第5話 ここは俺に任せてお前達は先に行け!

「あははー、バレちった!」


「バレちった、じゃない! そりゃあんだけデカい音立てたらバレるわ!」


 音を聞きつけ大急ぎで向かった場所で無事にフランが所属するパーティメンバーの二人を引き連れたユーナと合流出来た。

 それ自体は良い。 良いんだが、状況は最悪。


 なんせ俺達は今、洞窟内の開けた空間で武装したゴブリンの集団に包囲されかかっている。

 今はユーナと二人掛かりで迫り来るゴブリン共の相手をしているが、このままだと完成した包囲網に呑み込まれることだろう。 そうなったら俺とユーナはまだしも新人達の身が危ない。


「だってしょうがないんだもん。 曲がり角でばったり出会しちゃって、それで……」


「思い切り蹴り飛ばしちゃったと……。

 ユーナさん、加減ってご存じ?」


「しましたー! 加減しましたー! これでもした方ですぅー!」


「ゴブリン三匹をあんだけ見事に壁に突き刺しておいて?」


 そう、駆けつけた場所はちょうど死角の多い曲がり角で、不意の遭遇の結果らしき光景が広がっていたのである。


 それは上半身が丸々壁に埋まり、時折ピクピク震える緑色の下半身がだらんと壁から突き出ている異様な有様となったゴブリン……が、三体とも綺麗に横並びで突き刺さっている光景だった。


 なんともシュール過ぎて心配していた気持ちは即座に吹き飛んだくらいだ。

 まさかリアルにギャグ漫画みたいな光景を見るなんてな……。


「私の本気、知ってるでしょ? 原型も留めてたし、洞窟も崩れてない。 正にカンッぺキな手加減だと思わない?」


 思いません……と、言いたい所ではあるけども、洞窟に入る前に念入りに頼んでおいた事は守ってくれたらしい。


 もしフルパワーで蹴っていたら洞窟が崩落して今頃みんな揃って生き埋めとなっていたに違いない。

 それくらいの膂力が彼女にはある。


「……そうだな。 次はそこに静かさも足してくれると心底助かる」


「分かった! で、どうする? このゴブリン達、私が全部やっちゃおっか?」


「それは無しで頼む。 まだペース配分や力加減、慣れてないだろ?

 もしここでユーナがガス欠になったら要救助者が一人増えて、俺一人で五人を守りながら逃げる羽目になる」


 ユーナは本気を出せば半端なく強い反面、燃費が終わっている。


 ――ざっくり3分。 それがユーナが本気で戦える時間だ。


 その時間を超えるとスタミナ切れでぐったり倒れ、自分では立つことも歩くことも出来ない状態になる。 ただ話すことは全然問題ないらしく、全力の賑やかし要員と化すので誠に勘弁して欲しい状態だ。


 力を抑えて戦えば、抑えた分だけある程度、制限時間は延びはするものの、長期戦だけはどう足掻いても無理っぽい。


 故に、まだ洞窟すら脱出出来ていない現状でバタンキューになるのだけは絶対に避けたい。 ホントに。


「俺達も戦います! お二人の足手纏いにはなりません。 なぁ、みんな!」


 勇ましく声を上げ、奮い立つままに今にもゴブリンの集団に飛び込んでいきそうなのは、フランが属するニューレジェンドというパーティのリーダー、――カイン。


 剣と盾を構える様は典型的な壁役の剣士のそれだ。 模範的な姿勢を取っていることからも相手が普通のゴブリンなら問題なく戦えただろう。

 

「本音を言うと僕は避けたいんだけどね~。 一度はボコボコに負けたわけだしさ。 でも、リーダーがやる気だってんなら付き合うよ」


 中性的な半獣人の少年、いわゆるケモミミショタと呼ばれそうな容姿をしている彼はルイ。


 乗り気じゃなそうに見せてはいるものの、カインをカバー出来る位置取りをキープしている。

 その軽快な足運びと短剣を構える姿は義賊シーフ斥候スカウトを思わせる。


「助けてもらったんです。 少しは役に立って見せます! それに私は魔法使い。 杖が無くたってちょっとは魔法を使えます!」


 そう言ってフランは魔法の詠唱と構築に入るも、すぐに難航し始めた。


 杖や魔導書の補助無しに魔法を使うのはそれなりに修練と才能が必要だから土壇場で出来る人はよっぽどの天才かエルフ、魔族、魔女くらいなものだ。 後、妖精や精霊もか。

 ともかく人の身ではとても難しい。


「ゴブリンには悉く眠って頂きます。 たとえこの身が道半ばで散ろうとも一匹でも多く道連れにしてみせますよ。 ふふ」


 薄ら寒さを覚える笑顔でメイスをブンブン振っているシエラ穣。


(そのやる気と気持ちはありがたいんだけどな……)


