第13話 迷惑

 翌日。私はまた、昨夜の出来事を、今日は涼子さん手製のお弁当をつつきながら、佳乃に話して聞かせた。

 私が喋っている間、佳乃は退屈そうな態度はとらない。いや、そうじゃないかな。

 過去のことを知っているからこそ、こんな話をする私に、興味があると言えばいいのか。夢は夢だから、どんな反応が返ってくるのか少しばかり怖くはあったけれど、佳乃は意外にも楽しそうに、まるで自分のことのように喜んでいた。


「へえ。じゃあ、弾けたんだ。良かったじゃん」


「夢だけどね。こっちじゃ相変わらず楽譜を見ると気持ち悪くなっちゃう」


「夢でも何でも良いじゃん。理想の自分、なりたい自分ってやつに、一度でもなれたってことでしょ? 最高じゃん?」


「まぁ、それはそうなんだけど」


 当然のように言うものだから、返ってこっちの方が少し恥ずかしい。


「でもまあ、安心したよ」


「安心? 何に?」


「いやほら、ピアノの話ってさ、陽和の前じゃタブーだって思ってたから。それだけ嬉しそうに話すってことは、そういうことなんだなって思ってさ」


「あー……あはは、まぁ、うん。ごめん、迷惑かけてたよね」


「何回心臓が飛び出ることかと」


「うわっ、うそほんとごめん」


「うそうそ、大丈夫。そう怯えなさんな。でも、ちょびっとだけ心配してたのは本当。ほら、中学の頃にさ、陽和のお母さんがピアニストだって知った子が、合唱コンの伴奏を無茶ぶりしたことあったでしょ? でもあの頃って、今よりうんと臆病って言うか、自分からもの言えなかったじゃん。で、断り切れなくて、読めもしないのに無理やり読もうとして――」


「吐いて保健室送りになりましたとさ、てね。ほんとごめん。あの時は――」


「違う違う、そうじゃなくてさ。そんなこともあったって知ってるからこそ、陽和が今こうしてピアノの話をして笑ってるってことが、私はめっちゃ嬉しいって話!」


 佳乃は明るく笑いながら言う。


「たとえこっちでは弾けなくてもさ。大好きなお母さんがやってるピアノの話が出来るのって、やっぱりそれだけで幸せなことだと思うから。ほんと、良かったじゃん。例え弾いたのが夢の中でも、こっちの陽和も変わったよ」


「――うん、そうかも。確かに、ちょっと変わって来たかな。ほんとありがとね、佳乃」


「さーて? 別に私はお礼を言われるようなことはしてないんだけどなー」


 わざとらしい言い方に、私も乗っかって茶化してみる。

 ふと視線が交錯するとおかしくなって、予鈴が響く教室で、私たちは笑い出した。

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