第29話 理想の果て The End of the Ideal
旧王城 マグヌ・ルプス
中は庁舎として改造されており、
事務室のようなものがいくつも区切られて存在している。
螺旋階段をかけ上っていくとあちこちに衛兵の遺体が散らばっていた。
人体を無理やり引きちぎったような跡
ワシントン あの白髪の大男の仕業だ。
帝国の資料によるとどうやら己の身体と無機物を自由に操る能力であり、
大地の反発を発生させて加速したり、自分の筋肉を限界まで伸展、収縮させることによるありえない筋力が特徴らしい。
他にも死体を操るなど何でもありの能力だ。
だがその全てに魔素エレメントが媒介している。
つまり魔素<エレメント>をすべて雷撃に変換するインドラ、
魔素<エレメント>を分散させ、己の元へと収束させるアシュヴァルの2つがあれば
原理的には無力化できる可能性が高い。
「貴様か」
屋上に着くとワシントンが1人で上裸のまま風に当たっていた。
だが左胸に巨大な火傷の跡がある。
帝国軍にはこいつの肉体を傷つけられる存在がいたのか、敵にならなくて良かったよ。
「年貢の納め時だな。
あんたらの野望はここで終わる。」
「ふん。少し強くなったところで
我が隷属<ヴァルサルス>の力の前に
何が出来る?」
ワシントンが黒いコートを羽織る。
「あんたを倒してこの戦いを終わらせる。」
ドッ!!!
ワシントンの足元の地面がめくり上がるように跳ねて俺に体当たりを仕掛けてくる。
だが今度は何をしたのか見える。
前回は実質この一撃で敗北したからな。
ヴィヴに頼んで動体視力のみを鍛える特訓を組んだおかげだ。
「アシュヴァル」
錫杖の鈴が鳴る。
それと同時にワシントンの加速がなくなる。
「ヴァジュラ」
インドラの雷撃がワシントンの心臓へと突き刺さる。
「止まらんぞっ」
俺はインドラの雷で強化した反射運動で転がってワシントンの体当たりを躱す。
ゴンッとワシントンが国旗を張っていた鉄の棒を凹ませる。
「つまらん
躱してばかりいては
ゴフッ」
ワシントンが吐血する。
「効くだろ。」
「馬鹿な、
その錫杖の力かっ」
ワシントンは回復の能力もあるらしく、
徐々に傷が塞がっていく。
「違うな。
これはインドラの力だ。」
インドラで再度、電撃を放つ。
ワシントンは電撃を軌道を予測出きるようになったらしく、
空中を走るようにして避ける。
「器用だな。」
インドラの電撃を直角に近い角度で曲げてワシントンの足に突き刺す。
「がっ」
インドラは共鳴状態なら交流と直流を切り替えれる。
ワシントンは物質の操作ができても電子の流れ自体の操作は苦手らしく、
交流に切り替えた瞬間に電子の流れを操作できずに直撃した。
ワシントンの動きが一瞬止まり、地面に落下する。
だがエスキートの恩恵で瞬時に回復していき、立ち上がる。
「アシュヴァル」
回復を妨害するようにアシュヴァルを鳴らす。
再度、ワシントンが膝を着き
「限界だな。」
「あぁ、
今があんたの寿命だ。」
俺はインドラの電撃を動きの止まったワシントンの頭部めがけて撃ち込む。
バチッツと確実に当たった。
だが油断出来ない、
一旦距離を取りインドラとアシュヴァルを構える。
転生者のエスキートは一見、不死のように思えるものばかりだ。
「距離を取ったな。小僧」
ワシントンが吐血しながら俺を見る。
その瞬時に
グラッと俺の視界が歪んだ。
そして一呼吸で息が苦しくなった。
(小僧、息を止めろ)
インドラとアシュヴァルが同時に叫ぶ。
俺は咄嗟に息を止めると苦しさ和らいでいく。
何の攻撃をされているのか、分かったが
酸欠で頭がぼーっとする。
(ちっ、身体を寄越せ)
バチッとインドラの雷が俺の首に突き刺さる。
そして俺の身体が飛び下がる。
「っはぁ」
思いっきり息を吸い込む。
「ちっ 邪魔をするな」
ワシントンが一気に加速し、俺からインドラを奪い取ろうと腕目掛けて掴みかかる。
それと同時にワシントンの全身に魔術紋が浮かび上がる。
「アシュヴァル」
アシュヴァルを鳴らしつつ、
インドラの電磁誘導でアシュヴァルを加速しワシントンの腕を叩き弾く。
俺とワシントンがほぼ同時に着地する。
「見ろ。力を抑えきれなくなった。もう限界だ。」