 まさに四者四様といった反応を見せる新米冒険者パーティの四人。


 倒したゴブリンから得た戦利品で何とか武器だけは賄ったが、それでも心許ないと言わざるを得ない


 何故なら見るからに疲労困憊だ。

 傷は回復しているとはいえポーションや回復魔法は万能ではない。 単純な肉体的疲労ならまだしも緊張やストレスから来る精神的な疲労は気休め程度しか癒やしてくれないのだ。


 顔、声、息遣い、姿勢、そのどれからも大きく疲れが見て取れる彼らは、やる気には満ち溢れていても普段通りの動きは到底不可能だろう。


 そして、防具は無い!


 武器は何とか見繕う事は出来ても、防具の場合は大きさ、形状、重さ、損傷具合の問題が付きまとう。

 ハイゴブリンの体格なら背丈的にもワンチャンあるかと思ったが駄目でした……。


 だからもう、ぶっちゃけて言うと、戦力外である。


(ただそんな状況でも戦おうとする彼らのガッツを俺は尊敬する。 その勇敢さこそ冒険者の才なんだろうな。 だから、こんな所で死んでほしくはない)


 ――ならば、俺が言う台詞、俺がすべき事は決まっている!


「――――ここは俺に任せてお前達は先に行け!」


 俺はここぞとばかりに、そう高らかと宣言した!


(ふぅー、これは最高に決まった! 間違いない。

 こういうベストなタイミングを見逃さず、人生で一度は言ってみたいカッコいい台詞を言っていく。 それが今の俺の生き甲斐だからな。 この台詞は最近のお気に入り中のお気に入りだから言えて良かったぜ)


 ユーナからジトーっとした目で見られてるが俺は気にしない。


「ふーん。 それで私はこの子達を連れて洞窟を出れば良いの?」


「ああ、頼む。 俺もそれなりに時間を稼いだら追いついて殿しんがりにつく。 後、お願いだから力の加減をして戦闘は最小限に留めてくれよ」


「もぉー、分かってるってばー」


(ホントか!? 本当に分かってくれてるのか!?)


 滅茶苦茶フラグな気がしてるのは俺だけだろうか?


 どんな事でもドーンとやってバーンとすれば全部丸っと解決すると思う! ……なんてこの前にドヤ顔で言っていたのを知っている身からすると……不安だ。


「死ぬ気ですか? 一人でこの数を相手にするのはどう考えても自殺行為です。 それに負けておいて、いや、負けたからこそ言うのですが、ここのゴブリン達、おかしいです。 今まで出会ったどのゴブリンよりも手強く、ずる賢いんです。 だから残るなら俺も!」


 ゴブリンの攻撃を何とか盾で防いでいるカインがそう言って食い気味で身を乗り出してきた。


 ゴブリンがおかしいのはもう知っているし、危険なのも言われずとも分かっている。


 ただ引っかかるのは、彼の残ると言った発言が純粋な善意や自己犠牲というより……。


「カイン、いい加減にして! あなたが今回のことで責任を感じてるのは分かる。 でもだからって死ぬつもりで残るなんて言わないで! そんなの償いになんてならない」


 失敗続きで魔法による援護を諦めたフランが戦う俺を横目に見ると、カインに向けて力強く言葉を放っていた。


「だけど俺は!」


「話は街に戻ってから! 今はトーヤさんを信じてここから出よ。 第一、私達が居たら邪魔になる」


 ですよね? と言わんばかりにこちらを見られても……。 そうです、邪魔です、とは流石に言えないんだが。


「クソッ! 俺はなんて無力なんだ!」


 話、終わったよな。 そろそろ行ってほしいんだけど……。


 今もゴブリン達が奥からゾロゾロ湧いてきて流石にヤバい。 その上、さっきから矢や魔法などの遠距離攻撃を扱うゴブリンも増えてきて、四人に攻撃が行かないよう相手するのもしんどくなってきた。

