第37話 助言をもらう男

「ずっと上の空だけど、何か心配事でもあるのかしら」

 複合商業施設の一角に存在している、飲食店。

 休日であるためか、友人同士で遊びに来ている若者や家族連れが多く、近くでなければ相手の声が聞こえないほどに賑わっています。

 そんな中で、ぼくの対面に座っている佐倉さんは、揚げられた細長い芋を一本ずつ丁寧に食べながら、そのような問いを発しました。

 その言葉を聞いたぼくは、彼女に向かって頭を下げながら、

「確かに、今後どうするべきか、その対応について悩んでいることがあるのは事実ですが――申し訳ありません。今は、佐倉さんとの時間に集中するべきでした」

 ぼくがこの複合商業施設に特段の用事が無いにも関わらず、佐倉さんと共に行動しているのは、この場所に用事がある彼女が、かつて自身を痛めつけた金髪の女子生徒とその手下たちに絡まれることがないようにするためでした。

 以前、彼女がこの複合商業施設において単独で行動していた際に、自身を痛めつけた女子生徒たちの姿を目にしたことがありましたが、そのときは相手に気付かれることなく、その場を乗り切ることができました。

 しかし、一度うまくいったからといって、今後も同様であるとは限りません。

 ゆえに、たといくだんの女子生徒たちが彼女の存在に気が付いたとしても、ぼくが隣にいれば面倒な事態を避けられると考えたために、最初から行動を共にしているというわけだったのです。

 今日、くだんの女子生徒たちもまた、この複合商業施設に来ているのかどうかは不明ですが、今のところ誰にも絡まれていないために、ぼくの対策は功を奏したといえるでしょう。

 ですが、正直に言えば、ぼくの意識が佐倉さん関連のことに向いていたというわけではありませんでした。

 意識が別のものに対して向いていたとしても、ぼくが彼女の隣に立っているだけで、充分な魔除けと化していたことでしょう。

 しかし、自分が何故この場に存在しているのかという理由を思えば、今は佐倉さんのことだけを考えるべきだったのです。

 ぼくが顔をあげると、彼女は手を左右に振りながら、

「いえ、別に怒っているわけではないのよ。ただ、ジロくんが悩むような様子を見せることが珍しいと思って、質問しただけだから」

 佐倉さんは自身の胸に手を当てると、

「わたしで良ければ、話を聞くわよ。まあ、ジロくんの悩みを聞いたとしても、為になる助言を与えられるかどうかは、分からないけれどね」

 此方を案じてくれているような言葉は嬉しいものでしたが、ぼくの懸念をそのまま彼女に伝えるわけにはいきませんでした。

 何故なら、ぼくの心配事というのは――川嶋さんが受けている『罰』のことだったからです。

 そのことについて相談をするのならば、何故川嶋さんが『罰』を受けることになったのかということを、順序立てて説明する必要があるでしょう。

 ですが、その『罰』というものの始まりは、ぼくに対する川嶋さんの嫌がらせでした。

 佐倉さんが軽々にその話を広めることはないでしょうが、その情報が当事者であるぼくと川嶋さん以外の人間が知ることになってしまうことを避けるためには、当然ながら、その情報について話すわけにはいきません。

 話の始まりの時点で難題に直面しているということになっていますが、たといそれを突破することができたとしても、同じような壁が再び立ち塞がるのです。

 それは――川嶋さんが受けている『罰』の内容でした。

 その『罰』の内容を思えば、それもまた、当事者以外が知るべきことではなかったのです。

 本人から聞いた話によると、彼女に対して『罰』を与えているのは、川嶋さんがぼくを痛めつけるために雇った、性質の悪い三人組とのことでした。

 何故、彼らが『罰』を与えるような事態に至ったのか。

 それは、ぼくと彼女の間における一連の騒動が解決してから、数日ほど経ったある日のことでした。

 川嶋さんは、自分が雇っていた首領から、あることを告げられたのです。

 それは――自分たちを雇って何をさせようとしたのかということを、山本くんに明かすということでした。

 今回の騒動を山本くんが知るところとならないようにするために、ぼくと二人きりの場で問題の解決をしたことを思えば、当然ながら、川嶋さんがそのような行為を受け入れることはできません。