ワシントンが両腕を広げる。
すると全身にあった魔術紋が分解され、頭、腕、足へと収束されていく。
次の瞬間、ワシントンが急加速する。
「インドラ アシュヴァル
もう一度だ」
ワシントンは必ず自分の力を誇示するために真っ直ぐ突進してくる。
ヴァジュラの電撃を予め正面に放っておき、それと同時にアシュヴァルの鈴を鳴らしワシントンの魔素<エレメント>を散らす。
加速が一瞬遅くなり、ワシントンの顔面に雷撃が直撃する。
だがそのままアシュヴァルとワシントンのラリアットぶつかる。
俺は数メルほど吹き飛ばされた。
だが今度は直撃してない。
それでも口の中を切ったせいで血の味が少しするが。
アシュヴァルは共鳴状態に限り、硬化できるんだ。
ヴィヴとの特訓で斧をアシュヴァルで受けてしまった時にも折れなかったからな。
「ふぅ、
こうなった俺はもう止まらんぞ。」
「どうやら、あんたはその状態にならないと死ねないらしいな。
今までは心臓でも止めてたのか。
難儀なことだ。」
ほぼ限りなく生命活動を静止させていたのだろう。
今までワシントンの口元から息が出ていなかったが、今は確実に呼吸をしている。
つまり今なら頭か心臓を討ちぬけばこいつを確実に仕留めれる。
「ほざけ、
門から出てくる転生者どもの魔素<エレメント>も吸い尽くした最強形態だ。
今ならあの龍も殺せる。」
どうやら冗談でもないらしいな。
大気中のエレメントが一気に収束していくのが分かる。
今のアシュヴァルとインドラでは傷すらつけられないであろう力の奔流だ。
鳳と初めて対峙した時以上の危険を全身で感じる。
インドラの雷撃を放つ。
「遅いっ!!」
ワシントンが雷を手で握り潰す。
そしてアシュヴァルのエレメントを霧散させる量を遥かに上回るエレメントを収束させていく。
ジュウウウッツ
ワシントンの体表が完全に魔素に覆われ、
風も、立っている屋上の石畳全てが支配下におかれていく。
ワシントンの体表が青に染まっていき、金色の星模様がポツポツと現れる。
「ここまで戦った褒美に
死んだら壊れるまでこき使ってやる。」
ワシントンが再び突進する。
突進時に音速を超えたのか、それだけで耳が壊れるような音が鳴る。
インドラの体感時間の拡張がなければ知覚すら出来ない速さだ。
俺はアシュヴァルを軸にしてワシントンの突進をギリギリで飛んで避ける。
だが、ワシントンも同じく反応し、
今度はラリアットの体勢のまま切り返す。
触れれば確実に死ぬそれに
俺の左腕が掠め
バシュッツと俺の左腕上腕の肉が削げる。
「アシュヴァル」
俺の身体の大部分はこの世界の住人と違い魔素<エレメント>でできている、
末端ほど魔素<エレメント>の割合が高く
アシュヴァルが吸収したワシントンの魔素<エレメント>によって回復していく
「貴様も転生者だったな。
ならばなぜ欲望に正直に生きない?」
「これでも欲望には正直に生きてるほうでな。
仏の教えには背きまくってる。」
「ふん、
エスキートがなくともその道具があればこちらの人間を従えるのは容易かろう。
女も
兵も
国も
全てを支配下に
そして世界も支配する。
それが男だろう。」
ワシントンが勝ち誇ったのかニヤリと笑う。
「くっだらないな。
支配して何になる。
力で支配すれば人は力で対抗する。
俺が欲しいのは自由意思の融和と協力だ。
お前とも本当は戦いたくはない。」
「くだらぬ
もう殺す。
だが俺を傷つけたのだ我が千年王国の砂欠片にでも加えてやろう。
転生者はエレメントを取り込み続ける限り年を取らない。
肉体は全盛期のまま、
知識も蓄積され
我こそが人を支配すべき最も優れた個体となる。」
「そうか
なら俺に負けたら優れた個体じゃなくなるな。」
「ふん、口だけは優れた個体だと認めてやる。」
ワシントンが右手を下ろしただけで風圧で俺の体が吹き飛んで屋上の柵にぶつかる。
フォルグランディア 広場
「がっ」
エリザベートの体には闇の剣がいくつも突き立っていた。
戦艦はすべて巨大な闇の剣によって真っ二つに切り裂かれ止まっている。
ルシは黒き獣の姿になっており、無傷のまま空に浮かんでいた。
「我にとってはくだらぬ
余興にすらならぬ遊戯じゃったな。
