貴族の集まり中でも食べれるようなやつの開発をしてもらうか……」


「クラウス様、それは絶対におやめ下さい。あとこのような場面でシュークリームを頬張るのもおやめ下さい。そもそも礼服では、何も食べないのが基本なのですよ」


 各貴族家当主ともう一人だけ入室が許可された空間で、俺の同行者である執事が後ろから指摘してくるが……この小言には納得いかず、小さな声で言い返す。


「でも、王家から『全貴族出席すべし』という手紙が急に来たから来てみたら……。

 俺が辺境伯当主としての仕事の合間を縫って確保していた、我が天使達弟と妹と遊ぶ時間を十時間二十一分九秒も削っておいてやる事が聖女召喚コレだぞ? 

 全くもってくだらない……せめて好物くらい食わせろ。

 あと、即帰りますと言わなかっただけ褒めろ」


「え、え……? 私、ここ、どこ……? コンビニに行こうとして……それで……」


 そもそも、聖女召喚って禁術じゃねぇか。

 聖女混乱してるし。

 やってる事、誘拐と一緒だからな?


 まぁ、俺と俺の大事なものに影響はないからいいけど。

 いざとなったら、隣国に領地ごと売ればいいしな〜。


「メイガ様とマリア様のお二人と過ごされる時間を削られてお怒りなのはわかりますが、あのクソ王族どもに目をつけられたらお二人の将来にも影響がありますぞ。

 あと……世界で唯一クラウス様だけが使える空間魔法を、シュークリームの運搬の為だけに使わないで下さい。ああ、新しいシュークリームを出そうとしない」


「これ、空間魔法の中でも高位の異次元収納っていう魔法でな? 

 ほら、シュークリームが一番いい状態で出てくるんだ!!」


 小声で叫ぶという結構難しいことをしながら執事……カミナに自慢したが、無言のまま差し出したシュークリームを取り上げられてしまった。


 何故だ……。

 仕方ない。

 新しいやつ出して食べよ。


「おお、美しき聖女よ!! この国を救ってくれたまえ!!」


 そうこうしている間にも、まだ茶番は続いてたらしい。

 国を救うって……この国、貴族と王族が無能だらけなこと以外は平和じゃねぇか。

 お前らが田舎貴族って馬鹿にしてる俺の大事な民達が、魔物からも外国からもこの国を守ってますし?


「聖女……何それ……も、もしかして異世界召喚……!?」


「俺はこの国の王太子、セリル・ジェイヘンという。急な事で驚いているかもしれないが、まずは名前を聞いてもいいだろうか?」


「え、あ……王子様っ!? あのっ、私は七瀬ななせ由梨ゆり、ですっ……」


「ユリ……ユリか。いい名前だな」


 あ〜、帰りてぇ。

 くっだらねぇラブコメ見せられてどうしろって言うんだよ。

 あ、メイガとマリア不足で倒れそうになってる慰謝料代わりに、王城のシェフにシュークリームを作らせて、二人に持って帰るか。


 喜ぶかなぁ……。


 というか、この王子は国王の子供が一人しかいないから王太子になっただけの無能だが、顔だけはいいからな……聖女も、異世界から急に連れて来られてアイツに気に入られるとは可哀想に。


 ん〜?

 王妃になれるって喜んでる……?

 ああ、なら頭がお花畑同士でお似合いだしいいか。


 俺が気にすることじゃないな。

 俺が大事なのは、親から託された領地と領民、そして使用人と家族だけだし。


「あれが聖女……」


「随分と可愛らしい……」


「王子も見入っているぞ……婚約者のドゥーク公爵令嬢は……」


「髪が黒いのね……」


「目も黒いぞ。珍しい色だが、顔が整っているのには違いない……」


 都会のお貴族様達は、随分と騒がしいことで。

 というか……。


「なぁカミナ。あの聖女、顔整ってるのか? マリアの方が何千倍も可愛いだろ。

 なんならメイガも、多分アレより綺麗だし」


 メイガは男だけど、女に間違われるくらいに綺麗だからな〜。

 今はまだ七歳だからあれだが、将来女装させたら、絶対美女だ。

 マリアはもう最強の可愛いだからな〜。

 五歳の今であれなら、将来は確実に可愛い。


「リューカス辺境伯家は、ドゥーク公爵家と並んで王家以上の美形揃いなんですから……比べちゃダメですよ」


 カミナが言うドゥーク公爵家は、王子の婚約者のセシリア・ドゥークの家。

 王立学院で同じクラスだし、親が仲良かったから昔は結構会ってたけど、確かに結構な美人だったはず。


 セシリアは王太子の婚約者としての勉強、俺は辺境伯家当主としての仕事でそれぞれ忙しいから……最近は会ってないんだよな。

 セシリアはドゥーク公爵に似て物凄く優秀だし、あの無能な王子に潰されなければいいけど……。


「まぁ、もきゅ。今考えてもどうしようもないことだし……もきゅ。召喚も終わったみたいだから、もきゅ。家に帰るか」


「シュークリームを急いで口に詰め込みながら言わないで下さいよ……」


 カミナの小言を無視してシュークリームを食べ終わった俺は、聖女召喚とか無視して愛しい弟妹の所へ帰ろうと王族に背を向けようとして。


「クラウス・ラ・辺境伯、ちょっと来てくれ」


 自国の主力貴族の家名すら覚えられていない無能な国王に、呼び止められた。


「カミナ……このまま無視して帰ったらダメかな……?」


「ダメに決まってるでしょう。むしろ、どこにいい要素があるんですか。

 さっさと終わらせたら、その分早く帰れますから。適当にうまく処理して下さい」


 くっそ……。

 帰りてぇ。


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