第14話 ゴブリンに心なんてない

「やーっと着いたー!!」


「ふぅー、何とかここまで来れたな」


 俺達はどうにか軍勢による包囲網を突破することに成功した。


「さっきの、楽しかったね!」


「……そりゃ良かった」


(俺は楽しむどころか危うくお陀仏になるところだったんだけどな)


 途中から同士討ちなど度外視で、矢と魔法の雨あられが降り注いできた時は流石に焦った。


 しかも、近くのゴブリン達は逃げ出すどころか、死なば諸共精神でより死に物狂いで道を阻んでくるもんだから、俺は冷や汗ダラダラだった。


 もし、ユーナが暴走列車が如く、正面、進路上に立ち塞がるゴブリン達の悉くをはね飛ばして進んでくれなかったら、スペース的に避けきれず、俺は蜂の巣か黒焦げになっていたことだろう。


 そんな状況すら、ユーナはまるで遊園地のアトラクション感覚で楽しんでいるのだから恐れ入る。


(俺なんて頭と尻に矢が刺さるわ、飛んでくる火球が掠ってあちこち軽い火傷だらけだわで、もうストレスがヤバい)


 矢傷も火傷もポーションですぐに治ったからいいものの、もし降ってきたのが毒矢や高位の魔法だったらと思うと正直ゾッとする。


 元気な時はそれすら物ともしないであろう規格外のユーナはともかくとして、俺は避けないと死ぬ。


 今回だって直撃してたら終わっていた。

 それくらい苛烈な戦場だった。


「……ホウ、ヨク、ココマデコレタ、ナ。 エサ、ト、メス。

 ミセモノ、トシテハ、オモシロカッタ、ゾ」


(――!? アイツ、人の言葉を話せるのか!)


 玉座に座る者が俺達こちらを見下しながらカタコトの人語で話しかけてきた。


 発音は歪、声もダミ声、言葉の節々からも蔑む意図しか感じられない耳障りな発言。

 だというのに、不思議と聞き入ってしまいそうな何かがある。


「……アンタの同族おなかまが沢山死んだってのに見世物扱いとはね。 随分と冷めた王様じゃないの? 普通は怒り狂うと思うんだが?」


「コノ、ワレガ、イカル……?

 ――ハッ。 エサノナカデモ、オマエハイチバンオロカダナ。

 ワレ、イガイノ、モノ、ナド、タダノニク、ダ。

 コマトシテ、ツカイ、へレバ、フヤセバイイ、ダケ、ダロウ」


 冷酷な王はそれをさも当たり前のことのように言っている。


「…………もう一つ聞きたいんだが、アンタ、元人間だったりする?」


 この状況でわざわざ魂心鏡ソウルミラーを取り出して確認する余裕はない。


 だったら直接聞いてみる方が良い。

 一パーセントでもアレが元人間だったという可能性を残したくはないのだから。


「オマエ、メダマ、モ、ノウミソ、モ、クサッテ、イル、ヨウダナ。 エサ、ノ、カチ、モ、ナイ」


「――良かった。 安心したよ」


「ナニ……?」


 予想外の反応だったのか、偽りの王ゴブリンは怪訝な表情に変わった。


「いやー、これでもし、アンタが元人間だったり、ゴブリンにとっては良い王様で、ここに来て急に仲間思いの一面とか見せられでもしたら、ほんの少し、やりにくくなるところだったからさ……。

 だから、アンタが一片の良心もない外道であってくれて本当に助かったよ。

 ――これで何の憂いも無く、お前という只の魔物を駆除できる」


 人として生きた経験がないというのに、人の言葉を完全に理解して話せるということは、人を喰ったからなのか、はたまた別の要因があったからなのかは知らないが、相当な知能をアイツは持っている。


 それこそ、ごく一部の魔物や魔族のように理性こころすら獲得している可能性すらあったくらいだ。


 だから、あれだけ悪辣な顔をしていようと俺はアイツが言葉を発した時点でどこか気になってしまっていた。


 もしアレが心を持つ存在であったのなら、種族による倫理観、価値観が違うだけで、人の立場からは悪であっても、それは国同士の戦争と同じく、本質的な善悪は存在せず、俺のモチベーションに若干響いただろう。


 ――だが、あれは只の魔物だ。 理性こころなんてものはどこにもなく、本能よくぼうのままに動く小鬼ゴブリン


 いくら人のように話そうと、オウサマのように振る舞おうと。所詮は猿真似。

 思いやりもなく、思いやる必要もない悪鬼に過ぎない。


 それも人にも自然にも害でしかないゴミの中のゴミなのだから、今すぐ殺したい殺し…………――!


(――おっと!? ……まだ予知夢の影響が抜けきってないな……フランの感情が混じってる)


 そのせいでさっきからあの顔に殺意が湧いて仕方ない。


 そんな今すぐにでも飛びかかりたい衝動を抑え、俺は冷静さを保つ。


「まったく、トーヤは色々と考えすぎ!

