第2話 一人暮らしで共同生活?

 自宅の最寄り駅で降り、駅前のスーパーで食料品を買う。特売の鮭の切り身と、出来合いの総菜など。

 一戸建てのドアの鍵を開け、玄関から誰もいない廊下に『ただいまー』と帰宅を告げる。

 制服を脱いでそのままシャワーを浴びる。お湯を出しっぱなしで体の隅々までチェックしたが、やはりなんともない。

 夕食は多めに作ろうかどうしようかと迷ったが、結局ごはんとインスタントみそ汁と、温めた唐揚げと、キャベツの千切りを円卓に並べる。

 父さんは昭和レトロ主義だった。まだ築三年の家なのにわざわざリノベし、家具類もわざわざネットで探してあちこちから古いものを調達して、この家のインテリアを昭和レトロ調に統一した。もちろん私はリアルを知らないから、これがほんとの昭和なのか何なのかわからない。でも、ここに居ると何となく気分は落ち着く。

 居間は十六畳の畳張りで、そこに食事用の円卓がちょこんと置いてある。むかーしの熱血スポ根漫画で『ちゃぶ台返し』されていた、背の低いアレだ。   

 一年前までは、この円卓を母さんと父さん、そしておばちゃんとで囲んでいた。さすがに四人で食事をするのには狭かったが、その狭さが楽しかった。

 広い畳の上で、一人で黙々と食事をする。食べ終わったら食器を片づけ、座布団を枕代わりに寝転がる。


 何かを待っていたが、結局何が起きる気配もなかった。仕方がないので、カバンから教科書とノートを取り出し、宿題を済ませる。思ったより早く宿題は終わった。壁かけの振り子時計は、チクタクと音を立てながら九時過ぎを指していた。夜はまだまだ長い。


 二階に自分の部屋があるにはあるが、今はだいたいこの部屋で過ごしている。多分、アサギとかいう子が好きだというラノベもブルーレイもフィギュアもホコリだらけだろう。

 円卓を部屋の端に寄せ、押し入れから布団を取り出す。電気スタンドを壁から引っ張ってきて布団の横に置き、灯す。部屋の中央の蛍光灯のヒモを引っ張り、部屋を暗くする。

 和箪笥の上に置いてある、母と父と祖母が並んで微笑む写真に『おやすみなさい』と挨拶し、布団に潜る。少し冷えてきたので、昨日、羽毛布団を出した。

 スマホで睡眠アプリをタップし、ボリュームを調整する。

 今日の午後に起きたことを思いだす。四人ともキャラは私と違ったが、なんだか親近感が湧いた。もう会うことはないのだろうか。私の中にいる、分身に。スマホから聞こえる波の音に誘われ、意識が遠のく。


◇ ◇ ◇


「……い、おい、アイ、起きろ。今朝は随分とネボスケだな」

 その声とともに、布団の上から私を蹴とばすヤツがいる。

 寝ぼけ眼(まなこ)をこすり、目を開けると、制服を着たショートヘアの子が私を見降ろしている。

 名前は、えーっと……スイだ。


「で、出た!」

「おい、人をユーレイみたいに言うな」

 いや、正直ユーレイよりも謎の存在。

 ワケがわからず、布団をめくって起きようとしたら、その布団をぐいと掴まれた。

「うーん、もうちょっと寝かせてよー、ムニャムニャ」

 名前は……アオイだ。

「おーいアイ、そいつ、たたき起こしてくれ。もうすぐ飯だって言ったら、ぱっと起きっから」

 台所の方からスイの声が聞こえた。

 いつから私の布団に潜りこんでいたのかわからないけど、まだ熟睡モードのアオイに声をかける。

「アオイ、朝ごはんだってよ、起きて」

「なに? ウチの分、食べんといてよ!」

 と言ってがばっと起きた。笑えた。私と同じスウェットの上下を着ている。


 布団の住人がいなくなったので、畳んで押し入れにしまい、円卓を部屋の中央に移動させる。

 タイミングを見計らったかのうように、スイとルリとアサギがお盆に載せた朝食を運んでくる。三人とも既に制服に着替えている……制服⁉……学校に行くつもりだろうか?


アオイ「ねえ、狭いんだけどー、 もうちょっと詰めて座ってくれる?」

スイ「みそ汁にさ、冷蔵庫の野菜、片っ端から入れたから、充実感あるわー」

アサギ「ボク、納豆、苦手なんだよねえ……ボクの分いらないって言ったのに」

ルリ「もう! 体にいいんだから、ちょっとくらい我慢して食べちゃいなさい」

アオイ「どこのオカンですか……」


 私は鮭の塩焼きをつつきながら、彼女らの会話を聞いていた。

 ルリと目が合う。

「アイちゃん、よかったら、これから食材をもっと買っておいてくれる? 今朝は何とか足りたけど、夕ご飯の分が厳しいから」

「カネなら大丈夫だろ?」スイがご飯をほおばりながら聞く。

「え……うん」

 両親が遺(のこ)した蓄えと保険金で、今のところお金には苦労していない。ところで、『これから』って、四人はしばらくココにいるつもりだろうか?

