三千世界の君

@silverruby

第1話 夢幻的三千世界

「おい柴田、余所見しながら歩くな」 

 先生が私の肩を掴んで声をかけた。

「お前はいつも上の空でどこか見ているが、危ないから歩く時はちゃんと前を見ろよ」

 先生はそれだけ言うと職員室に戻っていく。

 私はお辞儀だけして特進クラスの教室へ向かった。




「いつもどこ見てるの?」

 それが私が人生で一番聞かれたことだ。そしてこれからもきっとそうだろう。

 私は『何か』が見える。その『何か』はいつも視界にあり、昔は特に気にも留めていなかった。

 それが普通だと、ここはそう言う世界だと思っていたから。

 だから自分しか見えていないとわかってから私はそっと心を閉じることにした。


 『何か』はお化けとか妖精とか妖怪とかそんなものじゃなくて、なんて言えばいいのか、もっと抽象的でホワホワとしたもの。それらは生きてもいないし触れもしない。でも生きているように動いている、意味不明なものだ。


 私はもしかしたら病気かもしれないし、違うかもしれない。

 でもどうでもいい。もうこの世界は、人生はなんだってよかった、どうでもよかった。





どうでもよかった……、この前までは。






 半月前に私はある人を見つけた。

 サラサラとした濡羽色の美しい髪、白く繊細な肌に特徴的な整った顔立ち、特進クラスの白川貴和だ。

彼のことは名前だけは以前から知っていた。定期考査で毎回1位を取っていたからだ。だが半月前に初めて彼の姿を見た時は驚いた。

 彼の周りは薄い青色で僅かに光り輝き、魚が空中を泳いでいたのだ。

 私は初めて具体的な形をした『何か』を見た。

 彼の周りを泳いでいるのは金魚やメダカとかそういった魚を想像するかもしれないけれど違う。もちろん秋刀魚や鯵なんかでもない。なんと説明すればいいのかわからないが一つだけ言えるのはそれは『美しい』ということだけ。




 私は彼を見つけてから今日までの半月間、ほとんど取り憑かれたように彼を毎日見にいくようになった。

 

 そして今日も昼休みに特進クラスの幼馴染とお弁当を食べるという体で彼を見に来た。

 お弁当を食べ終わると、幼馴染はお手洗いに行ったため、私はバレないようにそれとなく彼を見た。万年学年2位である今井真司とともに何かプリントを見ながら話し合っていた。