 ――あれは人を傷つけるモノ。 あれは災厄を振り撒くモノ。

 あれには悪意と本能しか無いんだから!」


「そういえば、そういうの分かるって言ってたな」


「そりゃあもう、人類を守護してきた女神ですから!」


 この世界ココとは違う世界で、の話だと俺は聞いているのだが、その感覚センサーははたしてこの世界の魔物相手にも正確なんだろうかと思わなくもない。


「ナニヲゴチャゴチャト・・・モウイイ! ココマデキタホウビトシテ、ワレガジキジキニ、ソノ、ニクヲクライ、メスヲツカッテヤル、ツモりダッタガ、ソレモ、ヤメダ!

 グラル! ゾルバ! コイツラ、ヲ、コロセ――!!」


 顔を顰め、大層ご立腹の様子で命を下す王様。


 そして、その命令に応じて動き出したのは予想通りの二体だった。


「オウサマ、オレ、ハラヘッタ。 コロシタラ、コイツ、クッテイイカ?」


 戦士風の大男……ならぬ大ゴブリンが、その巨大な大斧を片手にドシンドシンと大地を震わせながら俺達の前へと歩み出た。


「カマワン! コロシタラ、スキナダケ、クエ」


「ヤッタ! コイツノ、ノウミソ、トテモ、ウマソウ二、ミエタンダ!

 ア、アト、オウサマ! ツカワナイ、ナラ、コノメス、オレ二、クレ!」


 俺達に無防備な背を晒すのもお構いなく、振り返った戦士ゴブリンが王へと要求を叫んでいる。


 王が眉を顰め、その口を開く寸前に、戦士ゴブリンを咎める声が響いた。


「――グラルッ! ナニヲ、イッテイル! オウノメイレイ、ハ、コノモノラ、ヲ、コロス、コトダ!

 ソノ、フケイ、トウテイ、ユルサレル、モノ、デハナイ! コノモノラノ、ツギハ、キサマ、ヲ、コロシテ、ヤル! カクゴ、シロ!」


「ヤレルモノ、ナラ、ヤッテ、ミロ! オマエ、ウルサイ! イイカゲン、シネ!」


 戦士ゴブリンをグラルと呼び、詰め寄ったもう一体の大ゴブリン。


 その全身を鎧で包んだ騎士風のゴブリンの名は、消去法的に、ゾルバなのだろう。


 兜で顔は見えないが、凄い剣幕と殺気を戦士ゴブリンへ放っているのは一目瞭然だ。


「――――キサマラ! イツマデ、ワレヲ、マタセル、キ、ダ! ――ハヤク、ヤレ!!」


 徐々に言い合いがヒートアップしていく二体のゴブリンが、もはや俺達そっちのけ殺し合いを始めそうなくらい、一触即発の様相を呈し始めた時だった。


 王は苛立ちを隠しきれていない様子で声を荒げたのは。


 その視線と声にビクンと体を震わせた二体は、すぐさま王に向かって頭を下げると、俺達に向き直り、戦闘態勢を取った。


「もうお喋りはお仕舞いか? こっちとしては暫く続けてもらっても良いんだが?」


(ヤツらが話している間、周囲のゴブリンが遠巻きに見ているだけで襲ってこないから、ポーションとエーテルを飲んで、体力と魔力の回復が出来たのはラッキーだったな)


 ユーナも気休め程度には回復したっぽいし、力も消費していないため、俺としては本当に続けてくれると助かる状況と言える。


「えー、私はヤダ。 だって、そんなの見てても退屈じゃん!

 それに、私、早く帰ってアイス食べたーい!」


「……だ、そうだ。 悪いがさっきのは無し。 とっとと掛かって来てくれ」


 俺はありったけキザに挑発した。


 ついでとばかりに、クイクイと右手で二体に向かって手招きもしてみたり・・・。


「「――――っ! コロスッ・・・!!」」


 二体の大ゴブリンは予想以上の食いつきのようだ。


 怒りで視野が狭くなってくれた方が勝率が跳ね上がるから正直とても助かる。


(というか、カッコつけたは良いけど、これホントに勝てるのか……?)


 三メートルもの巨体をいざ目の前で見上げてみると……自信が揺らぎそうになる。


 なんせマッスルゴブリンですら結構強かったというのに、それよりも大きく、装備もバッチリのジョブ持ち、が二体である。


 以前の俺なら分が悪すぎて逃げていたことだろう。


(……だけど、今の俺なら、俺達なら、――きっと倒せる! というか意地でも倒す!!)


「――さあ、タッグマッチと行こうじゃねえか!

 ユーナ、さっき話した作戦通りにやるぞ!」


「あいあいさー! 私達の仲良しパワー、ゴブリン達に見せつけちゃお!」


 俺達の身長よりも遙かに大きい大斧と長剣が同時に振り下ろされた。


 それが開幕の合図となり、左右にそれぞれ跳んで避けた俺達は、戦士と騎士、二体のジョブ持ち大ゴブリンとの戦闘を開始するのだった――。

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