大凶を引いたら下着を失くした件

平賀・仲田・香菜

大凶を引いたら下着を失くした件

 雪を踏みしめるたび自らの足跡に気が滅入る。あれからどれくらい歩いただろうか。足跡を数えてみるか。いや、数分前のものでさえ既に埋まっている。

 帰ることもできないが、追われることもない。

 足が向かうは遥か北、目的地は未定。行けるところまで。私の運命はそこで決まる。

 宗谷岬に辿り着く前には目的地を決めなくてはならないだろう。防寒着を着てなお、下半身が冷えて仕方がない。

 なぜならば旅の最初からパンツを脱ぎ捨てて来てしまったからである。 

 

 日を跨いだばかりというのに神社は大変に賑わっていた。普段は閑散としていても、新年を迎えたばかりともなれば然もありなん。集まる人々も何処か浮かれた表情をみせている。私を除いて、という条件付きであるが。

 しかしこの神社において、私の存在は正義の味方といって差し支えは無いだろう。その理由は私のポケットに詰まった大量の御神籤に由来する。

『大凶』『大凶』『大凶』『大凶』『大凶』……紙切れは全て大凶である。今、この場における大凶の存在は全て私が引き受けているといっても過言ではない。悪しき運命に導かれる人間の運勢を一身に受け止める私はさながらダークヒーローなのである。

 などと自己犠牲に浸る場合ではない。私は一枚の紙切れをポケットから乱雑に取り出して一読する。

『大凶。待人、来ず。失せ物、出てこず。方位、北が吉。争いごと、負ける。学問、試験は赤点、論文は間に合わない、代返はバレる、教授にはまってない、単位は落とす、ていうかまた進級できない、三留が決まる』

 読めば読むほど夢も希望もない、いやそれよりも学問のところだけ具体的すぎるし身に覚えがありすぎる。このままでは、またもや留年の危機らしい。

 大凶の御神籤に嫌気が差した私のしたことといえば、引き直しである。また大凶ならば再挑戦を繰り返すといった罰当たりをおこなった結果、私のポケットは大凶の御神籤でパンパンだ。

 しかもただ大凶の御神籤が集まっただけではない。中に書かれた細かい神託も一字一句間違わず同じ大凶なのである。

 そんなことがあるものかとも思ったが、事実である。その事実から私が導いた結論は、運命だ。

 御神籤の結果、ひいては運命は変わらないということである。だから何度御神籤を引き直したところで同じ御神籤しか引けない。

 などと腑に落ちたような気もしたが、落ち着いてはいられない。御神籤が当たるのならば私は留年するということではないか。それは大問題だ。次に留年したら仕送りを止めると両親から宣告されている身である。どうにかしなければならない。

 留年の運命を変える。すなわち、御神籤を外れさせるということ。そのために私がとるべき行動とは。

『大凶。待人、来ず。失せ物、出てこず。方位、北が吉。争いごと、負ける。学問、試験は赤点、論文は間に合わない、代返はバレる、教授にはまってない、単位は落とす、ていうかまた進級できない、三留が決まる』

 私が注目したのは待人と失せ物の部分である。例えば、失くした物を誰かが届けてくれるのをまっているとする。その願いが叶えば御神籤と私の運命は矛盾し、代返はバレないし教授にもはまる。

 思いつくやいなやポケットを漁るが気の利いた物は何も出てこない。スマートフォンと財布しか持っていなかったが、この二つを失くすのは致命的である。

 悩んだ末、私はパンツを脱いで神社の参道にそっと置いた。腹は冷えるが背に腹は代えられない。私はベンチでパンツが届けられるのを待つことにした。幸いなことにズボンだって履いているし、コートも膝まであるロング丈。誰にも私がノーパンであることは気付かれることはないだろう。

 いやまて、私がノーパンと気が付かれないのにどうやってパンツが届けられるものか。問題を解決するにあたり、考えられる手法は。

 一案としてはズボンを脱ぎ捨ててパンツの配達を待つ方法である。下半身を露わにすればパンツを失くした人物ということが一目瞭然という寸法である。しかしこれは諸刃の剣、いやモロダシの剣。下半身が冷え過ぎて風邪をひく懸念がある。あとは通報される可能性を否定できない。

 それならば第二案しかない。私は参道を一人歩く若い女性に目をつけ、音もなく背後に回る。彼女は艶やかな晴着に彩られ、着慣れない装いによたよたと頼りなく歩いていた。

 私は彼女の耳元で囁いた。

「お嬢さん。私のパンツをみませんでしたか?」

 瞬間、叫声。不快と侮蔑、怒りと恐怖の交じった甲高い音が女性の口から響き渡る。感情の行先はどうやら私らしい。何やらわからぬが私の何かが彼女の気に触ったようである。

 恐らく誤解とすれ違いが私と彼女の間には生じていると思われるが、ここまで感情が高ぶった彼女と話し合うことは不可能だ。私は兎にも角にもその場から逃げ出すしなできなかった。

 なぜ新年早々に逃亡劇を繰り広げなければならないのかは甚だ解せない。どうしてこんなことになったのか。由来はやはり御神籤である。

『大凶。待人、来ず。失せ物、出てこず。方位、北が吉。争いごと、負ける。学問、試験は赤点、論文は間に合わない、代返はバレる、教授にはまってない、単位は落とす、ていうかまた進級できない、三留が決まる』

 御神籤を現実にするわけにはいかない。私の運勢は大吉で然るべきだし、失せ物パンツもでてこなければ困る、三留も避けたい。

 新たに御神籤の信憑性を測るべく、北へ逃げることと相成った私である。当たるも八卦当たらぬも八卦、吉と出るか凶と出るか、鬼が出るか蛇が出るか。私の明日はどちらか。

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