 

「さ、行った行った!」


「…………ありがとうございます」

「あざっす先輩。 また後で-」

「絶対に追いついてきてくださいね! 私、信じていますから!」

「お願いします。 どうか私の代わりにゴブリンをぶっこr、地獄に送り届けてください。 信じていますので」


 なんかさっきから一人だけおかしくない? ゴブリン絶対殺すウーマン居る気がする。


「しゅっ、ぱーつ!! ほら四人とも、私に着いてきて」


 ユーナは邪魔なゴブリン数体を両腕で払い飛ばしながらズンズンと出口へ向かって突き進んでいった。 四人もぴったり後に続いている。


 それを見て数体のゴブリンが後を追おうと動いたが俺はすかさず阻んだ。


「悪いがここから先は立ち入り禁止だ。

 それでも通るつもりなら、この俺を倒してから行くんだな」


 俺は脇を通り抜けようとした一体を切り伏せ、なるだけクールに言い放った。


 せっかく、ここは俺に任せてするお前達は先に行け、を言ったんだ。

 組み合わせてカッコいい台詞はちゃんと言っとかないとな。 前回は言いそびれちゃったし。


 後、念のためこれも言っておこう。

 別にカッコいい台詞とかではないけど個人的には大事な確認だからな。


「もしこの中で人類の転生者、もしくは理性を獲得した者が居るなら今すぐ去ってくれ。 さもなくば死んでも関知しない」


 …… ……立ち去る者は誰一人として居ない。


「よし、じゃあやるか! 悪いけど俺の練習台になってもらう」


 俺は鞘からもう一本のダガーを引き抜き、両手にそれぞれ構え、腰を低くして気合いを入れ直した。


 さて、今の俺ならどれくらいやれるんだろ?


 正直な所、不安や恐怖が無いわけでもないが、ちょっとばかしワクワクの方が勝っている。


 俺は単独での対複数戦の経験が浅い。

 しかも、これだけの数相手は逃げたことはあっても正面切って戦ったことは全くなかった。


 だからこそ気になる。 自分自身がどのくらい強くなったのか。

 それに試したいことも割とあったりする。


(といっても魔法使いは厄介だから先に倒しておかないとな)


 特に黒魔法士っぽいぶかぶかのローブを着たあのゴブリン、さしずめゴブリンメイジと呼ぶべきか。

 魔物の魔法使いは最初に殺れとは冒険者の常識。 魔法を使われる前に確実に倒す!


「求めるは弾丸、生み出すは炎! 焼き貫け! ――炎弾ファイアバレッド!!」


 右手の薬指と小指を折り曲げ、手で銃の形を取る。銃口は人差し指と中指の先端。 二本の指先に収束させた魔力をイメージによって魔法という形に組み替えていく。


 ――それは炎の弾丸、ファイアバレッド。 弾丸状に圧縮形成した魔力の炎が拳銃のように射出され、目標を貫くと同時に炎上させる。


 俺は跳躍し、射線を通してからそれを発射した。


「ヒット! おおー、よく燃えてるなぁー。 てっきり付与魔法エンチャントとかで耐魔法の防御が多少はされてると思ったんだが……見た目よりオンボロなのか、はたまた安物なのか……。 どちらにせよ問題な……い……?」


 真っ直ぐ飛んでいった炎の弾丸は狙い通りにゴブリンメイジに命中。 左目を貫かれ悶絶するゴブリンメイジは瞬く間に燃え広がる全身を水魔法で鎮火する余裕は無いらしい。


 だというのに、どこか引っかかる。


 洞窟が暗がりだったせいで分からなかったが、燃えて明るくなった際に俺は違和感を覚えた。 深刻な話ではない。 ただあのローブに見覚えが・・・。


 ――あっ! あれフランのローブだ。 ヤバ、どうしよ、燃やしちゃった。


「くそっ、ゴブリンめ! なんて酷い事を! うら若き乙女の服を着用し、あまつさ俺が燃やすよう誘導するなんて!」


 俺は服だけで無く闘志を燃え上がらせてゴブリンの集団に突撃した。

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