 そして、彼の周りを見るとやはり今日も魚がいた。

 触れるはずがないとはわかっているけれど触ってみたくなる。

 魚の動きを追っているとちょうどこちらを向いた今井と目が合ってしまった。気まずくてそれとなく会釈をすると彼も返してきた。だがすぐに白川の方を向き何か話し始めた。

 私は見過ぎたかなと思いスマホを取り出し、そちらに視線を逸らすと「柴田さん」と名前を呼ばれた。声の方を向くと今井と白川が私の方へ向かって来ていた。

「ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」

 白川がそう言うと机の上にプリントを置き、ある問題を指さす。

「この問題わかるかな?」

 なぜ普通クラスの私に聞くのだろうか。

 問題を見ると日本史の空欄に入る人物を答える問題であった。

「歴史上初めて生前譲位された皇極天皇の祖父である(②)は……、えっと、押坂彦人大兄皇子だと思うけど……」

 そう言うと二人は思い出したようで「「あっ! それだ!」」と口を揃えた。

「ありがとう、柴田。やっぱり柴田って日本史得意なんだな」

 今井の言葉に何故そんなことを知っているのだと不思議に思い聞いてみることにした。

「なんで知ってるの? というか私の名前もなんで知ってるの?」

 すると驚いたような声で返事が来た。

「だって、柴田、いつも日本史のテスト学年3位じゃん。こんなに高けりゃ誰でも知ってるでしょ」

 いや、全教科1位2位の2人に言われても……。

「柴田さん、全教科の順位はそんなに悪くないし、来年はもしかしたら特進クラスになれるんじゃないかな」

「そうだといいけど」

 そうすれば、毎日白川のことを見ることができる。

 だけど私は毎回31位、特進クラスになれるのは全テストの平均順位が30位以内の人のみだ。私はおそらくギリギリ入ることはできないだろう。残念だ。

「白川ー!」

 廊下の方から突然白川を呼ぶ声がする。揃ってそちらに顔を向けると男子生徒が白川に向けて手を振っていた。

「部長会議行くぞー!」

 それを聞き白川は時計を見ると小さな声で「やべっ」と呟く。

「今行く! じゃあ、柴田さんまたね」

 私に優しい笑顔で手を振り、机から資料と筆箱を取って廊下の彼の方へ向かう。



 私と今井の2人になってしまった。

 今井も自分の席にもう戻るだろうと思っていたが予想外なことに彼は先ほどまで幼馴染の彩が座って椅子に座り、こちらを向き口を開く。

「ねえ、柴田って最近白川のことよく見てるけどなんで?」

 げっ、バレているようだ。

「なんのこと?」

 咄嗟に惚けてみたがきいていないようだ。

「いやいや、無意識なわけないよね。昼休みだけじゃなくて移動教室の時とか、放課後の部活にもわざわざ来て白川のこと見てるじゃん。しかもガッツリと。あんなの誰が見てもバレバレだし、白川も気づいてるよ」

 最悪だ。全てバレてる。

 言い訳をしようと口を開くが彼の声がそれを遮る。

「というか正確には白川じゃなくて白川の周りをずっと見てない? なんか白川も自分のことをずっと見てる割には目が全く合わないって言ってたよ。もしかして白川の周りに柴田にしか見えない何かがいたりするわけ?」

 言い当てられた驚きにより一瞬目を見開いてしまう。今井はそれを見逃さなかった。

「まじか、俺の予想当たったのかよ」

 そこまで言われてしまうと私は肯定せざるを得なかった。

「うん。今井くんの予想通りだよ」

「何を見てるの? 何が見えてるの?」

 一瞬言ってもいいのかと躊躇してしまったが何も隠していたわけではない。全て言ってしまおう。

 だが、人が大勢いる教室の中で話すのは他の人に聞かれるのではないかと危惧してしまう。

「ここで話すのが嫌だったら放課後に人がいないところで話そう」

 私の気持ちを汲み取ってくれたらしい。

「俺もこんなに人がいる中だと話しづらいし、俺も柴田と一緒だって言うこと」 

 は?

「どういうこと?」

「じゃあ、放課後そっちのクラス迎えに行くから」

 彼はそう言うと私の問いに答えることなく話が盛り上がっていた男子達の方へ混ざっていった。

 は? 彼も私と同じで『何か』が見えるの?

 混乱して頭がうまく働かない。

 そのまま混乱していると彩が帰ってきた。彩は私の異変に気づいたらしく声をかけてきた。

「なんか変な顔してるけど大丈夫? いつもの無表情でも作り笑いでもない顔してるなんてなんかあった?」

 私は「大丈夫」と一言だけいい、自分の教室に戻った。





 放課後になり、今井は約束通り私の教室に来た。彼は成績だけでなく顔も結構良い学校の有名人のため教室は少しざわついた。

 素早く教室を出ていき、彼についていくとそこは社会科室だった。普段2クラス合同で行うこの広い教室には私と彼の2人だけでいつもより広く感じる。

「で、昼休みの話の続きだけど柴田は何が見えるの?」

「私は、白川くんの周りが薄い青色に光っててそこを魚が泳いでるのが見えてる。」

 それだけ言うと彼はカバンからタブレットを取り出し、何か調べ出した。

「そういう今井くんも私と同じで見えてるんでしょ。」

「うん、他の人には見えてないものは見えてるけど、柴田と全く同じではないけどね。」

 彼はこちらを一切見ることなく、答えた。

「俺は、羽が見えてるんだ。」

「えっ、なんで違うのっ」

「それより先に見えている色と魚の種類だけ教えて」

 彼は私にタブレットを差し出す。そこにはさまざまな青色とそれぞれの色の上に色の名前が書かれていた。

 確か色は白が強くてとても淡い青に緑が若干混ざったとても綺麗な色だった。

 少し画面をスクロールするとまさにあの色があった。

 その色を指差し、彼に見せる。

「藍白色かー」

 そう呟きながら彼は面白そうに笑う。

「魚は?」

「えっと、なんて魚かはわからない」

「大きさとか特徴教えて」

「大きさは金魚ぐらいでほかの特徴は…よくわからないの。言葉にできない。ただ美しい魚ということしかわからない。」

 彼は何か考えだして、さっきのタブレットに何かを書き出している。

 それから彼は何も聞いてこないし喋らない。ずっとタブレットと睨みっこしている。彼のことを聞きたいけれどあまりに真剣であるため仕方なく、じっと彼を見つめて待つことにした。

