第29話 訊ねる男
「――どのような理由で、ぼくを尾行しているのですか」
ぼくは自身を尾行していた三人組に向かって、そのような問いを発しました。
その言葉に対して、三人組のうちの二人は無言で顔を見合わせていましたが、残りの一人――ぼくに一番近い場所に立っている人間だけは、此方を鼻で笑うと、
「尾行だと。俺たちがそんな趣味の悪いことをするわけがねえだろうが。冤罪だぜ、それは」
よくも、そのようなことを平然と言うことができるものです。
ぼくがどれだけ道を変えようとも、同じ距離を保ちながら後ろを歩き続けていただけではなく、此方が走り出すと、それに倣うように彼らも走っていたではありませんか。
怪しいのは行動だけではなく、彼らの服装も含まれています。
眼前の三人組は、いずれも帽子を被り、鼻から下を方形の布で覆っていました。
他者の服装をとやかく言うつもりはありませんが、揃いも揃って身元を隠すような格好であるために、尾行対象に自分たちの姿が露見することを避けているということが考えられます。
事情を知らない人間に対して以上のことを伝えた場合、おそらくほとんどの人間が、彼らがぼくのことを尾行していたと判断することでしょう。
ですが、彼らはそのことを認めようとはしませんでした。
ぼくに一番近い場所に立っている人間は、虫を追い払うような仕草で、
「分かったなら、其処を退いてもらおうか。俺たちは、道に迷ってこんなところに来ちまっただけだからな」
その言葉に、残る二人は同意するように頷きました。
二人の反応を見るに、おそらく、ぼくに一番近い場所に立っている人間が、三人組の中で最も地位が高い首領なのでしょう。
首領と思しき人間は、他の二人に比べて体格も良く、その眼光は子どもが目にすれば泣いてしまうほどの鋭さを有していました。
他の二人も、首領ほどではありませんがそれなりの体格の持ち主であることを考えると、平穏という言葉とは無縁の日々を過ごしている可能性が高いでしょう。
ゆえに、余計な争いを避けるためには、相手の言葉に従うべきです。
ですが、尾行の理由の知るためには、彼らを逃がすわけにはいきませんでした。
何故なら、今回の尾行は――ここ最近のぼくに対する悪戯を実行している人間に関わりがあるのではないかと考えたためです。
現在通っている学校に転校してきてから、佐倉さん以外にも、性質の悪い人間に絡まれている生徒たちを何度も見てきました。
そのたびに、ぼくは生徒たちに手を差し伸べ、状況を打破していたのです。
中には、平和的な解決とはいえないこともあり、ぼくの拳に屈服した人間たちは、それなりの数が存在しています。
彼らは一様に、悔しそうな表情を浮かべていたものの――それに対する報復行為などは、今日に至るまで、ありませんでした。
それどころか、学校でぼくの姿を目にすると、彼らはその場から逃げるようにして姿を消していたのです。
つまり、そのような人間たちは、ぼくの手によって負った傷を思い出してしまうために、二度とぼくとは関わりたくはないと考えているということになるでしょう。
それを思えば、ぼくに敗北した人間たちが、わざわざぼくを尾行する理由など、存在していないといえます。
其処で、『尾行』という行為について、考えてみます。
尾行は、対象の『何か』を知りたいためにするものです。
そして、それは、その何かを知りたい本人か、あるいは、その人間の依頼を受けた人間のどちらかが、実行するものでしょう。
眼前の三人からは、慎重さがあまり感じられないために、彼らは後者――つまり、何者かに依頼されたために行動している、ということが考えられました。
では、その『何者』とは、誰なのか。
それを考えたとき、真っ先に疑った相手は――ぼくに悪戯を実行している人間でした。
理由は不明ですが、ここ最近で、ぼくに明らかな敵意を向けている存在は、その人間だけだったからです。
しかし、これまでは、ぼくという人間自体に危害を加えることはありませんでした。
それが、今回の尾行という手段をとりはじめたことから、相手の考え方が変化したとみるべきでしょう。
其処には、『悔しさ』のようなものが感じられました。
何故なら、あれほど手間をかけて様々な悪戯を実行したにも関わらず、悉く何の成果もあげていなかったからです。
ゆえに、ぼくをより苦しめるためには、別の方法が良いだろうと考えたのかもしれません。
尾行することで、ぼくの弱みを握ろうとしているのか、あるいは、精神的な攻撃には意味が無いと分かったために、人気の無い場所でぼくを物理的に攻撃させようとしていたのか――いずれにせよ、眼前の三人組が、ぼくに対する嫌がらせをしている人間に繋がっている可能性は、高いでしょう。
そうはいうものの、眼前の三人組が、ぼくに対する嫌がらせをしていた張本人だということも考えられるでしょうが、首領の声には聞き覚えが無かったために、ぼくを恨むような状況に至ったことはないといえます。
同時に、経験上、彼らのような人間は、あのような陰湿な悪戯よりも、己の拳で相手を苦しめることに対して快楽を覚えることが多いために、悪戯の張本人だという可能性は除外して良いでしょう。
だからこその問いだったのですが――けんもほろろの対応でした。
ですが、諦めるわけにはいきません。
ぼくに対する嫌がらせを目にすることで苦しんでいる山本くんのためにも、黒幕に辿り着き、その行為を停止させなければならないのです。
