第11話 協力する男
「二人とも、今日の放課後は一緒に外出の予定とか、あるのかな」
喧騒に包まれている教室にて昼食を口に運んでいたところ、不意に山本くんが問うてきました。
彼と共に食事を進めているのがぼくと佐倉さんであることを考えると、『二人』とは、我々のことを指しているのでしょう。
そのように山本くんが予定を確認してきたのは、偽りとはいえ、ぼくたちが恋人関係にあるということが理由だと思われます。
交際している人間たちならば、放課後は手を繋ぎ、繁華街を巡ることもあるでしょう。
ゆえに、山本くんが、ぼくもしくは佐倉さんに用事があるのならば、今回のような問いを口にするのは、当然のことです。
ぼくが答えるよりも先に、佐倉さんは携帯電話に目を落としたまま、
「特に無いわね。そんなことを訊いてくるなんて、わたしに用事でもあるのかしら」
互いの予定を知っているわけではないにも関わらず彼女が即答したのは、ぼくと佐倉さんが放課後に二人で何処かへ向かうことがほとんど無かったためです。
ぼくたちが二人で行動しているのは、基本的に学校内と、その周辺のみでした。
そのように限定しているのは、佐倉ヤヨイという人間がぼくという人間の恋人であるということを示すべき相手が、学校関係者だったからです。
先日の揉め事を思えば、佐倉さんに対して危害を加えようとしている相手が学校内に存在していることは明白であり、その人間たちから彼女を守るためには、ぼくという番人の存在を見せつける必要がありました。
だからこそ、学校とその近辺では、二人で行動するべきだったのです。
ですが、学校から離れた場所で共に行動していたとしても、佐倉さんを狙っている人間がその様子を目にする機会はほとんど無いと言っても良いでしょう。
それならば、互いに自由な時間を確保するためにも、二人で行動することの重要性がそれほど高くはない場所では、各々の好きにしようと決めたのです。。
ゆえに、ぼくと佐倉さんは、学校内や放課後に駅で別れるまでは恋人らしく振る舞うようにする一方で、それ以外の時間は、特段の用事が無ければ連絡をすることはありませんでした。
先ほどの山本くんに対する彼女の返答も、そのことを理解しているために、迷うことなく口から出てきたのでしょう。
佐倉さんの言葉に、山本くんは首を横に振ると、
「いや、佐倉さんじゃなくて、人吉くんに用事があってね」
彼はぼくの目を見つめながら、
「実は、きみに頼みたいことがあってね。勿論、礼はするつもりだ」
「礼など、必要ありませんよ。困ったときに頼ってくれたということだけで、ぼくは嬉しいのですから。それで、ぼくはどのような協力をすれば良いのでしょうか」
間を置かずにそのように告げると、山本くんは笑みを零しました。
「頼み事の内容も聞かずにそのようなことを言ってくれるとは、相変わらず、きみは良いやつだなあ」
彼は衣嚢から携帯電話を取り出して数秒ほど操作した後、ぼくに画面を見せてきました。
其処には暦が表示されており、予定が数多く書き込まれています。
山本くんは予定の一部分を指差しながら、
「この日から、部活動の大会が始まる。まだ先のことのように思うだろうけど、それに向けて色々と調整しているところなんだ」
「そうですか。では、当日は応援に行きますね」
「ああ、俺が活躍するところをその目で見てくれ――と言いたいところなんだが」
其処で、彼は悩ましげな顔つきと化しました。
「何か、困り事でもあるのですか」
ぼくの問いに、山本くんは首肯を返しました。
「初戦の学校に、大型の新人が入ったらしくてね。中学時代は全国大会で活躍したほどの実力者という話なんだ」
彼は再び携帯電話を操作すると、今度は写真を表示させました。
其処には複数の人間が写っていましたが、その中の一人は、他の誰よりも体格が良く、中学生と言われても即座に信ずることは難しいような姿でした。
大型の新人とは、おそらくその人間のことなのでしょう。
画面から山本くんへと目を向けると、彼は困ったような表情で頬杖をつきながら、軽く息を吐いていました。
憂えるその姿さえ、見る者を惹きつけるようなものがあります。
彼に心を奪われている人間ならば、あらゆる作業を中断して、何かあったのかと相談に乗っていることでしょう。
ぼくが見ていることに気が付くと、山本くんは手を合わせながら、ぼくに頭を下げてきました。
「頼みというのは、きみをその新人に見立てて、練習がしたいということなんだ」
「練習、ですか」
彼は首肯を返すと、
「ああ。身長や守備の位置を考えると、俺がその新人を相手にすることになりそうなんだよ。だけど、全国大会でも活躍した人間を相手に何の対策もせずに挑むのは、無謀といえる。其処で、彼と体格が似ているきみを相手に練習をすれば、本番でも通用するのではないかと考えた――ということなんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「でも、ジロくんで大丈夫なのかしら」
ぼくが頷いていると、佐倉さんが口を挟んできました。
どういう意味かと考えながら目を向けると、彼女は相変わらず携帯電話を見つめながら、
「別に、ジロくんが役立たずだと言っているわけではないのよ。ただ、経験者の方が何かと都合が良いのではと思っただけ」
佐倉さんの言葉も、一理があります。
