ここは俺に任せてお前達は先に行け! カウンター使いは今日も誰かのバッドエンドをはね返す

月を見上げる鹿

プロローグ マッスルゴブリンと伝説《うそ》を紡ぐモノ

第1話 運命を変える者

「嫌っ! 近付いて来ないで!」


 暗がりの中、囚われの少女は大声で叫んでいた。


 既に防具も武器も奪われ下着姿。 その上、首輪と手枷をはめられ満足に身動きも取れない。


「ゲヒヒ!!」


 そこにゆっくりと、鼻息を荒くした影が迫る。


 それは人間の子どもくらいの背丈、緑色の肌、尖った耳と鼻が特徴の異形にして、誰もが知り嫌悪する魔物。 ――小鬼ゴブリンだ。


「……これは夢……悪い夢。 私はきっと夢を見ているだけなんです」


 叫ぶ少女、赤い髪の少女の傍らには同じく囚われた少女が一人。

 その金髪の少女は涙を流しながら虚空を見つめ、うわごとを呟きながら座り込んでしまっている。


「「ゲヒ、ゲヒヒーッ!」」


 二人の少女に二匹のゴブリン。

 狭い独房の中で行われていた最初から敗北が確定した鬼ごっこが今、終わる。


 壁際に追い詰められた二人の少女をゴブリン達はその全身を舐め回すように見つめた。

 14、15歳という大人と子どもの間で揺れ動く年齢の健康で魅惑的な身体。 情欲をそそり、子を産むに適した母体。

 ヤツらの目にはそう映っていたのだろう。


 二匹のゴブリンはひとしきり観察を終えると、二チャリと口角をつり上げ、勿体ぶるように、そして相手にこれから行う行為を想像させるように、ゆっくりと確実に少女の胸へと魔の手を伸ばしていく。


「いやっ! 誰か助けて! イヤァァァァっ!!」


「…………」


 そのおぞましい光景を前に赤髪の少女は涙混じりに身をよじり、金髪の少女は虚ろな瞳で天を仰いだ。


 そう、捕まった少女達は絶望していた。


 ゴブリンがこれから行う行為の内容と、自分達に訪れる最悪の未来を想像して。


 その終わりハジマリが、ゴブリンの汚らしい緑の手が、今にも自分の胸に触れる寸前にまで差し迫ったのなら、それはもう、叫ばずにはいられない。 助けを願わずにはいられない。


 たとえ、誰も助けになんて現れないと知っていても。

 たとえ、叫んだところで意味が無いと分かっていても。


 こんな結末はあんまりだと世界に訴えかけるが如く。


 だとしても、だとしてもだ。 結果は変わらない。

 少女二人は理不尽に犯され、絶え間ない陵辱の果てにゴブリン達の苗床となり、もう二度と陽の光を浴びることもなく暗闇の中で無残な死を遂げる。


 それがこれから二人に待ち受ける抗いようのない運命バッドエンドである。


 ――だから俺、七尾ななお 燈八とうやは此処に来た。


(ふぅー、何とか間に合った)


 俺は音を立てずに牢の扉を開け、息も気配も殺して独房内に踏み入った。


(やっぱり夢で視た光景と同じだ。 間違いない)


 ドス黒い血が染みついた床、暗い室内、自由を奪う枷と鎖、そして最初を奪った醜悪なゴブリンが二匹。


 全てがそこで捕まっている赤髪の少女の目を通して視た光景、五感を通して感じた経験と一致する。


(ったく、あんな結末を視るのは俺だけで充分だっての!)


 部屋に充満する悪臭のせいか、はたまた今朝視た予知夢を思い出してか、吐き気が込み上げてくるが気合いで我慢。


 異世界こっちに来て三年、良くも悪くも予知夢との付き合い方にも、こういった状況にも慣れっこだ。


 初めは混乱したし、今でも苦労が絶えないのだが、それはそれ。


 こうして命懸けで厄介事に首を突っ込むなんて馬鹿のする事とも百も承知。

 それでも、誰かが悲惨な末路を辿ると知って放置するのはモヤモヤするし、第一カッコよくない。

 その上、予知夢の疑似体験の影響で胸糞悪い経験をさせてくれやがった魔物や悪党にも勝手ながら恨みと怒りが積もるんでな。


 ――それに何より、だ。


 絶対絶命のピンチに颯爽と駆けつけ窮地を救う、なんて最高にカッコいいシチュエーションは見逃せない。

 最高にカッコいい漢になるという俺の理想には絶対かかせない要素だ。


 だから俺はこうしていつも通りカッコ付けに来た。


(さて、こういうのは出だしの台詞と流れが肝心。 そこで格好良さの大半が決まると言っていい。 だから良さげな台詞を……よし! 思い付いた!)


