第5話 特定行為への注目

その夕暮れ、警察は再び「ラーメン四郎」に姿を見せた。

店主四郎は、昼のアイドルタイムを終えたばかりの薄暗い厨房で、警部補と向かい合っていた。

若い店員と中年店員が少し離れた場所で肩を寄せ合い、不安げな視線をやりとりする。


「先日の追加調査で、いくつか気になる点が出てきました。」

 警部補はタブレット端末を手に、無表情な声で言う。

端末には、防犯カメラの映像が映し出されている。

タワシが最後にもう少しニンニクを頼む瞬間、それを受けて店員がほんの一瞬、カウンター下に手を伸ばす場面が繰り返し再生されていた。


「こちらをご覧ください。タワシさんが追加ニンニクを要求した直後、普段はトッピングを担当しないはずの人間が、小皿を取っているように見えます。」

 映像は不鮮明だが、確かに若い店員がいつもと違う位置でスプーンらしき物を扱っているように見える。

一瞬だけ、中年店員がその手元に視線を落とし、何か指示でもするような動きがある。


「その夜は人手が足りず、普段とローテーションが異なっていたんですよね?」

 警部補の問いかけに、四郎はうなずく。

「ええ、いつもの洗い場担当が体調を崩していて、急遽役割を交替しました。混雑していて、私自身も細かい記憶は曖昧で……」


 若い店員が小さく唇を噛む。警部補はその表情を見逃さない。

「この映像では、あなたが追加ニンニク用のスプーンを手にしているように見えます。普段は別の方が対応していたはずなのに、どうしてこの日だけあなたが?」


 突然の問いに、若い店員は動揺を露わにする。

「そ、それは……忙しくて、誰が何をすればいいか混乱してたんです。俺は特におかしなことはしていません。あの時、中年さんが『ニンニクもう一押し』って言われたらこれ使えって渡してきたから、つい……」


 中年店員は顔を背けるように首を振る。

「何を言っている?俺はそんなことは指示してない。君が勝手に手を出したんだろう!」


 その言い争いに、警部補は静かに割って入る。

「他にもいくつか不自然な点があります。排水溝付近からは微量の有機リン系化合物残渣が検出されました。極めて微量で特定困難な毒物です。あらかじめ念入りに洗い流せば痕跡はほぼ消せたでしょうが、全ては無理だったらしい。」


 店内の空気が重く沈む。

若い店員は汗を拭い、中年店員は腕を組んで視線を泳がせる。

四郎はカウンターを握りしめている。


「映像分析と証言の食い違いを総合すると、現時点で一番不自然なのは……」

 警部補は若い店員へと目を向ける。

「あなたです。普段とは違う動きでスプーンを扱い、タワシさんに最後のニンニクを提供する役割を、いつもの担当から横取りする形になっている。」


「ま、待ってください!」

 若い店員は顔を真っ赤にし、声を荒らげる。

「確かに俺はいつもと違う動きをしたかもしれない。でも、だからって毒なんて……俺が何のためにそんなことを!?動機もないじゃないですか!」


「動機が不明なまま犯行が行われることもある。しかし、タワシさんが裏事情を探っていた可能性を考えると、店の誰かがそれを嫌った可能性はある。」

 警部補の口調は冷静だが、その言葉は若い店員の胸に刃のように突き刺さる。


 四郎は耐えきれず口を開く。

「この子は店に入ってまだ日が浅い。裏事情や仕入れの不正を知る機会など……」

 だが、警部補は静かに首を振る。

「店に染まっていなくとも、命令されれば動く可能性もある。共犯関係や指示があったかもしれない。」


 中年店員が眉間に皺を寄せる。

若い店員は必死に弁明しようとするが、警察側は既に確信めいた態度を示している。ほんの一瞬の映像、微かな証拠、不自然なローテーションのズレ──それらが若い店員を犯人候補として浮かび上がらせていた。


 だが、この場面では決定的な確証はない。

警部補は「いずれ詳しく署で話を聞かせてもらう」と言い残し、一旦引き上げていく。

若い店員は唇を震わせ、四郎はただ苦悶の表情で黙り込む。

中年店員はその様子を横目で観察し、ほの暗い微笑を浮かべているようにも見える。

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