使い捨て勇者と転生魔王

ケンタウロスクワガタムシ

第1話 この日のためのこれまでの人生

 とうとうここまできた……


 もう日が沈んでしまったかと勘違いしてしまうほど分厚い雲に覆われた空、ドス黒い葉が生い茂る木々で形成された大森林、聞くだけで子供がちびってしまうような風の音、いたるところから感じる命を狙う猛獣の視線。

 ここは『ディベリドート魔族国ジェインラガ地区キオラエ17-85』、人間達にもなぜか知られている魔王の住所だ。


 なんで俺がこんなところに来たかって言うと、ここに住む『魔王』の命を奪うため。


 何百年も無敗で君臨し続けている魔王を殺し、人間と魔族の戦争を終わらせるために、俺は生まれた時から施設で育てられた。

 そして15歳になり、魔王を倒し『勇者』となるため、魔王の住所を目指す旅に出た。


 旅は一年以上かかり、その間に色々な危機に見舞われた。


 腹が減りすぎて倒したスライムを食べたら、まだ死んでなかったもんで、そのスライムが生きたままお尻から出てきて出産を味わったり。突然空から降ってきた宇宙人に道案内したら、気に入られてそのまま連れてかれそうになったり。手に入れた剣が呪われていて、呪いの効果で鼻くそが溢れて止まらなくなったりもした。まあどれもいい経験だったと今なら思える。いや、思えない。

 勇者だと悟られないため、できるだけ魔族と接触しないよう険しい道のりを選んできたおかげで、心身ともに逞しくなった実感がある。


 これまでの旅路に思いを馳せていると、木々の合間から魔王の住処が視界に映った。見ているだけで震えが止まらなくなるような、悍ましい城を想像していたんだけど、そこにあったのは2階建ての一軒家。こんな森に囲まれている割には小綺麗な感じだけど、それ以外に特徴も無い普通の家に見える。

 こんな家じゃ10人も生活できないだろう。となるとたくさんの魔王の兵士を相手どるような展開は避けられそうだが……。


「こんな普通の家がホントに魔王の住処なのか……?」


 近づくと塀には手作り感あふれる、「ユウカ」と書かれた表札に見たことない呼び鈴のような、おそらく魔道具。本当にここで合ってるんだろうか。だけどこの辺に他の家なんて無いしな……。

 留守だったら緊張したまま待ちぼうけだな、なんて考えながら呼び鈴を押す。すると『ピーンポーン』と聞いたことない音が鳴る。


「はーい、どちらさま~?」


 魔道具から女の声だ。召使いだろうか?

 

「突然すみません、オジエーデ王国から来ました、勇者です。魔王さんにお会いしたいのですが、今大丈夫ですか?」


「え!勇者!?……丁寧にどうも?あー、えっと、すぐに出るからちょっと待っててー!」


 えらい砕けた感じの召使いだな。魔王の世話係ってフランクな職場なんだろうか。というか俺なんて「女に現を抜かすと弱くなる」とか言われて女の人と話すことも許されなかったんだぞ。唯一まともに会話らしいことをしたのなんて宇宙人の女性ぐらいだ。それに引き換え魔王は身の回りの世話を女の召使いにやらせているのか。俺は一歳の時には自分でオムツを変えてたぞ。


 戦う理由ができたな。


 くだらないことを考えて緊張から目を逸らしていたら、扉が開いた。


「おまたせ!私が魔王です!」


 魔道具越しに聞こえたのとおんなじ声で自分を魔王だと名乗るそいつは、青い肌に目玉は黒く耳が長い、間違いなく魔族だった。そして肩まで伸びた真っ白い髪、出たり引っ込んだりの起伏のある体つき、魔族であることに加えて女だった。

 人間の国王がずっと男だったからだろうか、最強と名高い魔王だからだろうか、魔王が女だなんて考えたこともなかったが言われてみれば女でも何もおかしくはない。


 正直めちゃくちゃ動揺しているが、俺はこの人を殺さなければならない。

 勇者とは名乗ったが殺すから俺と戦ってくれなんてどう言い出したものか……。次の言葉を決めかねて口ごもってしまう。


「なんで無反応!?この距離で無視!?私が魔王だよ!」


「は、はじめまして魔王さん。何と言いますか、その……」

 

