再(さい) (仮)

A=I

第1話 告白(1)

都心の喧騒から少し離れた静かな通りにひっそりと建つ喫茶店「さい」。外観は特別目立つことなく、通り過ぎる人々の目にはほとんど留まらない。しかし、店の扉を開けると、そこにはどこか懐かしい空気が漂い、訪れる者を温かく包み込む。木製のテーブルや柔らかな照明が、時間を忘れさせるような落ち着いた雰囲気を作り出している。


店内のカウンターにいるのは店主の時乃守ときのまもる。彼はただ静かに目の前のカップを拭いている。店には客もなく、ただ店の前を通り過ぎる人々を静かに見守るその姿は、何かを待っているようにも見えた。


ある日、薄曇りの午後、青年が店に入ってきた。初めて店に足を運んだ彼は、何かに引き寄せられるようにして席に座る。青年は、不安げな表情を浮かべ、しばらく店内を見渡していたが、やがてその目は決意を固めたように店主の目を捉える。


「すみません、少しお聞きしたいことが…」


時乃は穏やかな笑みを浮かべ、青年を見つめながらゆっくりと答える。


「どうかなさいましたか。」


青年は少し躊躇しながらも、意を決して言葉を続けた。


「過去を変えることができるんですよね…」


青年は深呼吸をし、再び口を開く。


「…好きな奴がいたんですよ。でも、他の奴に先越されちゃって…。なんで早く告白しなかっただろうって、ずっと考えてたんですよ。」


時乃はほんの少しだけ眉をひそめた。


「もし本当に過去に戻れるとしたら、どうしたいですか?」


青年は一瞬言葉を失い、時乃の瞳を見つめたまま、静かに問いを受け止めた。


「本当に過去に戻れたら、何かを変えることができると言ったら、どうしますか?」


青年は目を閉じ、心の奥で揺れる思いを整理するように考え込んだ。そして、深く息を吸い込み、静かに目を開ける。


「…やり直したいです。」


青年の言葉に、時乃は無言で頷いた。そして、店のカウンターに置かれた古びたコーヒーポットに手を伸ばし、静かにコーヒーを淹れ始めた。その動作は無駄のないもので、まるで時間が一瞬にして止まったかのように、店内の空気が穏やかに流れていく。


やがて、時乃は淹れたてのコーヒーを青年の前に置き、静かに目を合わせた。


「どうぞ」


彼は微笑みながら、コーヒーを青年の前に置いた。湯気が立ち上るそのカップから、深い香りが漂う。


「これを飲み干すことで、過去を変えることができます。ただし、代償が伴います。」


その言葉に青年の表情が一瞬曇る。


「代償…ですか?」


「はい。」時乃はゆっくりと答えた。


「過去を変えた瞬間、その選択によって現在が歪んでしまう。その歪みによって、何か大切なものを失うことになります。」


「失うもの、とは…?」


時乃は穏やかな笑みを浮かべながら言った。


「それは誰にも分かりません。ただ、過去を変えてしまえば、もうここに来ることはできません。この店の場所も、あなたの記憶から消えてしまうのです。」


青年はじっと考え込み、しばらくの沈黙が続いた。店内には静かな空気が流れ、時乃は言葉を続ける。


「それでも、過去を変えたいと思うのなら、そのコーヒーをどうぞ。」


青年はコーヒーを見つめ、静かに深呼吸をし、目を閉じる。


やがて、彼はゆっくりと目を開け、決意を固めた。


「やり直すために必要なら…」


時乃はその言葉に少し笑みを浮かべ、静かに青年を見守る。青年は、目の前のコーヒーをしっかりと見つめ、ゆっくりとカップを持ち上げた。そして、一口一口、慎重にコーヒーを飲み干す。


「それでは、行ってらっしゃいませ。」


時乃の穏やかな言葉が響いた瞬間、青年の意識はゆっくりと遠くへと引き寄せられ、次第に目の前の景色が霞んでいく。やがて、すべてが静寂に包まれる中、彼の存在はどこか別の場所へと消えていった。


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