目が覚めたら巨乳TS女子になっていた件について。

白鷺雨月

第1話 目が覚めたらTSしていた

 僕の名前は藍沢悠あいざわゆう、二十九歳の大阪市在住の会社員だ。

 その日を境に僕の人生は劇的に変化した。人生が変わったことが良いことだったのか、悪かったのか。それはよく分からない。今ではそのことを受け入れて、それなりに楽しく生きている。生来の楽観主義が幸いしたのだと個人的には思う。


 四月下旬の夜、同僚と飲みに行った帰り、僕は胸に激しい痛みを感じた。もうそれは苦しくて、仕方がなかった。動悸がはげしくなり、息をするのもやっとだ。体中が熱くてたまらない。

 僕はふらつきながら帰宅した。

 体中に激痛が走っている。

 特に胸と下半身が痛む。下半身のなかでも股間に激痛がかけぬけている。

 油断すると意識を失いそうだ。

 僕はどうやってか覚えていないがカバンからスマートフォンを取り出し、救急車を呼ぶ。

 すぐに電話がつながる。

 僕は荒い息を吐きながら、電話先の相手に症状と住所をつげる。

 それから約十分ほどで救急車が僕の住むワンルームマンションに到着した。二名の救急隊員が手際よく僕を担架にのせる。

 僕の身長は百八十センチメートルあり、体重は七十五キログラムある。

 男性でもけっこう体が大きい方だと思う。

 そんな僕を彼らはすんなりと担架にのせた。

 プロの手腕だと苦しいながらも思った。


 僕は担架にのせられ、マンションの外に停まっていた救急車にのせられる。救急車にのるのは生まれて初めてのことであったが、感動している余裕はまったくなかった。僕の中では生きるか死ぬかの問題であったのは間違いない。

 こんなところで死ぬのは嫌すぎる。

 だって僕は二十九歳のこのときまで、女性と付き合ったことがない。当然のように童貞である。

 童貞のまま死にたくないと心の底から思った。


「大丈夫ですか?」

 救急隊員の一人が僕に声をかける。 

 僕はどうにかして頷く。

「お名前は?」

 そう聞かれたので藍沢悠とこたえる。

「藍沢悠さん、二十代後半の女性……」

 救急隊員が僕の情報を無線で伝えている。

 おいおい僕は男性だぞ。

 そう訂正したかったが、胸と股間に何度も走る激痛のため、意識を失った。



 何時間ねむっただろうか。

 昨晩の激痛が嘘のように収まっている。

 まぶたをあけると白い天井が見える。

 これが知らない天井っていうやつか。

 僕はぼんやりとした頭でそうつぶやく。

 白いカーテンが開き、白衣の女医さんが入ってきた。黒縁眼鏡をかけた優しそうな女医さんだ。 黒縁眼鏡の奥の丸い瞳で僕を見ている。

「意識をとりもどしたようですね」

 女医さんは優しく微笑む。

 僕はこくりと頷く。

「藍沢さん、落ち着いてきいてください」

 女医さんは僕の顔をじっと見る。

 冗談をいう顔ではない。

 思わず僕は生唾を飲み込む。

「私はあなたの主治医で佐渡綾乃さどあやのといいます。あなたは急性後天的性転移症候群にり患しました。通称ТS病といわれるものです」

 女医さんはゆっくりと言葉をくぎりながら、そう言った。

 僕の頭の処理能力をはるかに越える言葉の羅列だ。

 急性なんだって?

「もう一度いいますね。藍沢悠さん、あなたは急性後天的性転移症候群という非常にめずらしい病気にかかったのです。通称ТS病、すなわち性別が変わってしまう病気です。おおよそ百万人に一人がかかっているともいうデータがあります」

 ゆっくりと言葉をくぎりながら、まるで子供にさとすように佐渡先生は僕にいった。

 ТSという単語には聞き覚えがある。

 僕がよく読む漫画のジャンルにそういうのがある。

 ある日、突然男性が女性になってしまい、日常におこるいろいろなトラブルにまきこまれていくというものだ。だいたいにおいてエッチな展開になりがちだ。

 僕はおもわず自分の胸にふれる。

 あれっなんか柔らかいぞ。それが胸に二つある。けっこう大きい。僕はきせられた入院用のパジャマの襟首から、胸元を見る。そこには驚くほどご立派な双丘があった。えっちょっと大きすぎないか。まるでバレーボールが二つぶらさがっているようではないか。

 おそるおそる股間をまさぐるとそこには何もなかった。何も無い。そう、まったく何も無いのだ。

 わずかに柔らかい毛が生えているだけだ。

 おいおい、二十九年間つきそった僕の相棒はどこにいったのだ。


「ぼ、僕は女の子になったということですか?」

 僕は女医さんにそう尋ねる。

「そうです、藍沢さんが理解力のあるかたで本当によかったです」

 頷きながら、佐渡先生は言った。


 僕は寂しいよ、相棒。もう君とは会うことができないのだろうか。

 それにごめん。

 おまえを一回も役立だせることができなかったな。

 僕は女医さんの前で我が胸をさわりながら、ぼんやりとそんなことを思った。

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