第9話 おじさん、温泉を掘る。


 一行は、龍俊を先頭にして歩いている。


 前方には切り立った岸壁が続いていてる。遥か天空には、長い尾をたなびかせ、赤と紫のラインが入った美しい鳥が飛んでいる。


 龍俊は空を見上げて言った。


 「あの鳥、綺麗っす。なんて鳥っすか?」


 侯爵の言いつけでエルンも同行していた。


 「あれは、カリオス。ここカリスクライ王国の国鳥よ。ほら、国旗にもなってるじゃない。それにしても、なんでわたくしがこんな事を……」


 エルンは、ずっと文句を言っているが、龍俊は、そんなことお構いなしだ。


 「ほぉ。言われてみれば、どことなくキジっぽいっすね。ところで、エルンたん。アソコの調子はどうっすか?」


 エルンは真っ赤になった。


 「あそこ……、な、なんて破廉恥なっ!! 少しだけ見直していたのに、やっぱり、わたくしの見込み違いだったわ」


 「ひょほっ。まぁ、経過が悪くないのならいいっす。早くなおして、エルンたんの本当の匂いを嗅がせて欲しいっす!! 処女は良い匂いっすからね。侯爵令嬢の本気の体臭……楽しみすぎて夜も寝れないっす」


 メルファスが割って入った。


 「し、処女って、そんなこと匂いで分かるわけないでしょ!!」


 龍俊は両手を逆ハの字の形にした。

 メルファスの横に行き、鼻をくんかくんかしている。


 メルファスは、思わず股間のあたりを両手で押さえた。


 「ち、ちょっとぉ。嗅がないでよっ!!」


 「メルたんは、あいかわらずのアホっすね。現にメルたんも処女っすよね? まぁ、夜の1人遊びで、無駄に熟れているようっすが……っと。あまりやりすぎると、色が変わっちゃうっすよ?」


 龍俊は怪しげなドリルをもっており、時々、誇らし気に天にかざしたりしている。


 その様子にメルファスは心配でしかたがない。


 「あんたと話してると、ほんと疲れるわ。それにしても、あんた。ほんとに大丈夫なんでしょうね……。もし温泉が出なかったら、わたしも大変なことになるんだけど」


 「これを見るっす!! 大丈夫っす!!」


 龍俊は針金を2本見せた。


 「なにそれ。何が大丈夫か理解不能なんですけれど」


 龍俊は鼻の穴を膨らませた。

 眉をさげ、憎らしい顔だ。


 「わからないっすか? メルたん、長生きしてるのに、相変わらずの無知っすね」


 龍俊は両手にストロー状の筒を持ち、そこにL字に曲げた針金を入れた。


 龍俊は得意気に続ける。


 「ダウジングっすよ」


 メルファスは、耳を疑った。


 「ダウジングぅ? そんなおみくじみたいなもんに、女神様の運命を委ねられないわよ……」


 龍俊はため息をついた。


 「メルたんは、ほんとエセっすね。女神がオミクジを否定してどうするっすか。何を持ってダウジングを偽物だと思うっすか?」


 「だって、その棒、結局は人間が動かしてるんでしょ? 直感? なんの科学的根拠もないじゃない」


 「根拠なんて、あってもなくてもいいっす。人間なんて宇宙の5%も理解してないっすよ? 逆に言えば、人間は世の中の95%を理解していないっす。そんな人が根拠がないなんて理由で物事を推し測るのって、それこそナンセンスだと思うっす」


 オジサンは無駄に理屈っぽかった。

 

 「それはそうなのだけれど……」


 「メルたんだって、神秘そのものじゃないっすか。……いや、夜は俗物そのものでしたっすね。プププッ」


 「あんた。ほんといい加減にしなさいよ。バチがあたるわよ!!」


 「メルたん。地上に堕ちちゃって、自分の方こそバチが当たってるでござるよ……? 当てられるなら、当ててみろっす。あひゃ」


 龍俊は尻を振っている。


 「コイツ、ほんとあり得ない。……そういえば、そのへんなドリルは何?」


 「これは、アースオーガっす。侯爵殿に頼んで職人さんに作ってもらったっす。この螺旋のドリルを使って、穴を掘るっす」


 「この前から思ってたけれど、あんたって意外に物知……」


 メルファスが言いかけると、龍俊に制止された。


 「しっ……ロッドが反応してるっす」


 「だから、そんな棒はなんのアテにも……」


 すると、龍俊のダウジングロッドは、メルファスの尻の方をむいた。


 「ふーむ。拙者じゃ有能すぎてダメっぽいっすね。メルたんがロッドを持つっす。仮にも女神だし、そろそろ役に立ってほしいっす」


 「それって、わたしが役立たずってこと?」


 「あひゃ……」


 「なにか言いなさいよ!!」


 「さて、今日の天気予報はどうっすかね……」


 龍俊はそう言うと、圏外のスマホを操作しはじめた。

 