戦艦も、貴様の蘇りのエスキートも。
仕掛けが分かればただの手品。」
「うっ ただ美しい世界を
あの宝物を」
「去ね
天に2物しか与えられなかった
不遇の女」
ルシが巨大な斧を生成し
エリザベートに振り下ろす。
「――元の世界に
戻りたかった。」
「死ねば戻れるかもしれんな。」
エリザベートが斧で完全に木端微塵につぶれる。
「ルシ相変わらず強いのね。」
「くっ はぁ
ったくあたしらに厄介な転生者押し付けやがって。」
辺りの転生者の死体も全て粉々に砕かれ、身動きがとれなくなっている。
「門の回復は180サックに1回、
そのたびにぶっ壊してやれば問題ねぇ。
――あとはサトーだな。」
「私達じゃ、アシュヴァルとワシントンの魔素<エレメント>吸収能力に巻き込まれてまともに加勢はできないわ。
ルシ 行ってくれる?」
「我も無理じゃ。
我の肉体も組成を星ノ獣に近づけるために
魔素<エレメント>を用いておる。
体が分解しかねん。
サトーを信じて我らは門を完全に消す方法を分析すべきじゃろ。」
旧王城 マグヌ・ルプス 屋上
ワシントンがサトーに顔面を掴んで、床にたたきつける。
「そろそろ諦めたらどうだ。
これだけの力の差だ。
その小汚い杖と小物を我によこせ。」
「――ゴフッ
そんなにこいつが欲しいのか。」
ワシントンがインドラに手を触れた瞬間
バチッ!!!!
激しい雷撃がワシントンを直撃する。
「ぐぬっ!!」
ワシントンが数歩後退する。
そして手から腕にかけて厚い魔素<エレメント>が消えていた。
「インドラは魔素<エレメント>がなければ物質すらも魔素<エレメント>に変換していき
アシュヴァルも圧倒的な魔素<エレメント>量を自分の周りにとどめておける必要がある。
だがこの2つを同時に解放すれば。」
ドッと俺のの全身が雷に包まれる。
「滅侭杵と創成杖」
インドラの解放は所有者の肉体を含む魔素<エレメント>を消費し全身の体表に雷を纏わせること、
アシュヴァルの解放は周囲の魔素<エレメント>を全て鈴の音の響く範囲で制御に置くこと。
「なっ!!
何だ!!!
我がスーパァースーツが」
ワシントンの肉体を覆っていた魔素<エレメント>が全て剥がれ落ちていき、
俺の肉体へと収束していく。
「おのれっ!!!」
ワシントンがまだ魔素<エレメント>の残っている左足で屋上の床をえぐりけり飛ばす。
ドッと数メルはありそうな石の塊が俺の眼前に迫る。
それも石の塊には奴の魔素<エレメント>が付与されており、高熱になっている。
「インドラ」
(ふん、アシュヴァルめ 余計なことを
小僧も我を酷使しおって)
インドラが頭の中に直接悪態を付きながら
俺の財布にあった銀貨を発射する。
岩が砕け散る。
「アシュヴァル」
アシュヴァルの力が最大まで引き上げ、
インドラの力で分解された肉体を再構成していく。
それと引き換えにワシントンの肉体が削られている。
「俺の肉体がボロボロになって魔素<エレメント>の回復に使われないと
魔素<エレメント>の濃度が上がりすぎて俺は死んでいただろう。
アシュヴァルの吸収量の方がインドラより多いからな。」
「くっ おのれえええっ!!!」
ワシントンが転生前から持っていたらしい拳銃を撃つ。
だが弾丸は俺に当たらず明後日の方向に飛んでいく。
元の世界から武器の持ち込みもできたらしいな。
「ヴァジュラ」
インドラの雷がワシントンの心臓と首を貫く。
「我が世界を
理想を」
ワシントンが倒れ、完全に静止する。
大気中の魔素<エレメント>の激しい動きも収まっていく。
「もう一度あちらの世界で政治家でもやっててくれ。」
ドッとワシントンの肉体から大量の魔素<エレメント>が放たれる。
「それは無理というものだ。
我が死のうとも、理想は今 成就する。」
魔素<エレメント>が体から抜け、しわしわの老人となったワシントンがにやりと笑って息を引き取る。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!!
次の瞬間、広場から激しい揺れが伝わってくる。
「――この揺れは」
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