竜人族が帰るべき場所
早瀬 渚
第1話
もう何度、剣を交えただろうか――
どのくらいの時間が経っているかもわからず、勝負は持久戦に持ち込まれていた。一進一退の攻防、それが俺とやつとの闘いを言い表すのにぴったりの言葉だ。
いい加減倒れてくれないだろうか。
「いい加減諦めたらどうだ。」
やつも同じことを思っていたらしい。ばかでかい大きな黒い翼を広げ、手に持っているこちらも黒い大きな剣で俺を威嚇してくる。
人竜族のやつは本当にどうしようもなく強い。
「諦められるわけないだろう。それは死を意味するからな。」
「ハッ。そっちのほうが楽になれるというのに!人間!」
やつはものすごいスピードでこちらに近づき、俺に向かって剣を振るう。俺はそれを数センチの距離でよけ、カウンターをおみまい……しようとしたが、避けられる。
それと同時、やつの振りかぶった大きな翼が腹部にあたり、数百メートル飛ばされた。
端が見えないこの宇宙空間では、障害物も何もなくただ物理法則に従って飛ばされるのみだ。人間が考えた物理法則が正しいのかどうかは知らないが。
「その翼ずる過ぎないか。」
すぐさま俺に近づいてきたやつに俺は嫌味を言った。
「闘いにおいて、ずるいも正々堂々もない。使えるものをすべて使い、勝ったものだけが正義だ。……現に、お前もそうだろう?」
「チッ……。俺の魔法スキルを見破ってやがったか。バレないように軽減していたというのに。」
「俺様の攻撃を当ててもあまり手ごたえがないからな。それに、普通の人間ならとっくに死んでいる手数だ。」
「まあ、使えるものは使わないとな。持てる手札を使わずに死ぬなんて馬鹿のやることだ。」
「……全くだ。」
俺とやつの頭には恐らく同じ人物が思い浮かんでいたことだろう。
何よりも信念を重んじ、綺麗ごとを体現したまま死んでいった皆の隊長を。
「……しっかり、あいつの失敗から学んでいるようだな。」
「隊長から学ぶなんてそんな失礼なこと出来ないし、しようとも思わない。ただ、隊長にも信念があったように、俺にも信念があるだけだ。」
「……そうか。」
やつがそう言ったと同時、大きな風が吹いた。やつの大きな翼が羽ばたいたゆえだ。
やつが振り下ろしてきた剣を俺は剣で受け止める。キーンと鳴った甲高い音はこの戦闘中何度も聞いた音だ。
そして、その音はなおも続く。横や下から不意打ちのように仕掛けても、急にリズムを変えても、逆に真正面からいってもやつに全て受け止められてしまう。
隊長――師匠から習った剣術では歯が立たないわけではないが、致命傷は与えられなかった。何か打開策は――
「苦しいだろう。」
「……それはお前も同じだろう?」
「いや、そんなことはない。……俺は手加減してるからな。」
「なに!?」
やつが戯言とも取れることを言ってきた。ありえない、それならこの数えるのも嫌になるくらいの長時間、本気を出していないということになるぞ。」
「当然だろう。……俺の目的はお前を連れて帰ることだからな。」
「っ……。」
「なあ、もう一度人竜族としてやり直さないか?俺はお前のことを高く評価している。お前の父親と違って。」
「うるさい!!俺は人竜族失格のレッテルを貼られた!人竜族の象徴、翼が生えてこなかったのだから当たり前だ!そっちに俺の居場所はない!」
そうだ。俺は人竜族の民にも親族にも実の父親にも捨てられた。俺の居場所は人間界にしかない。ないんだ……。
「確かに、お前のことを迫害したのは悪いと思っている。ただ、民もそうしないと裏切り者のレッテルを貼られ、自分を守るためにお前を排除するしかなかったんだ。」
「そんな分かってる!!だから、俺はみなのために
人竜族から迫害され居場所のなかった俺に優しくしてくれたのが、亡き隊長だった。生きる術も全て教えてもらった。剣術も体術も……料理なんかも教えてくれたし、人生の楽しみ方も教えてくれた。
……だから、人竜族との戦争が起こった時、俺は人間側についた。絶対守りたいと思ったし、奪われたくないと思った。だから……
「そんな頼み聞くわけないだろ!」
「……それが100%の本心か?」
「何が言いたい!」
「お前も気付いているだろう。……自分に人竜族の象徴である翼が出始めていることに。」
「ッ……。」
そう。幼いころずっと欲しいと思っていた翼が、喉から手が出るほど欲しいと思っていた翼が今頃出てき始めた。
人間界で暮らすようになってからはそんなこと微塵も思わなくなっていっていたが、要らない時期に
……この世に神様なんていないんだろうな。もし、いるとしてもいたずら好きなクソッたれな神だけだ。
「もし、それが人間の連中にしれたらまた迫害されるかもな。」
「うるさい!そんなの分からないだろ!」
「でも、疑念は晴れないはずだ。お前の幼いころの闇が語りかけてきているだろう。……また、除け者にされるんじゃないかと。」
あのうるさい口を塞ぐため何度も剣を振り下ろしているが、全く攻撃が届かない。どころか少しずつ押され始めている。これが、俺とやつとの差か……。
「俺様はお前の才能を高く買っている。あの頃からな。それに加え、今のお前は人間の術と知識がある。俺様としては持ってこいの竜材だ。」
「うるさい!何を言われても俺は人間として戦う!」
「……これがお前の父親の命と言ったら?」
「なに!?」
「お前を迫害した第一人者である父親だが、今のお前を見て欲しいと言っている。」
「嘘だ!!」
「まあ、信じられるとは思っていない。ただ、お前の父親はこう言っていた帰ってこい……と。」
「……ッ。」
そんな言葉一度もかけてくれたことないじゃないか。あのとき死ぬほど欲しかったその言葉を今更かけられたところで……。
「どうした?剣のスピードが落ちてきてるぞ?」
「くっ……。」
「迷っているのか?まあ、無理もないだろう。……時間をくれてやる。どうせ、長い闘いのあとだ。一日も二日も変わらん。」
言って、やつは消えていった。
残されたのは俺だけで、どうしたいいのか分からない。あのクソ親父が俺を欲している……?ありえない。俺のことが大嫌いだった、あの親父だ。そんな意見が変わるわけがない。
……でも本当に、あいつが言っていることが本心なら俺はどうするべきだろう。師匠への恩義もあるし、種族が違う俺に差別せずに優しく接してくれた人たちもいっぱいいる。……なかには、差別してきたやつはいたが。
「でも、俺は師匠のおかげで……っ。」
……今すぐ結論は出せない。あの頃は帰る場所がないと思っていた俺に今は二つの帰る場所が与えられてしまった。どうしたいいんだろう。
心が揺れているのは事実だ。心臓の鼓動も早くなっている。冷静ではいられない。
……とりあえずは帰ろう。
竜人族が帰るべき場所 早瀬 渚 @hayasedake
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