練習の際、案山子のようにただ突っ立っているだけならば誰にでも出来るでしょうが、実際の試合では、相手も必死になって守備をすることでしょう。
それを思えば、練習の時点で、ある程度はぼくが本番のように動かなければ、時間の無駄ということになってしまうかもしれません。
ゆえに、彼女がそのような問いを発したのは、至って自然のことです。
ぼくは佐倉さんに向かって、
「問題ありません。転校する前の学校でも、ぼくは色々な部活動に助っ人として関わっていましたから」
ぼくの言葉に、山本くんは頷きながら、
「ああ、その話は本当だよ。『人吉くんが部員になってくれれば、大会で優勝することも可能だ』という話を、その学校で実際に聞いたからね。だからこそ、頼んだというわけなんだ」
「じゃあ、どうしてジロくんは何処かの部活動に所属しないのかしら。そうすれば、間違いなく脚光を浴びることができるのに」
顔を上げた佐倉さんに対して、ぼくは迷うことなく答えました。
「色々な部活動の力になるには、特定の部活動に所属していては何かと不便ですからね。自由に動くことができるように、ぼくは何処にも所属するつもりは無いのです」
ですが、これが理由の全てではありません。
ぼくが入部することで、その部活動の成績が良くなる可能性は確かに増すでしょう。
しかし、突然現われたぼくだけの力ではなく、最初からその部活動で努力してきた人間たちがその手で勝利をつかみ取るべきだと、ぼくは考えています。
確かに、ぼくの力によって試合に勝利したことで部員たちが喜ぶ姿を見ることは、ぼくの喜びでもあります。
ですが、ぼくだけの力に頼っていたとすれば、ぼくが卒業した後は、部活動の成績が悪化することは間違いないでしょう。
誰かの役に立つということが、ぼくの人生の意味です。
しかし、上の人間から下の人間へ良いものも悪いものも継承されていく部活動という世界においては、ぼくだけが活躍しても意味がありません。
自分たちで得た技術や知識などを、後輩たちへと伝えていく必要があるのです。
そのためには、ぼくの力だけが目立つような状況を作るべきではありません。
だからこそ、ぼくはあくまで助っ人という立ち位置で存在し続けるということを決めていたのです。
そのことを伝えると、佐倉さんは目を丸くしながら、
「ジロくんは本当に、色々なことを考えているのね。もしかして、前世の記憶を維持しながら生まれてきたのかしら。わたしと同じ年齢なのかと疑いたくなるほどだわ」
彼女に対して、山本くんは何度も頷きながら、
「部活動に精を出している人間として、その考えは良いものだと思う。やはり、人吉くんは流石だよ。きみと知り合うことができたということは、俺の人生における誇りの一つだ」
その言葉が冗談のように聞こえないのは、彼が心の底からそのように思ってくれているからなのかもしれません。
「そう言ってもらえると、嬉しいです。それで、話の続きですが――」
笑みを浮かべている山本くんに対して、そのように告げてから、
「練習をするということならば、放課後に体育館へと向かえば良いのでしょうか」
「ああ、それなんだけどね」
彼は其処で申し訳なさそうな表情へと変化すると、
「くだんの新人への対策というのは、俺の自主練習だから、通常の部活動の後ではないと駄目でね。つまりは、練習の時間が夜になってしまうというわけなんだよ。後出しで悪いが、それでも構わないかい」
「問題ありません。ですが、その時間に体育館を使うことはできるのでしょうか」
ぼくの問いに、山本くんは首を左右に振りました。
「いや、不可能だね。だから、学校以外の場所が必要なんだ」
彼は再び携帯電話を操作すると、やがて画面をぼくに見せてきました。
其処には、市民体育館についての案内文が記載されていました。
それによれば、屋内の球技や筋力の鍛錬などに使用する設備だけではなく、庭球にも対応している競技場も存在しているとのことです。
ぼくがその案内文を読み終えると、山本くんは携帯電話を衣嚢に仕舞いながら、
「其処は、エミちゃんに練習を手伝ってもらうときにも使っていてね。なかなか綺麗な場所なんだよ」
川嶋さんの名前が出てきたところで、ぼくは彼女のことが気がかりとなりました。
普段から山本くんの練習に付き合っているために、おそらく今回も、川嶋さんは参加するでしょう。
ですが、常と異なっているのは、山本くんと二人きりではないということです。
それが意味することは、川嶋さんが好意を抱いている相手との貴重な二人きりの時間を、ぼくが邪魔をする――ということです。
山本くんと川嶋さんがその時間をどのように思っているのかは不明ですが、二人の関係から察するに、悪いものではないことは確実でしょう。
その時間を、ぼくが奪うことになってしまうのです。
勿論、ぼくは他者の恋路を好んで妨げるようなことをするつもりは毛頭ありません。
とはいえ、山本くんが大会に備えるためには、ぼくが必要なのです。
結果的にぼくが二人きりの時間の邪魔をしてしまうことになるということについて、順序立てて説明したかったのですが、残念ながら川嶋さんは、図書館での図書委員の活動のために、昼休みは不在でした。
折を見て話そうとは思いますが、丁寧に説明すれば、彼女は納得してくれるでしょうか。
そのようなことを考えながら、ぼくは昼食を再び口に運びました。
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