 俺は最大限クールを気取って声を出す――。


「――おっと、お楽しみは無しだぜ、ゴブリン共。 その二人には指一本触れさせない」


(決まった! 我ながら良い感じに言えたと思う。

 ただ本番はこれからだ。 カッコよく、そしてスマートにやるとしよう)


 急に聞こえてきた声にピクリと体を震わせたゴブリンは、ピタリと腕を止めて振り向こうとする。


 されど、それが叶ったのは一匹だけ。


 何故ならもう一匹は既に硬い地面にキスをしておねんねしてるからだ。


 数秒前、一瞬で間合いを詰めた俺はゴブリンの頭部を右手で掴み、そのまま床に向かって叩きつけた。

 思いっきり顔面を強打したゴブリンはグギャッ、と短い悲鳴を残して静かになったままだ。


 ――まずは一匹。


「う、後ろっ!」

「知ってる」


 赤髪の少女の悲鳴染みた警告とほぼ同時にゴブリンは攻撃を仕掛けてきた。


 意外なことに逃げるでもなく、騒ぐでもない。

 静かに、だけど確実に俺の命を狙っての行動。 それも武器を持たない無手の状態のゴブリンが人を殺すのに最もよく使う方法で、だ。


 背後に迫る気配でそれをいち早く察知した俺は一匹目を倒した姿勢、片膝立ちのままカウンターのタイミングを見計らっていた。


 ――今!


 息を殺して背に忍び寄ってきたゴブリンが俺の首を絞めようと両手を前に突き出した瞬間、ガラ空きになった鳩尾に渾身の肘鉄を叩き込んだ。


 俺の肘は寸分違わず正確にゴブリンの鳩尾へとめり込んでいる。


 驚愕に目を見開いたゴブリンはそのまま俺の真横を掠めようにして前のめりに倒れた。


 ――これで二匹。


(よし、とりあえずの安全確保は完了っと。

 近くを見回りしていたヤツも片付けてあるし、ほんの少しだけ猶予を作れたはず。

 それにしても、今の、カッコよく倒せたんじゃないか? いくらゴブリン相手とはいえ、昔の俺ならこう上手くはやれなかったしな。 よっしゃ! 一歩前進!)


「……凄い。 素手であっという間に倒しちゃった」


 ああ、漏らすような賞賛の声がとても心地良い。


 赤髪の少女がキラキラと目を輝かせて俺を見つめてくるのも嬉しい限りだ。


「あの、名前を聞いても良いですか? 私はフランって言います! 冒険者です!」


 赤い髪と赤い瞳が目を引く中学生くらいの年齢の少女、フラン。 やはり、冒険者ギルドで聞いた情報とも一致する。 昨日、街道沿いのゴブリン討伐の依頼を受けて失踪した駆け出し冒険者パーティの一人に間違いない。

 まあ、最初から分かっていた事ではあるんだけど。 念には念というやつだ。


「俺は七尾 燈八。 俺も君と同じ冒険者だ。 安心してくれ、先輩として君達を助けに来た」


 俺は最大限のキメ顔でそう言った。


 こういうのは第一印象が大事だからな。

 強さと余裕を併せ持つ理想の先輩冒険者っぽく見えてる・・・と思いたい。


「やっぱり! 先日ギルドでお見掛けしました! トーヤさんってあのムラクモに所属してる方ですよね! 私、というよりウチのリーダーがムラクモの大ファンなんですよ」


「そ、そっか。 う、嬉しいなーホント」


「本当ですか! 初めてお話しするのがこんな状況でお恥ずかしい限りなんですけど、ムラクモの方に助けて頂いて私、嬉しいです。 私達のパーティはムラクモを目標にしてるので!」


 ……すいません。 そのパーティムラクモ、このまえ追放クビになりました。

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