 「むう……」


 メルファスは両頬を風船のように膨らませた。目には涙がたまっている。


 メルファスをあざ笑うかのように、ダウジングロッドが勢いよく動いた。


 龍俊は地面に触れて砂を摘んだ。


 「ふーむ……アースオーガを当ててみるっすか」


 龍俊がアースオーガで地表を掘ると、水が染み出してきた。龍俊は水面に指先で触れ、頷いている。


 メルファスは目をまん丸にした。


 「すご……。えーなんで? 超不思議なんですけれど」


 龍俊はメガネをあげた。


 「ふふっ。だから言ったでござろう。何千年も昔から、人間はダウジングで水脈を掘り当ててきてるっす。それは膨大な実績っす。原理不明でも、そんな便利な方法を使わない手はないっす、……しかし……」


 「何よ」


 龍俊は街の方を見ると、地図を開いた。


 「ここでは、街から遠すぎるでござるな。ふーむ。ここに水脈があるとしたら河川の位置からして……」


 「なによ。水が出たなら、あそこでいいじゃない」


 龍俊は人差し指を立て、小さく左右に振った。


 「街から遠すぎると、道中、危ないでござる。拙者は、老人や子供でも安心して入れる温泉を作りたいっす」


 「でも、地下水なんてどう繋がってるかわからないじゃない」


 「そうでござるが、傾向はあるでござるよ。大概は、湖や河川付近の幹から、木の枝のように分岐を繰り返し海に向かって流れてるっす」


 龍俊は街から数百メートルの位置に移動し、再度、アースオーガで地面を掘った。トライアンドエラーを何度か繰り返すと、水が湧き出てきた。


 水からは湯気がたっている。龍俊はそこに鼻を近づけるとクンクンとした。湯気を手で扇ぎながら言った。


 「ふむ……、40度近くあるでござるな。硫黄臭もないし、有毒ガスも大丈夫そうでござる。それにしても、メルたんにもらった超嗅覚は便利っす。遠くから匂いが分かるだけじゃなくて、成分嗅ぎ分けの精度が高いっす」


 龍俊はピースをすると、続けた。


 「これ、粒子が数個あれば検知できるっぽいっすね。メルたんの股を嗅ぐくらいしか使い道がないと思ってたっすけど、とんだ拾い物スキルっす!! メルたん、ありがとうっす!!」


 メルファスは、顎を少しあげ腕を組んだ。


 「う、うむ。神威に感謝せよ……」


 (それにしても、アイツにあげた超嗅覚って、実はすごいスキルだったの? わたし、残業続きで面倒くさくなって、ゴミスキルの断捨離ができると思って……。抱き合わせでコイツにスキルを4つもあげちゃったのだけれど。大丈夫……かな)


 メルファスは自分の心拍数が上がっているのを感じた。


 (他の3つも有用だったら……。人間に第七階梯スキルを4つも集めたことになっちゃう。第七階梯は勇者でも1つだけなのよ。それって、明らかに人間の領分を超えているじゃない。わたし、本気で女神をクビになりそうなのだけれど……)


 それは、女神が自らの手で、人外の悪魔を作り出してしまったかも知れないということを意味していた。メルファスは、おそるおそる龍俊に声をかけた。


 「ね、ねぇ。アンタ。転移してから、自分でコントロールできない感情とかない? たとえば、支配衝動とか破壊衝動とか」


 龍俊はメルファスのパンツを嗅いでいる。


 「破壊? ないっすよ。この世界は美少女が多いし、拷問官の話では、大陸のどこかには、モフモフ猫耳娘やエルフ娘もいるらしいっす。そんなムフフな世界を破壊する訳ないっすー!!」


 メルファスは安堵した。


 「……コイツがアホでよかったわ」


 


 

 


 


 

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