 セットされた髪に整っている顔だち、おそらく180以上ある大きな体、何か考えているときの真剣な顔。

 ああ、彼がモテるのがわかる気がする。

 だが、白川のように惹きつけられるものはない。別に白川のことが恋愛的に好きだというわけではないが何かが私の心を病的に掴んでいるのだ。

「ねえ、白川が他とは違く見える理由ってわかってる?」

「全く」

 首を振りながらそう言う。

「でも私には理由なんかいらない。理由がなんだって彼がなんだって私の特別であるということには変わりない。私の神様のようなものであることには変わりない。」

「でも、普段の白川って猫被ってるよ。本性は人の不幸は蜜の味っていうぐらい性格が悪くて性根が曲がってるけどいいの」

「別に構わない」

「ははっ、いいね。俺もそうだよ。柴田と同じで白川を心酔してるんだ。あいつは俺を救ってくれたから」

「話を聞かせて。なんで彼に羽が見えるの」

「えっと、まず俺って優秀なんだよね。勉強も運動も人並み以上にできるし。」

 何を言っているんだ。そんなこと、この学校の生徒だったらほとんどが知っているし、ただの嫌味にしか聞こえない。

「中学までは俺、テストで一位以外取ったことなかったんだ。しかも授業中はほとんど寝てたから天才だって言われてた。そして嫌なこともたくさん言われた。だけど高校に入学してから、俺はどんなに勉強しても一位を取ることはなくなり、白川が天才と呼ばれていた。俺は嬉しかったんだ。ようやく俺は天才じゃなくなったんだと思った。それから俺は白川につきまとった。今の柴田みたいにね。まあ、ストーカーまがいのことはしてないけど。で、ある日天才と言われて苦しくないのか聞いたんだ。そしたらね、「お前みたいな頭の良いバカが近寄って来るから別に悪くない」って言ったんだ。あいつは俺を人生全てを利用して悪いことをしようとしているのはわかっていた。けどその時、羽が見えた。天使でも悪魔でもない、言葉にするのが惜しいぐらい美しい羽をね。それを見た瞬間、もう人生なんてどうでもよかったんだ」

 普段冷静で落ち着いたイメージの彼が興奮したかのように笑顔で過去を話した。

 そして先ほどまで書いていたものを私に見せながらまた、話し始める。

「見えてるものが違うのはなんでかはわかんないけど、柴田は魚が見えてるってことはきっと白川に溺れているんだと思うよ。そして藍白色は白殺しと言われているんだ。白を殺す色、白川にぴったりの色。柴田は一目見た時から白川の全てがわかってたんだきっと。ねえ、俺たちと一緒に地獄に落ちてみない」

 私は何も考えずに頷く。

 今井は椅子から立ち上がり、「白川のところ行くよ」と言い、外に向かう。


 

 体育館に着くと、野球部が休憩をしていた。その中に白川もいた。白川は私たちに気づくとこちらに向かってきた。

「今井、部活サボるなよ」

「ごめんごめん。柴田と話してきたんだ。柴田も俺たちと一緒に地獄に落ちてくれるって」

 それを聞いた白川は美しく悪い顔をして笑った。

「地獄へようこそ」

 白川の手が伸びてきた。

 その手を取るともう人生がめちゃくちゃになるとわかっていたがそんなこともうどうでもいい。

 私は彼の手を強く握る。






 全てわかっていた。

 彼に近づくのは危険であるということも、私の幻覚が写している現実も何もかも全て、全て、全て。

 それでも躊躇はしなかった。正気もない。病気でいい。

 あるのは目の前にいる悪魔のような笑顔の神様のみ。

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