第45話
「眞夏はやさしい」
眞夏はやさしい子だ。心の中の感情とは裏腹に、その言葉はやさしいものだった。
利用したいと言いながらも相手のことを慮るそのやさしさに、本人は気付いていないのだろうか。
初めて玄関の前で会って、強引に部屋に入ってきた眞夏を見た時、野良猫みたいだと思った。
えさだけ食べてすぐ帰る野良猫。
でも、すこしずつ、ごちそうさま、ただいま、おかえり。そんな言葉を言い辛そうに、でも絞り出すように戸惑いながら口にするようになって、そんな眞夏を見ている内にいつの間にか私の方が手懐けられていた。
この可愛げのない、そしてやさしい弟が大切な存在になっていた。
「――眞夏が大事だから、ここにいてほしいと思った。」
その瞬間。
上から押さえつけられていた手の力が緩んで、眞夏が体ごと降ってきた。
倒れこむように降ってきた眞夏の腕が、背中に回されてきつく力を入れられたとき初めて、抱きしめられていることに気づいた。
「…………まじでいつか殺しそう」
物騒な言葉を吐く義弟は、そばに転がっていた鍵を掴んだ。
視線が絡み合う。
夜空をそのまま写し撮ったようなうつくしい目が瞬いた。
小さくつぶやかれたお礼の言葉を聞きながら、義姉と同じその目の色を見つめた。
雲の峰は連なりて
夏はまだ、始まったばかりだ。
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