 女の人と喋ってこなかったせいで、むしろ俺は今弱くなっている気がする……。


「む?あれ?なんか照れてる?まさか魔王が女だって知らなかった!?そっか~ムッキムキのおっさん想像してたらかわいい女の子が出てきてビックリしちゃったか~」


 そう言って魔王はこちらに向かってピースしたり、ポーズを決めて楽しそうにしている。服装が軽装というかなんというか……、露出が多くて目のやり場に困る……。というかテンション高いなぁ……。


「そういうわけではないんですが……」


「あれ?なんか顔赤くなってない?もしかしてあんまり女の人に慣れてない?や~そっかそっか、私がだらしない恰好してるから余計照れちゃってるの?今回の勇者君はかわいいなぁ~」


「…………………………。」


「でもそんなんで大丈夫なの~?ちゃんと闘える?勇者なら私のこと殺さないといけないんでしょ??目も合わせられないままだよ??」


「………………………………。」


「あは、また顔が赤くなった。どんだけ初心な勇者君なの~?女の人と話したこともないのかな?人間なのに魔族の女に照れちゃうなんてかわいいな~!んふふ、手でも握ってみる?こっちおいで?」


「えっ、てっ、にぎ……」


「あははは!ごめんごめん!冗談冗談!つい楽しくなっちゃって。からかっただけだって!」


「……………………………………………………。」


 戦う前から心は完全に敗北者だが、いつまでも相手が女だからと同様している訳にもいかない。どうやら勇者だと名乗った時点で俺の目的は伝わっているようだ。それなのにこの上なく楽しそうな魔王を見てると自分が何しに来たのか忘れそうになる。なんにせよここでおっぱじめたら魔王の家は跡形も残らないだろうから移動する必要があるな。


「ここで戦ったら魔王さんの家を壊してしまうだろうから少し移動させてもらいます」


「……へ?」


 さっきまでそれはそれは楽しそうに俺を煽っていた魔王の顔が間抜け面になった。おかしなことを言っただろうか、施設から出たことが無かったから世間の常識には自信がない。


「適当に10分くらい歩くからついてきてください」


「あ、うん、そうね、お気遣いどうもありがとう……」


 そういって俺の横に並んで歩きだす。


「ねえねえ、勇者君は何歳なの?」


 黙って歩いてたら気まずいかな、なんて心配してたら向こうから話しかけてきた。


「16歳です」


「へぇ~やっぱり若いんだねぇ、私はなんと435歳!驚いた?」


 魔王が一度も変わることなく生き続けていることは知っていたが、改めて聞くととんでもない年齢だな。


「滅茶苦茶おばあちゃんじゃないですか」


「ふん!さっきの仕返しのつもりでしょ。私ぐらいにもなるとそんなの効かないからね。むしろめっちゃおばあちゃんなのにピチピチですごいでしょ?って感じだからね」


 いやまあ、確かに十代って言われても信じちゃいそうな容姿ではあるが……。仕返しのつもりが狙い通りの言葉を返してしまったようで悔しい。


「俺は年齢で威張るような年寄りにはなりたくないですね」


「え~別に威張ってなかったでしょ?じゃあ勇者君はどんな年寄りになりたいの?」


 どんな年寄り……。考えたこともなかった。今日魔王と戦って、その後のことなんて。


「考えたことないです」


「じゃあ将来やりたいことは?」


「……それも考えたことないです」


「夢がないなあ。うーん、じゃあ好きなこととか?」


 好きなことか、戦うことは好きかといわれると全然そんなこともないし……。


「料理と洗濯……とか?」


「洗濯が趣味は特殊すぎない!?友達と遊んだりとかしないの!?」


「ずっと戦いの訓練漬けで、外出も許可されてなくて友達は出来たことないです」


「あぁ~……そういうことね。勇者君がどんな暮らしをしてたのか大体想像できた。」


「俺の暮らしですか?」


「よし!ここまで来れば十分でしょ!」


 さっきまでよりいくらか真剣な顔つきで魔王がこちらを振り返る。とうとうこの時が来たんだ。覚悟を決めねば。


「魔王さん個人に恨みはないし、戦争がどうなろうが俺としては知ったこっちゃないですけど、生まれた時からあなたを殺すことだけを考えて生きてきました。勝負を受けてもらいます」