ゆえに、ぼくは――あえて彼らを挑発することにしました。
「――この状況で、そのような言い訳が通用すると考えているとは、よほど居心地の良い温室で育ったのでしょうね。もしかすると、今でも甘やかされているのでしょうか。それならば、そろそろ帰宅しなければ、保護者が心配するでしょう。早く帰宅して、母親の乳房にしゃぶりついた方が良いのではありませんか」
その言葉を耳にした途端――首領の目つきが一層鋭くなりました。
彼は低い声で、
「――今、なんて言ったんだ」
尋常なる人間ならば、恐ろしさのためにその声で身を震わせることでしょうが、ぼくに効果はありません。
「おや、ぼくの言葉が通じませんでしたか。それなら、人間の言葉で質問するべきではありませんでした。不手際を謝罪をしたいところですが、それも通ずるかどうか分かりませんね。しかし、やった方が、ぼくの気が済みますから、とりあえず、形だけでも」
ぼくが頭を下げると、誰かが蹴飛ばしたためか、足下に塵箱が転がってきました。
顔を上げたところ、首領が荒い呼吸を繰り返している姿を目にすることができました。
「――てめえ、俺を馬鹿にしているのか」
「その通りですが、何か」
ぼくは肩をすくめながら、
「其方が偶然にもぼくと同じ道を歩いていただけならば、ぼくの勘違いということになります。しかし、素性を隠すような服装に加えて、ぼくがどれだけ道を変えようとも同じ距離を保ちながら後ろを歩き続け、ぼくが走り出すと同じように走り出し、わざわざこのようなところまで追っておきながら、『尾行はしていない』と言いましたよね。このような状況でそのような言葉を平然と吐くことができるのは――よほどの馬鹿でなければ、ありえませんよ」
相当な怒りを抱いているのか、首領の身が震えていました。
その反応は、ぼくの期待していたものでした。
彼らのような人間が本当のことを話さないときは、相手を感情的にさせることによって、その口を滑らせるような状況に至る場合があるのです。
だからこそ、ぼくは相手に怒りを抱かせるような言葉を繰り返していたのです。
あと一押しだと考えていると、突然、首領の後ろに立っていた二人組のうちの一人が、何かを耳打ちしました。
何を伝えられたのかは不明ですが、その後、首領は自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、やがてその行為によって、身体の震えが止まりました。
そして、ぼくのことを鼻で笑うと、
「――馬鹿はてめえの方だろうが。随分と強気な物言いだが、人数の差を理解してねえのか。いくらてめえの腕が立つとはいえ、戦力差を考えてから物を言うことだな」
その言葉の通り、彼らの実力がどれほどのものなのかを知らない上に、一対三では、分が悪いことは明らかです。
しかし、そのようなことは――この場所に来る前から分かっていたことでした。
「――理解が遅れているのは、其方でしょう」
ぼくは左右の建物の壁にそれぞれ手を当てると、
「このような狭い場所で、二人以上が同時に襲いかかることなど、できるわけがないでしょう」
ぼくは、何も考えずにこの袋小路までやってきたわけではありません。
戦力が多対一の場合でも、一人ずつ相手をすることができるように、わざと狭い場所へと逃げ込んだのです。
その事実に気が付いたのか、首領は目を見開きました。
憎々しげに舌打ちをする彼の様子から、一対一ではぼくに敵わないことを理解しているのでしょう。
だからこそ、ぼくは次なる言葉を口にすることができるのです。
「――しかし、ぼくは好き好んで争いたいというわけではありません」
ぼくは両手を広げながら、
「其方が素直にぼくの質問に答えてくれれば、ぼくは其方に指一本触れるつもりはありません。何故なら、ぼくは争うために声をかけたわけではありませんからね」
其処でぼくは右手の人差し指だけを立てると、
「考えてもみてください。其方が誰に、何を依頼されたのかは分かりませんが、ぼくの手によって日常生活に支障を来すほどの怪我を負ってまで庇うような相手ですか。報酬を受け取っているのならばそれを返却すれば良いだけですし、依頼人からの報復を恐れるのならば、ぼくが相手をしましょう。何もぼくは、難しいことを求めているわけではありません。ただ、尾行の理由が知りたいだけなのです」
困っている人間のためならば、この拳を幾らでも振るいますが、基本的に、ぼくは眼前の三人組のように好戦的な人間ではありません。
話し合いで解決することができるのならば、そうしたいと思っているのです。
暴力で解決すれば、また新たな暴力が生まれるだけですから、なるべくはそのような解決方法を選びたくはないのです。
ぼくの言葉が意外なものだったのか、首領を含めた三人組は、目を白黒とさせていました。
やがて、何かを相談し始めましたが、結論は数秒ほどで出たらしく、首領はぼくに向かって手を差し出すと、
「――わかったよ、てめえの質問に答えてやる。だが、勘違いするなよ。俺たちが本気を出せば、てめえなんか屁でもねえが、今回はてめえの言うことにも一理あると思っただけだ」
その言葉に、ぼくは口元を緩めると、
「では、ぼくたちが争うような状況は避けたいものですね」
首領に差し出された手を、ぼくは握りました。
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