 しかし、相手は悪知恵が働く人間だったのです。

 おそらく首領は、ぼくと山本くんの仲が良いことや、山本くんに対する川嶋さんの好意に気が付いていたのでしょう。

 性質の悪い三人組を雇って、仲が良いぼくに対して川嶋さんが危害を加えようとしたことが明らかになれば、山本くんが彼女と距離を置く可能性が生まれてしまいます。

 山本くんに対して好意を抱いている川嶋さんが、そのような事態を避けたいと考えることは、容易に想像することができます。

 首領はそのことを理解していたからこそ、あえて川嶋さんに対して告げ口の意志を伝えることによって、山本くんに事実を明らかにしないことへの見返りとして、彼女が自分の言うことを聞くと考えたのでしょう。

 残念ながら――事はうまく運びました。

 川嶋さんが己の身を捧げている限り、その苦しみが彼女にとっての『罰』となると同時に、首領が山本くんに対して事実を伝えることもなくなることから、このまま黙っていれば、さらなる問題が発生することもないでしょう。

 ただ一つ――そのことを知ったぼくが黙っていられないということを除いて、ですが。

 事情が事情なだけに、下手な動きをすれば、川嶋さんにとって最悪の事態へと発展してしまうということは、理解しています。

 実際、彼女からも、

「これはあたしの問題だから、あなたが気にする必要は無いのよ」

 そのように釘をさされていましたから、ぼくに対して何らかの打開策を求めているわけではないのでしょう。

 川嶋さんが、自身の現在の状況を受け入れているということは、本人からも聞いていましたから、ぼくが動くべきではないということは、明らかです。

 ――それでも、ぼくがそれを受け入れることはできませんでした。

 山本くんが事情を知ることになることを避けるために、彼女が身を削っているということは理解しているのですが――苦しんでいる友人を見過ごすことができなかったのです。

 ゆえに、川嶋さんから事情を聞いて以来、彼女がこれ以上傷つくことがないような解決方法を考えていたのですが、妙案が浮かぶことはありませんでした。

 それが、佐倉さんが言うところの、ぼくの『心配事』だったのです。

 力になるという彼女の言葉を受けて、ぼくはある可能性を考えました。

 それは、一人であれこれと思い悩んでいるよりも、他者に意見を求めたことで、思わぬ解決方法を知ることもある――ということです。

 ですが、事情を考えると、佐倉さんに子細を伝えるわけにはいかなかったために、有用な助言を得ることは難しいでしょう。

 しかし、問題の解決方法を知るまで時間がかかればかかるほど、川嶋さんの苦しむ時間もまた、増えていってしまうのです。

 どうするべきかと考える中で、ぼくは――佐倉さんに相談することを決めました。

 ですが、全てを明かすというわけではありません。

 個人名に触れることなく、大雑把な内容で訊ねることにしたのです。

 その方法では、問題の解決には程遠いものの、解決の糸口を掴むことができるかもしれないと、ぼくは考えたのです。

「――此処だけの話にしてほしいのですが」

 ぼくは、そのように前置きをしてから、

「自分にとって不利な情報を他者に明かさない見返りとして、相手の言いなりになっている人間がいるとします。求められた行為は酷いものばかりなのですが、従わなければ困るのは自分であるために、受け入れなければなりません。一方で、その件を知った友人は、どうしてもその人間を救いたいと考えましたが、その人間からは『助けてくれなくて良い』と告げられていました。それでも、友人はなんとかしたいという気持ちを抱いていましたが、妙案が浮かぶことはありませんでした。――この場合、友人はどうするべきなのでしょうか」

 名前を出すことはありませんでしたが、話の流れを思えば、その『友人』がぼくのことであるということは、阿呆でも分かることでしょう。

 しかし、佐倉さんはそのことについて触れることなく、目を閉じ、腕を組むという、考えるような素振りを見せ始めました。

 ぼくは緊張にも似たものを覚えながら、すっかり冷めてしまった紅茶を口にしました。

 それから、無言の時間がどれほど続いていたのかは不明ですが、やがて彼女は目を開き、揚げられた細長い芋を口にしてから、

「大雑把な質問だから、わたしも細かな助言はできないけれど」

 そう告げてから、佐倉さんは言葉を続けました。

「自分にとって不利な情報があるのなら――それが役立たないようにすれば良いと思うわよ」

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