「戦争?まったく適当な嘘で子供をだまして……。というか生まれた時から私のことだけ考えてくれてるんだ?照れちゃうじゃん」


 完全にナメられているな。俺は背中の剣の柄を握り構えをとる。


「行くぞ!」


「しょうがない、満足するまでかかっておいで!」


 魔王がそう言って構えをとったのを確認し、俺は鞘から剣を抜き魔王目掛けて突っ込む。 

























「勝てるかァーーーーーー!!!!!!」


「うわっ、急に叫ぶじゃん」


「勝つとか負けるとか以前の問題だ!お話になってない!遊ばれてるだけだ!」


「いやそんなことないって!全然強かったよ勇者君!私戦ってケガとかしたの初めてだもん!」


 そこら中に転がされまくって、体中泥だらけにはなっているものの、大した怪我も無いまま俺は絶対に勝てないことを悟っていた。俺は全力で挑み続けたが、小さい子供でもあやすように対処された。


「おちょくってるんですか!俺の人生を賭けた一戦はあんたの指先に絆創膏貼るまでも無いようなキズをつけただけで!ケガなんてしたの初めて~すごいすごい~!って慰められて!そんなのあるかよ!」


「いやほんとほんと!料理してるときに包丁で切っちゃうとかはあるけどさ、攻撃されてケガさせられたのなんて初めてだって!今まで戦った誰よりも強かったよ!多分私以外の誰よりも強いって!」


「俺の強さは料理包丁以下だって言うんですか!戦ってる最中にも試すような真似ばっかして!こっちは必死に戦ってるのにアドバイスに世間話までしてきて!」


「いや~それは何と言いますか……勇者君が思ってたより強かったから楽しくなっちゃって……怒ってるけど勇者君だって戦いながら受け答えしてくれてたじゃん!宇宙人に会ったことあるって教えてくれたじゃん!」


「話しかけられたら答えるのは当たり前でしょうが!」


「うーん律儀!偉い!」


 施設じゃ最高傑作だなんて言われてたが、結局魔王と戦ってみればこのザマだ。俺の全身全霊が魔王につけた傷は指先をほんの少し裂いただけで、冬場のささくれ以下のダメージだ。

 対して魔王は舐めプにアドバイスと世間話を添えて、俺が怪我しないように、優しく優しく力の差をわからせてきた。


 気づいてないフリしてただけで、わかってはいた。何百年も無敗の魔王に俺が勝てるわけもないことは。


「すいません……あまりにも手も足も出なかったのが情けなくてやつあたりしました。俺の負けです、殺してください」


「ん?いやいや、殺すわけないじゃん」


「え?」


「だって勇者君、私のこと全然殺す気なんてなかったじゃん」


「いやいや、あなたからしたら俺なんて弱すぎて真面目にやってるようには見えなかったかもしれないですけど、俺は本気で殺すつもりでやってたんですよ!ちゃんと殺し合いのつもりでやってたんです!」


「いーや全然殺すつもりなんて無かったね。勇者君の攻撃は全部、やめて~こわいよ~傷つけたくないよ~殺したくないよ~って声が聞こえるくらい優しい攻撃だったよ」


「だからそれはあなたが強すぎるからそう感じるだけでしょうよ!俺は全力でやってましたよ!」


「強い弱いの問題じゃないよ。そもそも呼び鈴でわざわざ呼び出したり、家を壊さないように気を使ったり、移動中とか戦ってる最中もふつうに会話したり、どう考えても殺すつもりの相手にすることじゃないでしょ」


 最悪だ。16年この日のためだけに生きてきたのに、俺は魔王を殺す覚悟すら決まっていなかったのか。しかもそれを魔王本人に指摘されて……。それでようやく気づいて……。


「そんな優しい勇者君に判決を下します!」


「……はんけつ?」


「半分のお尻じゃないからね、裁きを下す方だから」


「わかってますよ!」


 判決ってどういうことだ。俺にその覚悟が無かったんだとしても、殺し合いをしていたんだ。


「罪状はねー……。私のことを魔王って呼んだことが罪です」


「……え?」


「私の名前はユウカ!名前で呼んでね。勇者君の名前は?」

 

 いきなりなんだ?俺の名前?なんのために?


「……六十六です」


「うわっ、なんて無機質な名前!ろくじゅうろく……うーん、ろく、くろ、よし!今日から勇者君の名前はクロね!」


「くろ?……えぇ?」


「それじゃあ判決を下します!刑期は一生!クロにはこれから私と一緒に暮らしてもらいます!」


 そう言われてこれまで感じたことのない感情が全身を巡っていく。なんでそうなるのか全く意味がわからない、そもそも相手は殺さなきゃならない相手だ。死なずに済みそうで安心した?そうじゃない。施設に居る時だっていつ死んでもいいと思っていた。

 多分嬉しいんだ。まだ出会って数十分の愉快な魔王に一緒に暮らせだなんて言われて。




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