第21話 彩葉がいなくても。
「はぁはぁ……、はっ……」
龍俊とメルファスは森を駆け抜けている。
背後には、よだれを垂れ流しながら追いかけてくる狼。その巨躯とは不似合いな足の速さだった。
メルファスは後ろを振り返った。
「ひいいい。龍俊っ。狼がすぐそこまできてるぅ」
龍俊は走りながら手元を見ている。
そこには、鈍い光を宿した青黒い剣が握られていた。その形状は三日月型でシミターに近い。
「彩葉たんっ。疲れると剣になるっすか?」
剣は返事をした。
「そうだ。ワタシはこの形態でサポートする。龍俊、お前の各スキルは使用可能だ。今後のために、あの狼は、お前たちだけで対処した方がいい」
「拙者、がんばるっすぅ。ところで、何をすれば……」
「それを自分で考えるのが訓練だ。ぐっどらっく」
「スパルタっす!!」
龍俊は鼻の下をのばした。
「ところで、今夜は花金っす。彩葉たん。アフターで、デートしないっすか? 夜景の見える部屋をとってあるっす」
後ろからメルファスの声が聞こえた。
「ちょっと、あんたたち。イチャつくのは後でやって。すぐそこまで狼が……。ひいっ」
彩葉は面倒くさそうに答えた。
「メルファスは女神。女神の唄を使えばいい。なぜ使わない」
メルファスの足はもつれ、今にも転びそうだ。
「そんなの、使いたくても使えないのよっ。わたし、学校では、転生実務を最優先で、現地スキルなんてほとんど履修していないの……唄の暗誦もできないし」
「……はぁ。おまえ、女神学校で何をしていた。暗誦もでにずに単位が取得できるわけがない。さては、カンニングか。枕営業か? ほんとダメ女神。ふぅ。仕方ない。お前には、これをやる」
すると、メルファスの目の前に一冊の本が落ちてきた。本には「女神の唄本(呪)」と書いてある。
メルファスは、かろうじてそれを拾い、息も絶え絶えで必死に本をめくった。
「はっ、はっ、はぁ、ひぃ。こ、これね。これ、見覚えがある……これはたしか、老いの唄……」
タイトルの呪という文字がやや気になるが、メルファスに他に選択肢はなかった。
メルファスは、空に何かの文字を描いた。
すると、空書された文字は、即座に赤黒い霧となって、メルファスの周りを回転しはじめた。
メルファスは口ずさむ。
「女神メルファスの名の下に、かの摂理を詠み返す……桜花、ちりかひくもれ、老ひらくの、来むといふなる、道まがふがに……」
メルファスが背後に気配を感じ振り返ると、狼が視界をふさいだ。いまにも獣の匂いがしてきそうな距離だ。
獣は牙を剥き、血走った目で、またたく間にメルファスに喰らいつくだろう。
「きゃあああ」
メルファスは、頭を押さえ身をかがめた。
直後、鈍い音が響いた。
メルファスは己のどこが食いちぎられたのか分からなかった。
メルファスが顔をあげると、龍俊がいた。
代わりにそこには、腕が落ちていた。
「きゃあああ。わたしの腕が」
「メルたん。それは拙者の腕っす。泣き叫ぶ前に、さっさと続きをするっす」
龍俊の上腕には狼が喰らい付いていた。
ちぎれた肘からは、噴水のように血が吹き出している。
「アンタ、またわたしを庇って……って、待ってて」
メルファスは、深呼吸をすると、狼に向かって掌をかざした。狼の周りに赤黒い五芒の陣が展開され、それがくるんと反転した。そして、そこから舞い上がった黒い桜吹雪が、無数の手のようになって、狼を掴む。
無数の手は、龍俊から狼を引き摺り落とした。
「ギャグググ」
狼は呻き声とも鳴き声ともつかぬ奇声を発しながら、場面に叩きつけられた。
狼は瞬く間に干からびていき、数秒後には屍になった。
龍俊は枯れ枝のようになった狼を見ながら、引きちぎられた腕を、傷跡に押し付けて言った。
「メルたん、それすごいっすね。ただの役立たずじゃなかったっす。でも、その唄は、拙者、どこかで聞いたことがあるっすけど……」
「え? そうなの?」
彩葉は言った。
「それは、ワタシがセレクトしたダメ女神用の歌集。
龍俊は答えた。
「なるほどっす。それで拙者も知ってたっすね!! メルたん教えてくれっす? どういう仕組みっすか?」
「し、しらないわよぉ……」
彩葉は舌打ちした。
「本当に無能な女神……。それは魑魅魍魎が跋扈した古き時代の先人たちの智慧。魔を祓い運命を祝う言葉の力。古の祓魔師は、その力を唄にして遺した。あえて誰の目にでも触れる形で。……まあ、今は、その真意は引き継がれず、途絶えてしまったが」
彩葉は少し逡巡すると、また話し始めた。
「それにしても和歌とは。やはり、メルファス、おまえのルーツは……。まあ、どちらにせよ……顕界していても女神ならば詠み返すことができる」
龍俊は首を傾げた。
「詠み返すって、どういう意味っすか?」
彩葉は答えた。
「その
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