「わかった。買っておくよ」

「アイ、サンキュー、よろしくねー」

 アオイが眠たげに礼を言う。


 私は少し嬉しくなった。


 ブラウン管のテレビでニュースを見ながらワイワイガヤガヤと朝食を食べた。

 食事が済むとチームワークよく、わっと食器を洗い、片づけ、私とアオイは制服に着替え、学校に行く準備をした。


「「「「「行ってきまーす」」」」」


 五人で揃って両親と祖母の写真に挨拶し、玄関を出た。

 その瞬間。

 昨日、堤防で犬に吠えられた時と同様、シュルルと音をたて、軽いショックとともに私たちは合体した。

 念のため、自分の体を確かめる。いつもより家を出るのが遅くなってしまったので、小走りで最寄り駅に向かった。


◇ ◇ ◇


「こないだは、少し言い過ぎちまって悪かったな。謝る……でもな、覚えておいて欲しいんだ。クラスの中で『俺たちは君たちと違って』という空気を作り出すのはいけないと思う。誰にでもいいところも悪い所もある。ちゃんとそれを認めてあげな。変に垣根を作っちまわないアンタらの方がよっぽど魅力的だぜ!(ウィンク)」

 朝のホームルームの前に、私はクラスのイケメントリオをつかまえて、こんな忠告をしている。昨日、トモにスマホ動画で見せてもらった三人組だ。彼らは『いやあ、そこまではっきり言ってくれると、かえって嬉しいよ』と頭を掻く。

 確かに発言しているのは私だが、私じゃない。私の中にいるスイだ。うろたえながらも考える。今、スイのターンのはずなのに、何で私の意識がこんなにはっきりしてるのだろう?


「ねえねえ。今、表参道の焼きたてミルフィーユのお店の話してたでしょ? 私も混ざっていいかしら?」

 私はその子たちに『いいよ、こっちおいでよ』と誘われ、読んでいた文庫本を机の上に置き、きゃっきゃと話す女子グループに加わる。二限目が終わった休み時間。今は、ルリのターン。でも私にはクラスメイトとのやりとりがはっきりわかる。

 トモが撮った動画の中で、話し声がうるさいとルリが注意していた女の子たちの会話の中に入ろうとしている。


「やっぱ、中学の時からのライバル同士の二人が惹かれ合ってくストーリー、いいよねえ? 燃え上がり方がちょーやばくない?」

 昼食後、アサギが同じ趣味の女の子三人と目を輝かせながらBL談義に花を咲かせている。この子のことはよくわかる。あの事故の前までは、私のキャラはアサギに一番近かったし、趣味も似ている。でも、今は彼女と私の性格は対極にあるといってもいい。


 五限目終了のチャイムが鳴り、周りがガタガタと騒がしくなって私は目を覚ます。授業の途中から居眠りしてしまったようだ。


「あのさ」

 アオイがしゃべり始める。今度は彼女のターンらしい。でも目の前には誰もいない。

「アイ、聞こえてる?」

 アオイはどうやら私に話しかけているらしい。

「いろいろと考えたり、しっかりしなきゃって思うのもいいけど、そんないつも気を張ってなくていいんだかんね。ウチみたいに、しんどい時には、こうやって寝るのが一番」

 そう言って、私の瞼(まぶた)は強制的にアオイに閉じられてしまった。


 今まで、私以外の人格が表に出るときは、ほとんど私の意識は無く、うまく言えないけど、『奥に引っ込んでいる』みたいだった。でも、今日は違う。まるで彼女らが自分たちの話していること、やっていることを知ってほしいかのように、私の目の前でそれが繰り広げられる。


 家に帰ると、私は五人に分身し、みんなで夕ご飯の支度をし――正確にいうとアオイは手伝ってないが――それぞれお風呂に入り、少しお喋りをしてから布団を三セット敷いて雑魚寝した。昼間に学校で起きたことを彼女らに聞きたかったが、ついつい聞きそびれてしまった。

 朝になると五人で朝ごはんを作って食べ――正確にいうとアオイは食べるだけだが――また合体して学校に行く。

 そんな生活が一週間ほど続いた。

 少しずつだけど、クラスのみんなと気楽に話せるようになっているような気がする。

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